39話「お小遣いは1人500円」
札幌の円山公園は、たくさんの人混みで埋め尽くされていた。
北海道のお花見シーズンは5月のゴールデンウィークと重なるため、この時期の円山公園はとてつもない賑わいを見せるのである。
そんな円山公園の一角には、真剣な表情で会話を交わす2人の少女の姿があった。
「潤奈ちゃん、わざわざ協力してくれてありがとうなのです!」
「全然良いわよ。親友の頼みなんだから、協力するのは当然でしょ」
共にいる少女へ感謝を述べる金髪の少女の名は『アウル』。イギリスから日本の中学校へ留学中の少女である。
そして、アウルと話す黒髪の少女の名は『水上潤奈』。水上潤叶の妹であり、水上家で唯一の精霊術師でもある。
「確か、アウルの所属する『黄昏と夜明け団』から盗まれた『妖精種』と、それを盗んだ犯人を探せば良いのよね?」
「そうなのです。『グラン』と『サンダ』が探してくれたから、ここに居るのは間違いないのです!」
アウルがそう言うと、彼女の頭上に2つの光の玉が現れる。
茶色く発光する光の玉は土の妖精『グラン』。黄色い発光を示す玉は、雷の妖精『サンダ』だ。2体ともアウルが使役する妖精である。
「そういえば、グランとサンダは『妖精種』の気配を覚えているんだったわね」
「そうなのです。『妖精種』が置かれていた教会でよく遊んでいたから、この子達は覚えているのです」
『妖精種』が放つ独特の気配は、妖精達にだけ感じ取ることができる。そのため、この場に『妖精種』を盗んだ犯人がいることをアウルは特定できたのだ。
「『妖精種』が近くにあれば、私の『ディーネ』も異変くらいは感じ取れるはずよ。効率を上げるために手分けして探しましょう」
「わかったのです!本当にありがとうなのです」
「気にしないでいいわよ。それじゃ、さっさと犯人を見つけるとしましょ」
「うん、なのです!」
2人の少女は言葉を交わした後、『妖精種』を盗んだ犯人を探すため、人混みの中へと消えていった。
◇
「私のクレープ!」
「イェアアア!」
「ほれほれ!食え食え!」
カラスにクレープを奪われる観光客、歌い踊る若者達、火事かと思うほどの煙をあげながらバーベキューを楽しむおっさん達……。
初めて来たが、円山公園のお花見は中々カオスだ。
「ちょっと怖いな、さっさと進もう」
そんなカオスゾーンを神社へ向かって歩くと、出店屋台ゾーンと桜が咲き乱れるお花見ゾーンへと行ける。
食べ物を狙って飛び交うカラスの数は凄いが、桜はとても綺麗だ。
「いやはや、見事に満開だな」
今年は桜の満開日とゴールデンウィークが見事に合致したらしい。
「ほら、リンも見てみな」
「ん!フライドポテト!クレープ!たこ焼き!」
残念ながら、隣を歩くリンの目に桜は映っていないようだ。出店屋台の食べ物に釘付けとなっている。
『カーカ』
『ほう、シロはいももち狙いか。儂はケバブというものが食べてみたいな』
『ハ!アソコノクジ屋二、プレ◯ステーションノ最新機種ガアリマス!』
そして、頭の中にはシロとクロとニアの楽しげな声が響く。
本日のお花見は俺1人ではない。
メンバーは、俺、クロ、シロ、リン、ニア、そしてーーー
『わー!すごーい!人いっぱーい!リンゴ飴食べたーい!』
ーーーうるさい金髪妖精の6名だ。
リンは長い白髪が目立つので、帽子で髪を隠しながら手を繋ぎ、隣を歩いている。
シロは俺達のはるか上空を飛びながら待機しており、クロは俺が肩に掛けているエコバッグの中に、ニアは胸ポケットの中にいる。
『カバンの中は、少し息苦しいな』
『申し訳ないけど、我慢してくれ。この人混みの中で一緒に歩くのは難しいだろ?』
『うむ、仕方ないか』
『頭の上は快適だよー!』
俺とクロの会話に妖精が割り込んできた。
妖精はというと、俺の髪の毛にしがみ付きながら頭の上に乗っている。普通の人には妖精が見えないようなので、妖精のポジションはここにしてやったのだ。
『にしても、霊力糸にはこんな使い方があったんだな。便利だ』
先程からこの人混みの中で会話ができている理由は、霊力糸の効果によるものだ。
霊力糸を接続する事で口にせずとも言葉を交わす事が出来るのである。
今は俺を中継に全員と霊力糸を接続しているため、この人混みの中でもみんなで会話する事が出来るのだ。ありがたい機能である。
『格下の相手なら霊力糸で縛り上げることもできるぞ。他にも、他者の式神に霊力糸を繋ぎ、操作権を奪うという高度な技もある』
『凄いな、霊力糸ってそんなに応用効くのか。って!操作権奪えるって事はシロやリンが操られる可能性もあるのか!?』
それは非常に困る。リンのチート斬撃で斬られたら、『身代り札』がないとひとたまりもない。
そもそもシロとリンが敵になってしまっても、攻撃なんてできない。
『安心しろ、そうなる事はまず無い。操作権を奪うという技は理論上可能というだけの高等技術だ。使える術者なぞ見た事もない。それに、シロとリンは自我を確立している。意思を持たない式神ならまだしも、意思を持つ彼らを操ることなどできはしないだろう』
『そ、そうなのか。おどかすなよ……』
マジでびっくりしたわ。
よし、気を取り直してお花見を楽しむとしよう。
『改めて言うけど、お小遣いは1人500円までだからな。ちゃんと買うものは考えろよ』
今回のお出かけの上限金額は1人500円だ。
500円など、屋台のイベント価格の前ではすぐ無くなってしまう金額だろう。だが、これ以上はさすがにキツイ。
俺含めて6名、それだけで出費は3千円にもなるのだ。高校生のお財布には優しくない。
『リンゴ飴1個と焼鳥1本で終わりかー。いちご飴にして、残りをフライドポテトに使うのもありかなー』
『ポテト!買う!』
『あ、共有するのもありだね!リンちゃんがポテト少しくれるなら、私のリンゴ飴もあげるよー!』
『リンゴ飴!』
妖精は俺の髪の毛をくりくりと弄りながら、リンと一緒に500円の使い道を考えている。
「わずか1日で随分と馴染んだものだな」
「クロは嫌だったか?」
クロの呟きに、小さな声で返答する。
妖精はリン達とお話し中なので、こちらの会話には気付いていないようだ。
「嫌ではない。むしろ、賑やかになっていくのは悪くない」
「ははっ、俺もそう思うよ」
昨日、生まれた妖精を森へ放そうと考えたが出来なかった。
妖精は生まれた瞬間から俺と特殊な契約状態にあり、どんなに遠く離れても自然と巡り戻ってくるらしいのだ。
結局、クロやみんなも妖精を受け入れているので、妖精も無事に家族の一員となったのである。
ここまできたら1人くらい増えてももはや関係ない。
「さてと、まずはクレープ屋さんでも……あっ、すみません」
気を取り直して本格的に屋台巡りを始めようとした瞬間、金髪の少女とぶつかってしまった。
外国人かな?お人形さんみたいに整った可愛い顔立ちだ。
「いえ、こちらこそ……!!?」
俺の顔を見た瞬間、女の子の顔が驚愕の色に染まった。俺の顔と言うより頭の上を見て……まずい!
『妖精!』
『よし!やっぱり私はリンゴ飴に……ん?ご主人様どうかした?』
『姿消せ!多分、この子に見えてる!』
普通なら妖精の姿は見えない。だが、霊感があると言われるような特殊な才能を持つ人には、稀に見える事があるらしい。
目の前の女の子はそういう類の才能があるのだろう。
『あ、ほんとだ。めっちゃこっち見てる。わかった、消えるねー』
そう言うと妖精は霊体となり、完全に姿を消した。
妖精の姿が突然消えたためか、女の子はキョトンとしている。
「ど、どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもないのです!」
なんとか誤魔化せた…かな?
幻だと思ってくれることを願おう。
「それではっ」
変に追求されるのも面倒なので、俺はそそくさとその場を後にした。
◇
「五大精霊に匹敵するプレッシャー……今のは、いったいなんなのです……?」
人混みを抜けた先にある桜の木の下で、アウルは吹き出る汗を拭いながら独り呟く。
そして先ほど見た光景を思い返し、再度身を震わせた。
「人の形をしていたと言うことは、妖精の上位種である精霊のはずなのです。でも、今の精霊から『妖精種』と同じ気配を感じたと、グランとサンダは言っているのです……」
『妖精種』は妖精を生み出す種であり、『妖精』は長い年月と莫大な量の魔力が無ければ『精霊』に昇華することはできない。
そのため、今アウルが目撃した精霊が盗まれた『妖精種』から生まれた存在である筈はないのだ。
しかし、今の精霊からは盗まれた『妖精種』と同じ気配を感じたと妖精達は言う。
その矛盾に、アウルは頭を悩ませていた。
「とりあえず、今の人には注意しなきゃなのです」
『妖精種』を盗んだ犯人ではないとしても、あれほど強力な精霊に気に入られている時点で只者ではない。
アウルはそう考え、ポケットからひとつまみの砂金を取り出した。
「『使い魔召喚』」
アウルがそう呟くと、砂金は小さなコガネムシへと姿を変える。
「さっき会った方の元へ、飛んでいくのです」
アウルがそう命令すると、コガネムシは先ほど出会った青年がいるであろう方向へと飛び去っていった。
「はやく潤奈ちゃんと合流しなきゃなのです」
人混みへと消えていったコガネムシは、術者であるアウル自身と魔力糸で繋がっている。
魔力糸を通して見えるコガネムシの視界を確認しつつ、アウルは潤奈と合流するために立ち上がるのだった。
エタらせません、完結までは。