37話「罰は当たらない筈だ。たぶん」
5月。市内の雪はすっかり溶け、半袖で出掛ける人達も増えてきた。
そんな暖かなお日柄に合わせて選んだ服は……灰色のパーカーに黒のジーンズという地味な服装だ。
ファッションに興味が無かった弊害だな。灰色と黒を無意識に選んでしまう。
と、そんな事はさておきーーー
「着いたー!サッポロファクトリー!」
ーーー叫び声の主は俺ではない、滝川だ。
今は班のみんなで、来週に迫った『宿泊レクリエーション』用の買い物に来ているのである。
うちの班のメンバーは、俺と石田と滝川と委員長と相原さんの5人だ。
「それにしても、サッポロファクトリー……あいかわらず大きいな」
「どこに何あるのかよく分からないよね」
俺の言葉に委員長が返してくれる。
サッポロファクトリーとは、ショッピングモールなのか娯楽施設なのかよく分からない巨大施設だ。
とにかく大きく、広いアトリウム内に庭園までもが存在する。都会、すげぇ……。
「ソージの我儘で付いてきちゃってごめんね。人数多くて動きづらくない?」
「全然大丈夫だよ!むしろ、アカリさんが来てくれて超ハッピー!めっちゃ動ける!」
そんな事を考えていると、後方から楽しげな会話が聞こえてきた。
声の主はアカリさんと滝川だ。珍しい組み合わせだな。
「チッ」
「ひいっ!」
アカリさんと滝川の談笑に気を悪くしたのか、ソージが滝川を威嚇している。
「結城くん。止めなくても、いいのかなぁ」
「大丈夫大丈夫、滝川はタフだから」
雫さんが不安そうに聞いてきたが、たぶん大丈夫だろう。まだ付き合いは短いが、ソージは暴力に訴える性格ではないのだ。
この場にどうしてアカリさんやソージ、雫さんもいるのかと言うと、買い物はうちの班だけでなく、雫さん達とも一緒に来ているためだ。
そのため、今回のお買い物は総勢8名の大所帯である。
「あ!結城さん、荷物持ちましょうか?」
「ソージ、ほんと大丈夫だから。そんなに気使わなくていいからっ」
ツンツ…ではなかった。ソージが滝川を威嚇したあと、ぐいぐいと俺のほうへ迫ってくる。
なぜこんな事になっているのかというと、クロが俺の正体をバラして以降、ツンツン不良ことソージが俺に恩返ししたいと付き纏うようになってしまったからだ。
「何かあれば遠慮なく言ってください」
「いやいや、ほんと大丈夫だから」
そのため、今回のお買い物にもソージが付いて来たいと言い出し、ついでにと雫さん達も付いてきたのである。
「プライベートはある程度許すけど、学校では付き纏うなよ」
「気をつけます」
気をつけるんじゃなくて完全にやめてほしいんだが……。
ちなみに、ソージと呼ばないと毎朝家まで迎えに来ると言い出したので、今は仕方なくソージと呼んでいる。
「コントはそれくらいにして、そろそろ行くぞ。土曜でただでさえ混んでいるんだからな」
「そだね。はやく行こ行こっ」
べつにコントをしていたつもりはなかったんだが……石田と相原さんが急かしてくるので、そろそろ入るとしよう。
大きな自動ドアをくぐり、みんなでサッポロファクトリーへと足を踏み入れるのだった。
そしてーーー
ーーー今俺は、女性服店前のベンチに1人腰掛けている。
「なぜこんな状況に……」
ま、理由は簡単だ。色々なお店を回る中で次々とメンバーが消えていったのである。
ソージはジャケット屋の前でいなくなり、石田は本屋の前で消えた。そして、滝川と相原さんはアウトドアの話題で意気投合し、アウトドアショップへと向かって行ったのだ。
そのため俺は、委員長、雫さん、アカリさんの3人と行動を共にする事になったのである。
年頃の女子が3人集まれば、ファッションの話になるのは必然。
『結城くん、ごめんね。少しだけ服見てきてもいい?』
という言葉をアカリさんが残し、今の状況へと至るわけである。
「暇だ……」
少しだけと言いつつ、かれこれ20分は経つ。
3人が入って行った服屋には際どい下着も置いてあるため、俺は入りづらい。
暇だ……。
「あ、そうだ」
委員長達には悪いと思いつつも、神様に強化してもらった聴覚を『強化』でさらに強化し、店内の会話を少しだけ聞いてみる。
こっちは待たされているのだ、これくらいしても罰は当たらない筈だ。たぶん。
「お姉ちゃん、恥ずかしいよぉ……」
「何言ってんの、その服超似合って……って!雫、また胸大きくなってない!?」
「ほんとだ!雫さん大きいね」
「うぅっ……」
雫さんとアカリさんと委員長の楽しげな会話が聞こえてくる。
委員長と月野姉妹の絡みは今回が初めてらしいが、だいぶ馴染んでるな。そして、なかなかに興味深い内容だ……悪いとは思いつつも、もう少しだけ聞かせていただこう。
「雫、あんた胸のサイズいくつなの?前はEカップのブラ付けてたわよね?」
「う、うん。今も同じブラだから、サイズは変わってないよ」
「嘘つけ!胸の膨らみが不自然なのよ!胸潰しながらブラ付けてるでしょ!」
「うぅっ……」
「そ、そしたら、雫さんFカップもあるの!?凄い、私なんて毎晩マッサージ頑張ってるのに、Cカップ……」
「潤叶ちゃん、Cもあれば十分よ。私なんて、マッサージも食事も睡眠もちゃんと調べて実践してるのに……Aなのよ。雫、あんたが私の栄養横取りしてるんじゃないの!?」
「お、お姉ちゃん、そんなに強く揉まないでっ」
……とんでもない話を聞いてしまった。
アカリさんがAカップ、委員長はCカップ、そしてーーー
「ーーー雫さんは、Fカップ……!?」
お姫様抱っこした時も大きめだとは思ったが、まさかそれほどとは……。
巨乳好きとかではないが、そこまで大きいとさすがに気になってしまう。女性は視線に敏感と聞くので気をつけなければっ。
とりあえずーーー
「神様、感謝します」
ーーー校内で彼女にしたいランキング上位3人のカップ数を知れた偶然に 、感謝を捧げた。
そして『強化』を解除する。これ以上聞くのはさすがに悪い。
「さてと、もう少し大人しく待つ……」
「神の存在を、信じるか?」
「!!?」
突然、隣の席に現れた男性に話しかけられた。
「神の存在を、信じるか?」
「えっ、神様の存在……ですか?」
怖っ!というか、いつの間に!?全く気がつかなかった。
男は黒いパーカーに灰色のジーンズを履いており、俺の上下と真逆の色合いだ。つば付きのニット帽を深く被っているため、顔は分からない。
「神の存在を、信じるか?」
な、何この人?勧誘?めちゃくちゃ怖いんですけど!
「神の存在を、信じるか?」
「いや、そりゃ、信じてますけど……」
あまりにもしつこいので、思わず答えてしまった。
まぁ、本当に信じてますよ。実際に会ったし。
「そうか。これが例のブツだ」
男はそう呟きながら、何かが入った紙袋を俺の横に置いた。そして、静かに立ち去っていく。
「ちょっ!」
慌てて追いかけようとしたが、もう姿がない。
「なんだったんだ、今の……?」
いきなり現れたりいきなり消えたり、あまりにも不思議だ。
もしかすると『陰陽術』や『異能』による現象だったのかも知れない。そうだとしても、咄嗟だったので習得できなかった。
勿体無い事をしたな。
「にしても、なんなんだコレ?」
置かれた紙袋の中を覗くと、水筒のようなものが入っている。
「爆弾とかだったら……怖いな」
なんにしても、何もせずここに置いておくのはまずいだろう。
「結城くん、待たせてごめんねー。お詫びに雫の胸のサイズ教えて……」
「お、お姉ちゃん!」
「アカリさん、ちゃんと謝らなきゃダメだよ。結城くん、待たせてほんとにごめんね」
そんな事を考えていると、アカリさんと雫さん、委員長の3人がお店から出てきた。
水筒のようなものを慌てて紙袋へしまい、3人を迎える。
「あれ?結城くんも買い物してたの?」
「え、うん。ちょっとね」
委員長に聞かれ、咄嗟に嘘をついてしまった。仕方ない、持って帰るとしよう。
危険な物かもしれないから、届けるつもりはなかったしな。
「『三重結界』」
紙袋の中に小さな『結界』を張り、水筒のようなものをガチガチに囲っておく。
万が一危険な物だとしても、これでなんとかなるはずだ。
「……」
「潤叶ちゃん、どうかしたの?」
「……ううん、なんでもない。気のせいかな」
前を歩く委員長が怪訝な表情をしながら振り向いてきた。アカリさんの言葉に『気のせい』と返答していたので、『結界』を張ったことには気づいてはいないはずだ。そう思いたい。
今後、『陰陽術』を使うタイミングは気をつけよう。
「お、幸助ここに居たのか……って!なにハーレム作ってんだよ!」
「結城さん、ここでしたか!」
そんな中、滝川とソージを先頭に散り散りになっていたみんなが集まってきた。
先ほどの男と水筒らしき物体は気になるが、今はみんなとの買い物を楽しむ事にしよう。
サッポロファクトリーの裏にある有名店のソフトクリームを食べながら、その日は楽しく終わっていった。
待っていてくださった方々、お待たせして本当に申し訳ございませんでした。
これより、第三章「魔術編」スタートです!