24話「リンゴジュース作ってみた」
札幌市内に建てられた、異能組織『ディヴァイン』の仮設支部。その一室では、モニター越しに報告を行う『感知』の異能者、チエの姿があった。
『ふむ。その報告から察するに、結城幸助は『陰陽術師』である可能性が高いな。となると、例の黒い猫は『妖』という存在やもしれん』
異能組織『ディヴァイン』の創設者にして最高責任者であるメナスは、すぐに答えへと辿り着く。メナスの言葉に、フォンとフレアも納得し頷いた。
彼らがすぐに理解を示した理由は、『陰陽術』の存在を知っていたためである。彼らだけでなく、『陰陽術』や『魔術』の存在は組織自体が認知していた。しかし、その事実を知らされているのは、ランクA以上の称号を持つ異能者と一部の構成員だけである。
そのため、ランクBであるトイは、幸助の陰陽術に最後まで気付くことができなかったのだ。
『『異能』よりも劣る『術』によってランクBの異能者2人を倒すとは、結城という少年は相当な術師のようですな』
『『術』は『異能』と違い、多彩な現象を引き起こせる。フォンよ、侮るでない』
『はっ、申し訳ありません』
『異能』の優位性を知るが故に『術』を侮る発言をしたフォンを、メナスは叱責した。
『話を戻すとしよう。チエよ、結城幸助の暗殺失敗に続き、トイとメルトの独断行動……指揮としてお前を送ったのは、失敗だったのかもしれんな』
メナスは、チエに落胆の言葉を投げかけた。
「メナス様。どうか、どうかもう一度だけ挽回の機会をいただけないでしょうか?」
『挽回の機会か……』
メナスは考える。
理解を超える現象によって行われたディエスの逮捕、ランクAとランクBを瞬殺した黒い猫。そして、一流の陰陽術師と思われる結城幸助の術の数々。チエの非によるところも大きいが、それを除いても、不測の事態が起こりすぎているのだ。
メナスはそれらの事情を考慮し、チエの申し出通り挽回の機会を与えることにした。
『よかろう。結城幸助の存在は無視する。今更ではあるが、できる限り干渉しないようにしろ。そして、『結合』の捕獲を最優先とし、確保し次第仮設支部を放棄。すぐに本部へと連れてくるのだ。良いな?』
「はっ、ありがとうございます。必ずや、ご期待に応えてみせます!」
頭を下げるチエの姿に、フォンとフレアは満足げに頷く。
そんな中、メナスだけは言い表せぬ不安を拭えずにいた。
◇
帰宅後。襲撃された事実をみんなに相談した結果、委員長のお父さんを頼ろうという結論になった。
正体を隠してこれ以上頼るのは心苦しいが、今回は仕方ない。他に解決策がないのだ。
クロ曰く、委員長のお父さんは結構な情報通らしいので、何か知っているではとの事だった。なので、後でクロに聞いてきてもらうことになっている。
それはそうとーーー
「うおおっ、すげぇ!」
ーーー先ほどの戦いで習得した異能、『溶解』をさっそく試してみた。
いやはや。すごいなこれ、超便利!
「む、何をしておるのだ?」
「ちょっとリンゴジュース作ってみたんだ。さっき話した戦いで『溶解』っていう異能を習得できたから、それ使ってみたんだよ」
「む?『異能』を、習得した?」
クロが首を傾げているので、『溶解』と『玩具』という異能が使えるようになったことを、簡潔に説明した。
すると、フリーズした。
「クロ、大丈夫か?」
「う、うむ。大丈夫だ。それよりも、お主の方こそ大丈夫か?『陰陽術』が使えなくなってはいないか?」
「いや、全然使えるぞ?」
足の裏から、極小の火花を発生させて見せる。『散炎弾』の火力調整は完璧なのだ。
「うむ……」
それを見たクロは暫く考え込んだあと、口を開いた。
「『陰陽術』と『異能』を同時に使えることは、黙っておいた方がいい。争いの元となるかもしれん」
「え?なんでだ?」
というか、クロは『異能』について知ってたんだな。長生きしてそうだし、年の功ってやつか。
「儂も詳しくは知らんが、『術』と『異能』は根本から原理が異なるらしい。それ故に、同時に使うことは出来ないのだそうだ。例外も居ると聞いたことはあるが、少なくとも、儂の知る限りではお主が初めてだな」
なんと、そうだったのか。
習得した時に原理の違いは感じたけど、両立できないとは思わなかった。これも神様が上げてくれた習得能力のおかげなのだろうか?うーむ、わからん。
「大まかな特徴としては、『術』は1人でも多彩な現象を起こせるが、『異能』は限られた現象しか起こすことができない。と聞いた事があるな」
多彩な現象っていうと、技のバリエーションのことかな?『陰陽術』は適性がない属性でも、練習すれば使えるようになるらしい。
なので、頑張れば火と水を同時に出す、なんてことも出来るのだそうだ。でも、『異能』は溶かすだけとかだもんな。
「だが、『異能』のほうがはるかに大きな現象を起こせるうえに、燃費もいいときく」
「なるほど」
『陰陽術』も『異能』も霊力を使って発動しているのだが、霊力切れになるほど使った事がないので燃費と言われてもよく分からない。
とりあえず、『術』と『異能』どっちのほうが優れているとかでは無いんだな。
「忠告ありがとな、両方使えることはバレないように気をつけるよ」
「うむ。『身代わり札』を作れる事にも驚いたが、まさか『異能』も使えるとはな。本当に気をつけるのだぞ?」
「大丈夫大丈夫、『身代わり札』の事も黙っておくよ」
『五家それぞれの当主が長い時間をかけて……』と聞いていたのだが、試してみると問題なく作れたのだ。その時も、今回のようにクロを驚かせてしまった。
お詫びに、猫缶でも買ってきてあげるかな。銀色のスプーンが描かれた猫缶とか試してみよう、美味しそうだし。
「それはそうと、これ調べてくれないか?」
クロに出来上がったリンゴジュースを見せる。
「ほう、美味しそうだな」
「変な感じとかしないか?」
クロには、食べられない物を見分けられるという超絶便利能力があるのだ。動物の本能のようなものなので、残念ながら俺には習得できない。
「ふむ、問題はなさそうだぞ?ただのジュースだ」
無理やり液化させたから体に悪くないかと不安だったが、大丈夫みたいだな。これなら、ミキサー代わりに使えそうだ。
「せっかく作ったし、みんなで飲むか。ほら、シロもこっちおいで」
「カー……」
部屋の隅でうな垂れているシロを、コタツへと呼び寄せる。
どうやら、護衛として俺を守れなかったことを悔やんでいるらしい。帰れと言ったのは俺なので、そんなに気にしなくてもいいのだが……シロは真面目だな。
「お主は主人の命令に従ったのだ。なにも悪くはない」
「ん。おやつ、あげる」
クロとリンも慰めているが、立ち直るにはまだ時間がかかりそうだ。
「ほらほら、みかんジュースもあるぞー」
なにか切っ掛けがあればいいのだが、今は見守ることしかできないな。
◇
「異能組織か、面倒な事になったな」
市内に建つ、とある寺院。そこの一室では、真剣な表情で依頼書を読むダンディーな中年の姿があった。
「無茶な要望を出してくれる。さて、どうしたものか……」
彼の名は、水上龍海。五大陰陽一族の一角、水上家の当主である。
彼が目にしている依頼書の内容は、『北海道に潜入している異能組織をどうにかしてくれ』というものだった。
その依頼主は、日本国政府である。
明治維新後に歴史の表舞台から姿を消した『陰陽師』は、『陰陽術師』に名を変え、今も世の影から日本を支えている。そのため、陰陽術師を束ねる五大陰陽一族には、超常現象が関与する問題の対処を国から任される事があるのだ。
「お父さん、ただいま!」
「ん?潤叶か。おかえり」
元気の良い挨拶とともに帰宅したのは、水上龍海の実の娘である水上潤叶だった。
「あ、ごめん。お父さん仕事中だった?」
「いいや、今日の分は終わっているよ。それより、随分と機嫌がいいようだけど何かあったのかい?」
龍海は依頼書を机に仕舞い、娘との会話を楽しむ事にする。妻を亡くした龍海にとって、このひと時は何にも代え難い時間なのである。
「それでね、今度班のみんなで買い出しに行こうって話になったの!」
「ははは、それは良かったね」
『宿泊レクリエーション』を楽しみにする娘との会話によって、龍海は仕事の疲れが取れていくのを感じた。そうしていつもの調子を取り戻した龍海は、潤叶の意表を突く質問を放つ。
「班のみんなということは、結城くんもいるんだよね。彼とは、その後どうなんだい?」
「え?結城くん?」
会話の中に出てくる頻度や、幸助の話になった時の声色と表情の僅かな違い。それらの変化を、龍海が見逃すはずはなかった。
「何にも無いよ?ただの友達だもん」
「そうなのかい?気になっているから、一緒の班に誘ったんじゃないのかい?」
しかし、予想とは違う反応を示す娘の姿に、龍海は少しだけ戸惑いを感じる。
「もちろん気になってるよ。だって、私と同い年なのにあんなに凄い陰陽術師なんだよ!尊敬しちゃうよ!」
「な、なるほどね……」
実のところ、仮面の陰陽術師が結城幸助であることをこの2人だけは気づいているのだ。
潤叶が中庭に幸助を呼び出した際、霊力を感じなかったこと。龍海が仮面の陰陽術師と挨拶を交わした際にも、霊力を感じなかったこと。
さらに、猫神様の帰宅方向や幸助の家に張られた強力な結界の存在。その他多くの情報を共有していたが為に、神前試合の直後から2人は幸助の正体に気づいていたのである。
「他に、気になっているところは無いのかい?かっこいいとか、優しいとか」
「式神術使う姿は本当にかっこよかったよ!それに、神前試合で水上家を救ってくれたんだもん。凄く優しい人なんだなって思う」
「な、なるほどね……」
かつて『北の龍』とまで恐れられた水上龍海は、娘の初恋がまだ訪れない事に僅かばかりの不安を感じるのであった。
次回、たぶん家族が増えます。