46話「愚者の大軍」
「あの白熊、幸助のことすごい睨んでないか?」
滝川だけでなく、石田や相原さんもホッキョクグマから放たれる異様な殺気に気がついたらしい。
「結城くんは動物に好かれるタイプなんだね。いいなぁ〜」
委員長だけは気づいていない。
「グルルルルル……」
ホッキョクグマと俺たちの間には深い堀があるためこちらへ来る事は出来ないのだが、殺気が凄い。目を離せない。
『すっごい迫力だね!でも、なんか変な感じするー』
『ウル!?』
ウルが急に話しかけてきて驚いたが、それ以上に気になる事を言っている。
『変な感じ?』
『うん。なんか魔術で操られてるっぽいよ。熊さんの首になんかついてる』
目を凝らしながらホッキョクグマの首を見ると、うっすらと魔力による首輪みたいなものが見える。
『これがホッキョクグマを操っている魔術か……』
『愚者の大軍』。動物や思考力の低下した対象を支配下に置く魔術。支配下に置いている数が増えるほど操作性が低下し、単純な命令しか実行できなくなる。逆に、単体支配なら複雑な命令の実行や意識の共有も可能。
なるほど、理解した。と同時に習得もしてしまった。
博物館に続いて動物園でもまさかの収穫だ。
『あの熊さんを操って、ご主人様を襲おうとしてるのかもね』
『襲われるような覚えなんて……』
……あるな。『妖精種』を盗んだ連中が取り返そうと俺を襲ってきている可能性が高い。
『どうしよう。このままホッキョクグマと見つめ合うのはキツイ』
『ご主人様が似たような魔術使えるなら、上書きとかできそうだけどね』
『上書き?』
『うん。同じ効果の魔術を重ねると、強いほうが勝つんだよ!』
なるほど!
「『愚者の大軍』……」
小声で魔術を発動する。本来なら長い詠唱が必要だが、ウルを通して魔術を使うと無詠唱で発動できるのだ。便利。
『ご主人様も似たような魔術使えるの!?すごーい!どうして!?なんで!?』
『よし、どうやら成功したみたいだな』
ウルを無視して魔術の結果を確認すると、どうやら成功しているようだった。
ホッキョクグマの目の色が、殺意から敬意に変わった気がする。
「えっと、お座り」
「クゥーン」
俺の言葉に反応し、ホッキョクグマはその場に座り込んだ。
「かわいー!!」
従順なホッキョクグマの姿に、委員長は発狂寸前だ。
「すっげー、ちゃんと躾けられてるんだな」
「熊って頭いいんですね」
「可愛いのです」
滝川達は躾けの行き届いたホッキョクグマの姿に驚いている。
魔術を発動したのは一瞬の出来事だったため、アウルちゃんと潤奈ちゃんは魔術による現象だと気がついていないようだ。
「とりあえず、一件落着だな」
そう小さく呟き、旭山動物園見学は無事に幕を閉じたのだった。
◇
「私の『愚者の大軍』が……破られた!?」
幸助の力を見定めるために支配していたホッキョクグマとの繋がりを断ち切られ、イオは自身の魔術が打ち破られた事実に驚愕していた。
「イオの魔術……破られたの……初めて見た」
あまり感情を表に出さないフェルムも、驚きを隠せないでいる。
イオは魔術師でありながら、ランクCの『催眠』という異能を所有する異能者でもある。
通常ならば異能者が術を使用することはできないが、同系統の異能と魔術であれば同時に使用する事ができる特殊な術式を、彼女の所属する魔術組織『黄昏と夜明け団』は発見し、イオの身に施していた。
異能と魔術の同時使用を可能とする融合術式。それによって、イオの使用する『愚者の群』は別次元の洗脳魔術、『愚者の大軍』へと昇華しているのである。
「もしも『愚者の大軍』を破れる異能や術が存在するとすれば……私は今回の作戦で役に立てないわね」
術の詠唱を省略し、消費魔力を減らし、効力を何倍にも増幅する異能と魔術の融合術式。多くのメリットを持つこの術式には、大きなデメリットも存在する。
それは、融合術式によって完成された1つの魔術しか使用できなくなるというものだ。
イオの場合、融合術式によって生まれた『愚者の大軍』以外の魔術を行使する事はできなくなっているのである。
「大丈夫……私が……いる」
イオと同じく融合術式をその身に刻むフェルムは、黒いローブを怪しく揺らしながら呟いた。
「そうね。その時はお願いするわ。それにしても、クロムのバカはどこに行っているのかしら?変装して対象を見張るよう伝えた筈なのに……」
イオはクロムの行方が不明になった事を疑問に感じつつも言葉を続ける。
「まぁいいわ。いざという時は、私達だけで『妖精種』を取り返せばいいだけの話だもの」
イオはそう呟き、次の策を講じるのであった。