45話「ヒンナヒンナ」
「自由行動は今から3時間だからなー。時間になったらこの東門の駐車場に集合するんだぞー」
「「「「はーい!」」」」
皆を乗せたバスは旭山動物園の東門にある駐車場へと到着し、担任の大谷先生の声掛けで動物園見学が始まった。
「入り口にレストランあるんだな。さっそく飯にしようぜ飯!」
「何言ってるの!?まずは動物でしょ!」
「は、はい!」
委員長の気迫に押され、滝川はおとなしく従う。
「まずは混雑を避けるためにフクロウ舎を見た後、エゾシカの森とオオカミの森を見に行くルートでいい?」
「「「いいです」」」
先ほどの気迫を見せられた後では反対意見など誰も言えない。
「委員長って本当に動物好きなんだね」
「動物園やペットショップの動物達は見世物にされて可哀想だと言って昔はそこまで好きではなかったんですけど、自分の力ではどうにもならないと悟ってからはそれなりに楽しめるようになったみたいです」
「な、なるほど」
潤奈ちゃんに聞くとなかなか深い理由が返ってきた。動物を好きすぎるが故の葛藤があったのか。
「わー!エゾシカだー!」
うん、動物園では委員長の好きなようにさせてあげよう。
普段とは違う一面を見せる委員長を温かく見守りつつ、園内の動物達も見る。そして、背後から付いてきている集団もチラリと見る。
複数の班が俺たちのあとを付けてきているのだ。
「結城さん。さっきから他の班の方々が付いてきている気がするんですけど、どうしてか分かりますか?」
「視線がちょっと怖いのです」
「あー、気にしないほうがいいよ。害はないから」
付いてきているのは闇の組織のメンバーだろう。学校でいつも睨んでくる連中が何人かいる。
あと、見知らぬ顔ぶれも何人かいる。視線的に、彼らは潤奈ちゃんとアウルちゃんのファンかな。たまに殺気のこもった視線を浴びせてくださる。怖い怖い。気にしないでおこう。
「潤叶〜、そろそろ休憩しようよ〜」
園内の南側を一通り見終わったあと、相原さんが俺たちの秘めたる想いを代弁してくれた。
「みんなごめんね。ちょうど休憩所も近いし、そこでお昼にする?」
「さっすが潤叶!それじゃあお昼にしよー!」
さっすが相原さん!委員長の動物欲がいち段落するのを見計らって声をかけたのだろう。素晴らしいタイミングだ。委員長の親友なだけはある。
「休憩所だ!蝦夷鹿メンチカツと蝦夷鹿フランクと鹿肉バーガーくださーい!」
「おまっ…」
「凄いな…」
休憩所に到着すると同時に、滝川はノータイムで変わりダネメニューを注文した。
俺もどれかは食べてみようと思っていたが、全部いくのは凄いな。女性陣は若干引いている。
「俺はどうするかな。蝦夷鹿メンチとカレーください」
「そしたら、醤油ラーメンと揚げ餅をお願いします」
滝川に続いて俺と石田も注文し、女性陣も次々と注文していく。
「結城さーん!」
そんな時、休憩所の食事コーナーから声がかかった。
「ソージか」
声の方を見ると、ソージと雫さんとアカリさん達がいる。どうやらソージ達の班も休憩所にいたみたいだ。
「結城くんやっほー!みんなもこっち来なよこっち」
「こっちの席空いてるんで、一緒に食べましょう!」
アカリさんとソージが誘ってくれたので、班のみんなとその席に向かう。
「水上さん姉妹と相原さんとアウルちゃんに加えて、アカリさんと雫さんの月野姉妹とご一緒できるなんて……幸せすぎてなんか怖い。でも嬉しい!」
滝川が情緒不安定になっているが、気にしないでおこう。
とりあえず、雫さんの隣が空いていたのでそこへ座る。
「雫さんは鹿肉バーガー頼んだんだね」
「うん。結城くんは、蝦夷鹿メンチカツなんだね。美味しい?」
「うん、なかなか美味しい。ヒンナヒンナ」
「ふふっ、鹿肉バーガーも美味しいよ。ヒンナヒンナ」
おお!雫さんならこのネタを分かってくれると思った。オタク仲間は素晴らしいな。
「ヒナ?何言ってるんだ?シカだろ?」
「ヒナではなくヒンナだ。確か、アイヌ語で感謝を表す言葉だった気がする。何故それを今言っているかは知らないけどな」
滝川と石田が首を傾げている。ふっ、この感動は非オタには分からんさ。
「君が潤叶ちゃんの妹さん?すっごい可愛いね!隣の娘も超可愛い!ハーフ?」
「はじめまして、水上潤奈です。よろしくお願いします」
「はじめまして、アウルなのです。えっと、日本とイギリスのハーフなのです」
「ぐふっ、2人とも可愛すぎる!」
「落ち着けアカリ。こいつは月野燈っていうんだ、よろしくな。それと、俺は葛西蒼司、結城さんの舎弟だ」
「私は月野雫。よろしくね」
食事を食べはじめてからしばらくして、ソージ達が潤奈ちゃん達2人と交流を深めていた。
その流れに乗って、俺たちもソージの班のメンバーである不良2人と中等部の女子2人と挨拶を交わす。
不良の1人はいつも俺を呼び出しにきていた剃り込み不良くんだ。もう1人も体育館裏で見覚えがあるので、いつもソージの近くにいる取り巻き不良の1人だろう。中等部の女子2人はギャルっぽい見た目の子だ。2人ともソージに気があるのか憧れの目で見ている。
そして、ソージの舎弟発言を真に受けたのか、俺にも憧れの視線を飛ばしてくる。
「あ、さっきのソージの発言は冗談だから。気にしないでね」
ソージを舎弟にした覚えなど一切ないのでしっかりと否定しておいた。
「そいえば、結城さんの班はどこらへん見たんですか?」
「南側だな。これから北側にいこうと思ってる」
「それなら俺らと同じですね!一緒に見にいきましょう!」
「なに平然と嘘ついてるのよ、私たちは北側見終わったばかりでしょ。ごめんね結城くん、私たちは南側を見学するから、みんなもまたね!」
アカリさん達は先に昼食を食べ終え、ソージを引きずって休憩所を出ていった。そんなアカリさん達に手を振り、俺たちも見学を再開する。
そういえば、雫さんとアカリさんとソージは異能者だとクロが言っていた。ソージには俺の正体がバレているので、機会があれば『異能』を見せてもらおう。
「それじゃあ、次はホッキョクグマを見に行こう!」
元気いっぱいの委員長を先頭に、ホッキョクグマコーナーへと向か……ん?
『マスター、ドウカシマシタカ?』
『いや、なんでもない。気のせいだと思う』
ニアが心配してくれたが、なんでもないと返しておく。
一瞬。本当に一瞬だが、いつもとは違う殺気を感じた気がしたのだ。
後ろから付いてくる委員長達のファンによる殺気でよく分からなかったが、陰陽術師や異能者と戦った時と同じ本物の殺気を感じた気がした。
そんな事を考えていると、いつのまにかホッキョクグマ館に到着していた。
「ホッキョクグマだー!」
委員長の声に振り向くと、殺意むき出しのホッキョクグマが俺を睨んでいた。
◇
「ちくしょうがぁ!」
漆黒のカラスが羽の一枚一枚を変化させて放った漆黒の剣は、クロが放つ漆黒の剣によって軽々と撃ち落とされる。
「なんで俺様と同じ能力が使えるんだよぉぉぉおおおおおおお!」
飛行に必要な羽までもを剣として放ってしまった漆黒のカラスは、そのまま森の中へと落下していった。
「無理無理無理!対処できないって!」
カラスの死骸を操っていた少女は、狐や熊の死骸を操る事でクロが作り出した無数の土人形と対峙していた。しかし、数の暴力に押しつぶされ、最後は呆気なく取り押さえられた。
「……ふむ、降参します。我々では手に負えないようです」
一つ目の巨漢はクロの霊力波によって幾度となく吹き飛ばされながらも善戦していたが、呆気なく倒された仲間達を横目で見つめた後、勝ち目がないと悟ったのか大人しく降伏を宣言した。
「クロつよーい」
「カー」
リンはクロの勇姿に目を輝かせ、シロはその強さを目の当たりにして身を引き締めるのだった。