31話「カアァァァーーーー!」
「な、何が起きてるんだ!?」
ギブスで右腕と左足を固定されたツンツン不良こと葛西蒼司は、天井がズレていくという不可思議な光景に驚愕していた。
同時に、横で眠っているアカリの側へと移動し、いつでも守れるようその身を寄せる。
「一体、何が……なっ!?」
そんな彼の驚きは尚も続く。
突然扉をぶち破り、大きな金色の獅子が室内へ侵入してきたのだ。
2人が監禁されている部屋は、20畳ほどのスペースがある。しかし、金獅子の放つ圧倒的な威圧感によって、至近距離で対峙しているかのような感覚にソージは襲われた。
「ちくしょう……こんな訳わかんねぇ状況の中で、俺は死ぬのかよ」
アカリを背に隠しながら、自身の不運をソージは恨む。
だが、彼の人生はまだ終わらなかった。
「捕らえられた学生というのは、お主達のことか?」
「えっ?そ、そうですけど……」
「む、怪我をしているようだな、そっちの娘は気絶しているのか。大丈夫か?」
「え、は、はい。だ、大丈夫っす」
現れた金獅子は一切の敵意を持たず、気さくに話しかけてきたのである。それだけでなく、ソージ達を心配している様子すらある。
「え、えっと……」
「すまない、怯えさせてしまったようだな。だが安心してくれ。儂はお主達を助けにきたのだ」
「助けに、ですか?」
金獅子が言葉を話し、自分達を助けにきたという理解を超えた出来事に、ソージの混乱は頂点に達する。
「えっと、あの……あ、あなたは何者なんですか?」
そんな状況下でも、ソージは必死に頭を回転させ、現状を理解するための質問を金獅子へと投げかけた。
「ふむ……まぁ、こういった状況ならば仕方あるまい。誰にも話さないという約束ができるのなら、儂らの正体を教えよう」
「……わかりました、誰にも話しません。約束します」
ソージを安心させるため、金獅子は自らの正体を語りだす。
金獅子が主人と慕う存在が、自分の知る人物である事。この建物を斬り裂いた人物も、同じ眷属の1人である事。そして、幼馴染の雫は金獅子の主人に助けられ、既に保護されている事。
それらの事実を聞いた瞬間、この日がソージの人生で最も驚愕した1日となることが確定したのだった。
◇
1階にて待機していた戦闘員は皆、ズレた上層階を見上げながら呟く。
「うそ……だろ?」
「支部が、斬られた……」
彼らは驚愕に目を見開きながら、この状況を生み出した白髪の幼女を見る。
今の斬撃がもしも、1階を横に裂くよう行われていたら……。そんな最悪の状況を考え、背筋を凍らせた。
「と、飛べる者や壁を登れる者は、上層階の避難を手伝うのである!飛んでいった金色の獅子には充分警戒するのである。早くするのである!」
そんな状況の中、1階の指揮を任されているトイは幼女に戦慄する戦闘員達へと指示を飛ばす。
我に返った戦闘員は武器を構えなおし、上層階へ到る異能を持つ者は救助へと向かった。
「さてと。メルト、我々もやるとするのである」
「えー!あの子、絶対ランクAじゃん!無理だよー、勝てないよー」
幼女のもとへ踏み出そうとするトイを、メルトが止める。
「しかし、我々以外に対処できる者はいないのである。覚悟を決めるのである」
トイの言葉を聞き、メルトは待機している戦闘員を眺める。
皆、武器を構えなおしてはいるが及び腰だ。ビルを切断するという荒技を目にし、完全に心が折れているのである。
「え〜……」
「本気で手伝って欲しいのである。私1人では、到底敵わないのである」
「わ、わかったのであるー……」
気だるげな返事をしながらも上着を脱ぎ捨てるメルトの姿を目にし、トイは安堵する。
側から見ればタンクトップ一枚という気楽な恰好だが、この姿こそがメルトの本気を表していることをトイは知っているためだ。
「とりあえずは、あの斬撃の射線上に入らないようにするしかないのであるな」
「だよねー、油断したら一瞬で真っ二つだもん……ん?」
だが、そんな彼らの進行を阻むように、白いカラスが2人の前へと降りたった。そして、「お前たちの相手は自分だ」とでも言うような眼差しを2人へ向ける。
「なんか、このカラスもヤバそー」
「そうであるな。こうなったら、仕方ないのである。幼女に警戒しつつ、まずはこのカラスから仕留めるのである。『玩具』!」
トイはそう言うと同時に、指をパチリと鳴らす。すると、道路脇に止められていた車や植えられていた樹木が変形し、総数11体の人形が出来上がった。
「いくのである!」
トイの合図とともに、樹木人形はその巨体からは想像もつかないほどの速度でシロへと迫る。木をもとにしている分、車から作製した人形よりも体が軽いのだ。
「カアァァァーーーー!」
だが、樹木人形の拳はシロの咆哮によって軽々と打ち砕かれる。
続けて、シロは樹木人形の頭上を通過しながら衝撃波を放ち、あっという間に樹木人形3体を撃破した。
「なるほど、衝撃波を発生させる異能であるな。でも、これならどうなのである!」
カラスの技を確認したトイは樹木人形では敵わないと判断し、車から作り出した機械人形をシロへさし向ける。
だが、上空へ回避できるうえに常識を超えた速度で飛行できるシロを、機械人形は捉えることができない。
「しかし、私の機械人形を倒すこともできていないようであるな」
トイの考察通り、シロは機械人形に有効打を与えられずにいた。
『玩具』によって作製された人形は、人の形を保ってさえいれば、どれほど攻撃を加えられても動かすことができる。
そのため、多少パーツが削られる程度の威力しかないシロの衝撃波であれば、問題なく活動することができるのだ。
「カー」
そんな状況の中、シロは冷静に機械人形を見据える。
そして、機械人形の大振りを躱すと同時に、その腕へと降りたった。
「な、何をしているのである!?」
自ら敵の腕へとまるという謎の行動に、トイは疑問を深める。しかし、その答えはすぐに明かされる事となった。
「う、腕が!」
次の瞬間、機械人形の腕がバラバラに砕けたのだ。
「触れたものを破壊!?いや、共振による破壊であるな。振動を操作する異能であるか!」
衝撃波の発生と、触れたものの破壊。それだけの情報から、トイはシロの持つ能力を正確に見抜く。
トイの考察通り、シロは振動によって機械人形の腕を破壊したのである。
「だが、わざわざ腕にとまったということは、破壊は触れることでしか発動できないようであるな」
この技は空気を介すると威力が激減するため、直接触れることでしか発動できない。トイは技の詳細と同時に、その欠点すらも見破ったのだった。
「厄介なのは変わりないであるが、対処できないわけではないのである!」
「カ!?」
シロは再び機械人形の腕へ着地するが、部品がいくつか取れた程度で腕を破壊するまでには至らなかった。
「カー、カカ!」
だが、シロも破壊を防がれた理由にすぐさま気がつく。
機械人形自体が微細な振動を発したことで、自身が起こした振動の効果が弱められたのだ。
「完全に無効化はできないであるが、これである程度は防げるのである!」
トイの熟練度であれば、操る人形を震わせる程度の操作は容易に行えるのである。
「カー……」
自身の技が封じられた状況下で、シロは静かに機械人形を見据える。
「さて、これで状況は……なっ!?」
そしてシロは、機械人形へ向けて『飛ぶ斬撃』を放った。