28話「た、助けてーーー!」
「カーカ、カ」
「カー!?」
屋根上で家の警備をしていたシロは、部下カラスからの報告を聞き、焦りを覚える。
報告では、自らの主人が怪力を持つ大男に襲われ、今まさに交戦中だというのだ。
「カー、カーカ」
「カーカ!?」
また、幸助の学友と思われる1人が気絶させられており、他の2人は謎の集団に捕らえられてしまったという。
「カー……」
「シロよ、どうかしたのか?」
報告を聞き終えたシロのもとへ、異常を察したクロがやってくる。
「カー、カーカ」
「ふむ。それは、あまり良くない状況だな」
シロは、部下からの報告をクロに説明した。
「おそらくだが、その大男も主人を襲ったシルクハットとやらの仲間かもしれんな。タイミングからして間違いないだろう」
「カー!」
クロの推測を聞き、シロは幸助を助けるために自らも向かう意思を示す。
「まぁ待つのだ。我らが主人は、その程度の輩にやられるほど弱くはない。それに、主人にはニアが付いている。本当に危ない時は、ニアからの報せがあるはずだ」
幸助は知らないが、ニアが危険だと判断した際には家の固定電話を鳴らすよう、クロたちとの間で取り決めをしているのである。
そして、固定電話は未だに鳴っていない。
「カー……」
「心配する気持ちは分かるが、お主は偵察の要だ。今は情報の収集に専念することが適切な選択だと儂は思うぞ?」
「カー…」
クロの言葉に、シロは歯切れの悪い返事をする。
「うむ、少し情報を整理しよう。先日、主人が襲われた際に奪ってきた燕尾服。あれを先ほど調べたのだが、前にこの家へ不法侵入を試みた輩と同じ匂いがした」
「カー!?」
その情報を聞き、シロもクロと同じ推測を立てる。
「その通りだ。今回の襲撃者は全員、同じグループ、もしくは組織の者かもしれん」
「カー、カカ!」
クロの推測が自分と同じであることを確認し、シロは部下のカラスへ指示を出す。
1つは、主人である幸助の動向を見守ること。そしてもう1つは、敵組織の本拠地を特定することだ。
「カー!」
部下のカラスは了解の意を示し、飛び立っていった。
「うむ、的確な指示だな。本拠地がわかれば、こちらからも行動を起こす事ができる。それでは、儂も動くとしよう」
「カー?」
「龍海のところへ行ってくる。儂らが暴れる前に、知らせておいたほうが良いと思ってな」
クロの呟いた「暴れる」という言葉から、彼の心境をシロは感じ取った。
家への不法侵入を試みただけでなく、2度も自らの主人を襲撃した事実に、クロも相当な怒りを感じていたのだ。
「それでは、行ってくる」
「カー!」
屋根を伝って出掛けて行くクロを見送りながら、シロは部下からの報告を待つのだった……。
◇
「くらえ!『溶解拳』!」
「触れたら溶ける拳っすか。でも、意味ないっすよ」
『溶解』を拳に発動させながら大男を殴るが、全くダメージを与えられない。服が僅かに溶ける程度だ。
「やっぱり、加減が難しいな……」
例の奥の手を発動するためには、『溶解』の加減が重要となってくる。
だが、『強化』を使用する事で『溶解』の異能までも強化されるため、今まで以上に調節が難しくなっているのだ。
「でも、弱音を吐く暇は、ない!」
「おっと、中々いい拳放ちますね。でも!」
『溶解』は大した事がないと高を括ったのか、投げ技で対応しようと掴みかかってきた。むしろ好都合だ!
「ほいっ!」
「うおっ、背負い投げっすか!柔道の心得もあるんすね」
大男の襟を掴み、一本背負いの体勢に入る。俺のほうが小柄な分、懐へ侵入しやすいのだ。
「でもそれ、悪手っすよ」
「ガッ!」
しかし、大男の服が破けて背負い投げは成功しなかった。『溶解』で中途半端に溶かしていたため、耐久性が落ちていたらしい。
さらに、生じた隙を突かれて蹴り飛ばされた。痛え。
「だが、まだだ!」
「うおっ!いいタックルっすね、レスリングもやってたんすか!」
痛みを堪え、すかさずタックルを仕掛ける。ベルトに手を掛け、『溶解』も容赦無く発動!
「ちょっ、ズボン溶けてきてるじゃないっすか!皮膚も溶けるかもしれないんで、引き剝がさせてもらうっす!」
「ガッ、ごふっ!」
殴る蹴るの応酬で、無理やり引き剝がされた。だが、目的は達成したぜ……。
「もしかして、今の一本背負いとタックルが奥の手なんすか?」
「一応そうだ」
「えっ?」
俺の返事にキョトンとしている。きっと、凄い武術や派手な大技を期待していたのだろう。
「まぁ、正確には奥の手の一部だけどな」
「奥の手の、一部?」
そうだ。背負い投げもタックルも、大技を繰り出すための前段階にすぎない。
「それじゃっ、よいしょっと」
首を傾げている大男を他所に鞄とニアを回収し、雫さんを抱きかかえる。
そういえば、お姫様抱っこしたの初めてだな。ちょっと緊張する。
「ちょっ、何帰ろうとしてるんすか?まだ戦いは終わってないっすよ!?」
「いや、もう終わるよ。お前の敗北でな!」
そう言い返し、息を深く吸い込む。
これで、終わりだ!
「た、助けてーーー!変態に追われてまーす!助けてくださーい!!」
「なっ!」
大声でそう叫びながら、雫さんを抱えて走る。
大男は脱げた服を拾い、慌てて下半身を隠そうとしているようだ。
ふはははは!背負い投げもタックルも、パンイチにするための準備だったのだよ!
「ず、ずるいっすよ!」
「ずるではない、戦略だ!」
追えるものなら追ってみるがいいさ。公衆の面前に裸を晒すことになるだろうけどな!
『やっぱり、ずるいっすよーー!』という大男の声を背に、俺は脱兎のごとく逃げるのだった。
◇
「あの馬鹿は……」
戦いの一部始終を見ていたチエは、ディエスの醜態に呆れ果てる。そんな中、チエが待機している部屋の扉が叩かれた。
「失礼します」
「セフェクね、入っていいわよ」
チエは気を取り直し、『捕縛』の異能者、セフェクの報告を聞く。
「トイとメルトの検査が終わりました。2人は無事です。直ぐにでも任務に復帰できるかと」
「そう、了解したわ。そのまま待機させておきなさい」
指示を返したチエは、すぐさま今後の策を練る。
またしても『結合』を取り逃がしたため、指揮として派遣された彼女には、もう後がないのだ。
「それでは、失礼します」
そんなチエの焦りを知るセフェクは、報告を終えると同時に静かに退室する。
「それにしても……」
セフェクの退室した室内で、チエはひとり呟く。
「今日はやけにカラスが多いわね」
その異変に危機感を持つ者は、誰もいなかった。
もう少しで、第二章も終わりです。