30話「気をつけて、斬ったもん!」
「それにしてもリンよ、お主までくる必要はなかったのだぞ?」
金獅子の姿で空を駆けるクロは、自らの背にしがみつくリンに話しかける。
「やだー!主人いじめた人たち、リンも倒すの!」
リンはそう返答し、さらに強くしがみつく。
「ふむ、仕方ないのぉ……」
その行動からリンの想いを感じ取ったクロは、渋々ながら同行を認めることにした。
「だが、無茶をしてはダメだぞ」
「んー!」
クロの言葉に、リンは元気な返事をした。
そんな2人へ、案内役であるシロが声をかける。
「カー!カーカ」
「ふむ、あそこか」
「おっきー!ビルー!」
相手の本拠地が見えてきたため、それを2人へ知らせたのだ。
「さてと。降り立つ前に、目標を再確認するとするか」
「カー」
「んー!いじめの人、倒すー!」
「うむ。主人をいじめた相手を倒したいのは山々だが、シロの言う通り、人質の救出が優先だな」
「ぶー」
クロに訂正され、リンは少しだけむくれる。
「まぁ、救出は儂がやるとしよう。リンとシロは、邪魔をしようとする者達を倒してくれればよい。シロ、リンを頼むぞ」
「カー」
「任せろ」と伝えるように、シロは頷きながらひと鳴きした。
「それでは、我らの主人から平穏を奪った者達を、懲らしめるとしようか」
「カー!」
「んー!」
意気込みと共に心を1つとした3体の眷属は、高層ビルの前へと降り立つのだった。
◇
「き、来たわね」
8階の一室から外の様子を覗いていたチエは、ビル全体に緊張感が走るのを感じた。
「それにしても、なんて莫大な生命力なの……」
チエの持つ『感知』の異能は、距離と集中度合いによってその精度が変わる。
相手との距離が数百メートル以内であれば、異能や術の使用時に発せられる生命力を感知する事もできる。そして、チエ自身の経験則から、相手の力量を図ることも可能なのだ。
「3体全てがランクAの異能者クラスなんて……とんでもないわね。でも、対処しきれないレベルではないわ。先制攻撃の指示を……!?」
1階の戦闘員へ先制攻撃の指示を出そうとした直後、チエは不審な揺れを感じ取った。
その違和感を確認するため、『感知』を用いててビルの外観を見たチエは、凄まじい光景を目撃する。
「ビルが、ズレてる!?」
彼女が驚くのも無理はない。自身のいる階層の1つ下、7階のフロア全体が斜めに切断され、そこからビルがズレ落ちようとしていたのだ。
「セフェク!」
「分かっています!『捕縛』!!」
同じ部屋で待機していたセフェクは、ビルを対象に全力で『捕縛』を発動する。
彼の持つ『捕縛』の異能は、視界に入る対象の運動を止める効果を持つ。
本来であれば、視界に入る物の動きを遅くする程度の異能なのだが、ランクAにまで到る彼の『捕縛』は、ズレ落ちようとするビルの動きさえも止める事が可能なのである。
「だいぶズレましたけど、なんとか止まりました。それにしても、今のは一体……」
「敵の1人が放った攻撃よ。報告にあった斬撃を飛ばす技、それの最上位互換でしょうね」
「!!?」
チエの言葉を聞き、セフェクの背筋に冷たい汗が流れる。
もしも、今の斬撃がセフェク達の居るフロアを横に切断するよう放たれていたら……それだけで戦いが終わっていたかもしれないのだ。
「セフェク、気をしっかり保ちなさい。まだ戦いは始まったばかりなのよ」
「は、はい。すみません」
気を取りなおすセフェクを横目に、この衝撃的な状況を作り出した白髪の幼女をチエは睨む。
「これは、とんでもない戦いになりそうね……」
彼らには地獄となるであろう戦いが、始まるのであった。
◇
「リン……」
「カー……」
ズレ落ちていくビルを眺めながら、クロとシロの顔は青ざめていく。
建物の前に降り立つと同時にシロが音波で人質の居場所を見つけ、クロがビル内へ突入する。という策を彼らは練っていたのだが……「リンが斬るから、クロ、そこから入ればいい」という言葉と同時に、リンがビルを斬り裂いたのである。
「カー、カカー」
「そうか、死人は出ていないか。それは、本当に良かった」
「気をつけて、斬ったもん!」
シロとクロの発言に、心外だと言いたげな表情でリンは返す。
「だが、次からは斬る前に儂らの許可を取ってくれ」
「むー」
「カーカ」
「シロの言う通りだ。あまり勝手なことをすると、主人が怒るかもしれないぞ?」
「むー……わかったー。クロとシロに聞いてから斬るー」
「うむ」
「カー」
一応の納得を示してくれたリンに、2匹は胸をなでおろす。
「そういえば、ビルの倒壊が止まったようだな」
「カーカ、カカー」
「なるほど、8階にいる者の異能か。敵ながら、感謝せねばな」
「カー」
「むー」
クロとシロの言葉に、リンは再びむくれる。
「リンよ。あのまま崩れていたら、死人が出ていたかもしれないだろう?」
「カーカ、カカーカ」
「むー!」
敵を褒めてしまった理由を2匹は説明するが、リンの機嫌は直らない。
「……リンよ、よくやった」
「……カー」
「ん!」
機嫌とりを優先した2匹は、いずれリンに道徳を教える事を、心の中で固く誓うのだった。
「おっと、そういえば忘れていた」
衝撃の光景に、クロは真っ先に行うべきだった行動を忘れていることに気がつく。
「『擬似・阻害結界』」
クロの言葉と同時に、ビルとその周辺を覆う巨大な結界が展開される。
この結界は以前、シロが襲撃した寺院に張られていたものと同じ特性を持つモノであり、内部で起こった異変を外から認識できなくする効果があるのだ。
「カー?」
「今張ったこれか?これは、結界に似たモノだ。本物の結界ではない」
クロの言葉通り、これは本物の結界ではない。クロが持つ妖としての能力によって生み出したモノなのである。
「ちゃんとした説明は今度しよう。長く保つものでは無いのでな、今は時間が惜しい。それでは、1階の者達は頼んだぞ」
「カー」
「任せてー」
「うむ。では、いってくる」
1人と1匹に見送られ、クロは人質のいる7階へ向けて空を駆けていった。
偶然ではなく、リンは人を斬らないようにちゃんと確認して、ビルを斬りました。
確認した方法は、もう少し先の回の後書きで説明できたらと思います。