26話「複雑な家庭事情」
今日もいつも通り、平穏な1日だった。
「いつも通り平穏な……平穏?」
スマホで調べてみる。
平穏とは、『変わったことも起こらず、穏やかなさま』らしい。うん、いつも通りではないが、今日はほんとに平穏だ。間違ってはいない。
「マスター、大丈夫デスカ?」
心配したのか、スマートフォンのニアが話しかけてくれた。さっそく変わったことが起きた。
はい、平穏終了。
「あ、大丈夫だよニア。それと、人前ではなるべく話さないようにな」
「了解シマシタ」
授業終了直後でよかった。授業終わりの余韻で教室がざわついているため、ニアの声は誰にも聞こえなかったようだ。
「それにしても、平穏かぁ……」
平穏に生きたいという俺の人生設計は、最近狂いっぱなしだ。
陰陽術の試合に出させられたり、異能者に襲われたり。そもそも、死んで神様と会ったりしてるし。
「まてよ?それに比べれば、スマホが話すとか普通だな」
うん、さっきのはノーカンだ。今日はまぎれもなく平穏な1日だな。
「結城くーん、いるー?」
「!!」
声のほうへ振り向くと、立派な剃り込みの入った不良くんが教室を覗き込んでいる。
あれは、いつぞやの剃り込み不良!
「葛西さんが呼んでんだけどー。結城くん、どこ?」
滝川と石田は俺に向かって手を合わせている。この薄情者共め!
「こ、ここです」
薄情な2人を横目で睨みながら、俺はおずおずと手をあげる。
「ちょっと来てくんね?」
剃り込み不良に、俺は体育館裏まで連れていかれた。
はい、平穏終了。
◇
「入学したばっかの時、体育館裏で脅かしてすまなかった」
「え?」
また前回のように不良達の前で恥をかかされるのかと思いきや、体育館裏にはツンツン不良とアカリさんと雫さんしかいなかった。
そして、ツンツン不良が頭を下げて謝ってきたのだ。え?なにこの状況?
ちなみに、俺を呼び出した剃り込み不良はさっさと帰っていった。
「ごめんね結城くん、許してあげてもらえる?こんな怖い顔つきだけど、これでもソージは反省してるの」
「アカリ、顔つきは余計だろ。それに、お前らが謝れって言ってきた……」
「反省してるのよ、ね!」
「……あ、あぁ、反省してる」
アカリさん凄いな、ツンツン不良を尻にひいてらっしゃる。
「頭上げてください……」
「結城くんも同い年なんだから、ソージなんかに敬語使わなくていいのよ。もちろん、私たちにもね」
「あ、それじゃあ……」
遠慮なくタメ口でいかせてもらおう。
「本当にもう気にしてないから、頭上げてくれ」
「許してくれるのか?」
「ああ」
平穏とはかけ離れた日々のお陰で、入学初日のことなど、今となってはあまり気にしていないのである。
ま、ちょっとだけトラウマだったりはしてたので、そのぶんの謝罪は受け取っておこう。
「そうか。すまなかったな……じゃあなっ」
「あ、ちょっとソージ!ごめんね結城くん。またね」
ほんとに、ただ一言謝るためだけにここへ呼び出したらしい。
「謝るだけなら、廊下とかでええやん」
「ソージくん、不器用だから……」
俺の呟きに、雫さんが苦笑しながら返す。
ツンツン不良を追ってアカリさんも校舎へ戻っていったので、今は雫さんと2人きりだ。
「あ、そういえば。ツン……葛西くんとは、どういう関係なの?」
地味に気になっていた疑問を、雫さんに聞いてみた。
見た目的に兄妹ではないだろうし、性格的に雫さんが一緒にいるのは、何か違和感を感じる。
「ソージくんとは、幼馴染、かな。血は繋がってないけど、兄妹みたいな、感じ」
なるほど、そうだったのか。
とりあえず、こんなに可愛い幼馴染いるのはムカつくな。ちゃんと誠心誠意謝ってもらえばよかった。
「それじゃあ、俺たちも戻ろっか」
「うん」
そのあとは、雫さんと雑談を交わしながら、2人で校舎へと戻るのだった。
◇
「雫、どうかしたの?」
帰宅途中、落ち込む雫を気にかけ、アカリが声を掛ける。
「お姉ちゃん。私たちってやっぱり、普通じゃないんだよね……」
「普通じゃ、ない?」
「うん。体育館裏から戻るとき、結城くんと親御さんの話になったの。でも、私からはなにも話せなかった……」
「雫……」
雫のその言葉通り、彼らには親との思い出がない。そもそも、親という存在がいないのである。
「大丈夫だ雫。親はいねぇが、俺たちがいるだろ。俺たち3人は、家族だ」
「そうだよ。私たちはこれからもずっと一緒なんだから」
2人の言葉を聞き、雫の気持ちは少しだけ晴れていく。
「2人とも、ありがとう」
「……なんか、照れるな」
「えっ、ソージって照れたりするの?」
「うるせぇよ!っていうか、アカリだって照れてるじゃねぇか」
帰宅途中の河川敷では、3人の楽しげな笑い声が響きわたるのだった……。
「あー。いい雰囲気のところ、申し訳ないんすけど……」
しかし、その声を聞くまで誰も気づく事が出来なかったのである。
「捕まえさせてもらいますね」
そんな何気ない平穏を奪いさろうとしている者が、背後まで迫っていた事実に……。
◇
「はぁ……失敗した」
雫さんと校舎へ戻る途中で親の話になったのだが、雫さんの表情が明らかに曇っていたのだ。
すぐに話題を変えたが、不快な思いをさせてしまったかもしれない。
「きっと、複雑な家庭事情があったんだろうな……」
「マスター、大丈夫デスカ?」
落ち込んでいる俺を心配して、ニアが話しかけてくれた。
抱えててもモヤモヤするだけなので、ニアにも事情を話してみる。
「マスターガ良クナイト思ッテイルノデアレバ、一言謝ル事ヲオススメシマス」
「だよな。でも、もう放課後だし、謝るのは明日になりそうだ」
「問題アリマセン、私ガゴ案内シマス」
「えっ?」
ゴ案内シマス?
「今、市内ノ防犯カメラヲ確認シマシタ。雫サンハ、アチラデス」
「……」
変形したニアが腕を突き出し、雫さんがいるらしい方向を指差した。
「ありがとうニア。でも、防犯カメラ勝手に見たりするのは、ダメだぞ」
「了解シマシタ」
いけない事だが、もう見てしまったものは仕方ない。とりあえず、ニアの指示に従って雫さんに会いに行く事にした。
◇
3人が驚いて振り返ると、そこには屈強な大男が立っていた。
「いやぁ、申し訳ないっす。なんか、いい雰囲気ぶち壊しちゃって」
気持ちのこもっていない謝罪を口にしながら、大男は3人へと近づく。
「ディエス……どうしてここに!?」
ソージはアカリと雫を背後に隠しながら、迫り来る大男、ディエスへと疑問を投げかける。
「お、名前知ってくれてるんすね。そういう君は、葛西君でしたっけ?」
「そんな事はどうでもいい、どうしてテメェがここにいるんだ!?」
「どうしてって、君たちを捕まえに来たんすよ。組織から逃げ出して、いつまでも平穏に生きられると本気で思ってたんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、ソージは自身の持つ異能を全力で発動した。
その異能の名は、『寒熱』。熱量を吸収、放出する事で、温度を操ることができる異能である。
「あつっ!」
ディエスは慌てて距離をとる。
ソージが水たまりを蒸発させたことで、多量の水蒸気が発生したためだ。
「アカリ!頼む!」
「わかってるわ、『付与』!」
その隙をつき、アカリはソージへと付与を施す。
彼女の持つ異能『付与』は、他者の身体能力を強化する事が可能なのだ。
「おっ、それが噂の『付与』ですか。俺には出来ないんで、羨ましいっすね」
そう呟きながら、ディエスは水蒸気を抜けて接近を試みる。だが、すぐさま足元の違和感に気がついた。
「うわっ、滑る!」
ディエスの進行を阻むため、ソージは地面を凍らせていたのである。
「もう、面倒っすね」
しかし、ディエスはその脚力で地面を踏みつけ、氷ごと地面を砕きながら強引に進む。
「ちっ、化け物が」
「まぁ、こう見えてもランクAなんで、ランクCの小技程度じゃなんともないんすよ。だから、大人しく降参してくれないっすかね?」
「断る!」
ソージの力強い返事に、アカリと雫も頷く。
「組織にいることの何が不満なんすか?三食ちゃんと食事は出ますし、暖かい布団で眠れるじゃないですか」
「でも、自由はないだろ。俺たちは、自分の意思で自分らしく生きていきたいんだ!」
「……そういえば、君たちは施設内で生まれ育ったんすもんね。外から組織に入った俺とは、見える世界が違いますか」
先ほどとは一転して冷たい目となったディエスの眼光に、3人は背筋を凍らせる。
「殺しちゃうとまずいんで、手加減はします。でも、骨は何本か折れると思うんで、そこは覚悟してくださいね」
「今の俺はランクB相当の異能者だ。ただじゃやられねぇぞ!」
『付与』の力は、腕力や脚力といった身体機能以外にも、所有する異能すら強化することが可能なのである。
そのため、本来ならばランクCであるソージの『寒熱』は、ランクB相当まで強化されていた。
「あ、言っておきますけど、助けは来ませんから」
「なに?」
「周辺には工作員配置してるんで、多少暴れても目撃する人は誰もいないっす」
「なっ!」
帰宅時間で賑わっているはずの河川敷に人気が無いことを、3人は今になって気づく。
「それじゃあ、せいぜい足掻いてくださいね」
『付与』を施され、ランクB相当となった『寒熱』と、ランクAの異能を持つディエスとの戦いが幕を開けたのだった。