23話「男女平等拳!」
「トイとメルトが、結城幸助に襲撃をかけたですって!?」
「は、はい」
部下の報告を聞き、チエは頭を抑える。
「まさか、こんな愚かな選択をするなんて……」
JRタワー屋上に放置されていたセフェク、トイ、メルトの3名は、組織の働きかけによってすでに釈放されていた。だが、支部へと戻ってきたのは、セフェク1人だったのである。
戻ってこなかったトイとメルトには、前から勝手な行動をとる節があった。そのため、いつも通り寄り道でもしているのかと思い、2人が戻らないことをチエは重要視せずにいたのだ。
「しっかりと動向を見ておけばよかったわ……」
チエは、頭を抑えながら静かに悔やむ。
「工作員を何名か使い、結城幸助の帰路の一部を封鎖。現在、戦闘にはいった模様です」
「独断で、勝手なことを……」
チエは、即座に『感知』を発動した。
仮設支部から結城幸助の家までは、数十キロも無い。帰路の途中であれば、チエの異能の効果範囲内なのである。
「見つけたわ、まだ戦闘は始まったばかりね。すぐに工作員の増援を送りなさい!ランクC以下を連れて行っても構わないわ、周辺の住人に気づかれないよう隠蔽工作の強化を行いなさい!それと、戦闘後に殺されていなければ、トイとメルトも回収しなさい」
「了解しました!」
部下は駆け足で部屋から退室する。
「こうなった以上、仕方ないわ。この機会に、結城幸助の実力を見定めさせてもらうわよ」
そう呟き、チエは自らの異能に集中するのだった。
◇
除雪をしやすいよう、少しだけ広く作られたとある路地。ひと気の無いその道では、工事用車両のエンジン音とともに、鉄塊を叩きつけるような轟音が何度も鳴り響いていた。
「手応えは、あったのである。どんな異能を持っていようとも、無事では済まないはずなのである」
燕尾服とシルクハットを身に纏っている男は、鉄拳を幾度も振り下ろす機械人形を見ながらそう呟いた。
しかし、その予想は大きく外れることとなる。
「なっ!?」
直後。鉄拳を振り下ろしていた人形の四肢が切り落とされ、崩れるようにしてその場に倒れたのだ。
そして、残骸の中から現れた青年は、ボロボロの学生服を纏いながらも一切の傷はない。
「あれだけの攻撃をくらって、なぜ無傷なのである!?」
「うるせぇ!企業秘密だ!」
そう叫んだ後、青年は手に持っていたカッターナイフを構え直した。
「無傷の理由は分からないであるが、私の人形を壊したのは、そのカッターナイフを用いた異能であるな?」
「え?異能?」
「とぼけても無駄なのである!私達がランクAに到るため、犠牲になってもらうのである!」
首をかしげる青年の言葉を無視し、トイは自らの異能を全力で発動した。
◇
鉄拳に押し潰された時は、マジで死ぬかと思った。いや、2枚犠牲になっているという事は、本来なら2回死んでたのか。
「試作品として作ってみたけど、発動してくれてほんとに良かった」
太ももや腰に貼りまくっている『身代わり札』を撫でながら、そう呟く。
「にしても、10回くらい死んでてもおかしくない回数の鉄拳くらった気がするけど……2回分だったのか」
まぁいいか、考えるのは後にしよう。
眼前には、工事用車両がトランスフォームしたロボット達が道を埋め尽くしている。今はこいつらをどうにかしないといけない。
数は、9体くらいか。
「さあ、私の異能『玩具』の素晴らしさを、とくと味わうのである!」
さっきから異能異能って、何言ってんだこいつ?というか、いきなり殺そうとしてきたうえに制服も鞄も教科書もボロボロにしやがって、絶対許さねぇ!
「くらうのである!」
「それはこっちのセリフだ!」
人型ダンプカーが突進してきたが、動きが遅いうえに単調だ。ただ大きいだけだな。
「飛ぶ斬撃!」
カッターナイフに纏わせた霊力を、斬撃として放つ。ダンプカー、解体終了!
「なるほど、斬撃を飛ばす異能であるか。だが、私の人形はまだまだ存在するのである!」
シルクハットの掛け声で、ロボット化したクレーン車、ショベルカー、ロードローラーが次々と襲い掛かってくる。
「ん?まてよ?」
ロボット工学の結晶かと思ったが、もしかして……これがシルクハットの言っている異能とやらなのか?
迫り来るロボット達を解体しながら観察してみる。するとーーー
「ーーー習得できた!」
なるほど、これが異能か。陰陽術とは原理が違うが、問題なく習得できるみたいだ。
ふむふむ、『玩具』っていう異能なのね。周囲の物質を利用して、言うこと聞く人形を作るのか。式神術と違って、札とか媒介にしなくてもいいのは便利だな。
「でも、今は使えないな」
式神術と似た性質を持つこの異能は、使うことができない。
カラスや幼女ならまだしも、巨大ロボットの家族が増えるのはさすがに困るからだ。
「いけ!いくのである!」
続けて2体のロボットが突進してくるが、関係ない。片っ端から解体してやった。
ちなみに、胴体に人が乗っているといけないので、四肢だけを斬り落とすようにして解体している。
「くっ、まだなのである!」
残りは3体か。だがーーー
「ーーーでけぇ……」
1体の掌にはシルクハットが乗っており、指揮官機のようになっている。そいつは普通のサイズなので簡単に解体できそうだ。だが、それを守る2体が物凄くでかい。今までのロボの倍くらいの大きさがある。
「うおぉっ!」
動きは相変わらず遅いが、拳も倍くらいの大きさだ。なので、躱すのが難しい。これじゃあ近づけないな……仕方ない。
「ちょっと怖いけど、飛ぶかな」
靴と靴下を脱ぎ捨て、足の裏から『散炎弾』を放つ。
「なっ!空を飛べるのである!?」
そのとおり、飛べるのだ!こういった不測の事態に備えて、体育の無い日は足に『散炎弾』の術式を描いているのである。
ちなみに、腕には描いてない。腕まくりした時とかに見られたら、厨二病確定だ。
「飛ぶ、斬撃!」
空中から斬撃をばら撒き、大型ロボ2体を解体した。そして、残った指揮官機へと接近ーーー
「ごはっ!」
ーーーする前に、背後から迫る拳に殴られ、道路に叩き落とされた。
「くっ、『散炎弾』!」
痛む左腕をさすりながら、散炎弾で緊急回避する。直後、俺の叩き落とされた地点にロボの鉄拳が炸裂した。
「あぶなっ」
くらっても死にはしないが、痛みは感じるのだ。殴られた左腕も無傷だが、ちょっと痛い。初めの鉄拳連打なんて、めちゃくちゃ痛かった。
「にしても、なんで背後から……あ、そういう事か」
でかいロボットは、2体のロボが合体した姿だったらしい。俺が切り落としたのは、上半身ロボの両腕と下半身ロボの両足だったわけか。
下半身側のロボットが細長い腕を目一杯伸ばし、ぶんぶん振り回している。
「飛ぶ斬撃」
速攻で解体してやった。ついでに、倒し損ねた他のロボ達も解体した。
「斬撃を飛ばし、空を飛び、どんな攻撃でも無傷……い、一体なんの異能を所有しているのである!?」
「企業秘密!」
シルクハットが半狂乱で叫んでいるが、いきなり襲ってきた礼儀知らずに教えるつもりなどない。
口ぶり的に陰陽術は知らないようだし、このまま混乱していてもらおう。
「『散炎弾』!」
散弾の推進力でシルクハットへと迫る。
「ち、近づけさせないのである!」
指揮官機が腕を振りかぶるが、遅すぎだ。あっという間に四肢を切り落としてやった。落下した腕に乗っていたシルクハットは、衝撃で尻餅をついている。
「なんで俺を襲ってきたのか、話してもらうぞ」
そんなシルクハットをカッターで脅しながら、質問を投げかける。
「ひいっ!……なんちゃって、なのである」
「あ?」
シルクハットの「なんちゃって」に苛立ちを覚えた直後。指揮官機の胴体が溶け、誰かが抱きついてきやがった。
「つーかまーえたー」
見ると、抱きついてきた相手はタンクトップ姿の紫髪少女だった。誰だこいつ?というか、なんて格好してんだよ、寒くないのか?
「溶けちゃえ!」
タンクトップ少女がそう言うと、少女の肌と接触している服がみるみるうちに溶けていく。
まずい!そういう異能か!
「気付くのが遅いよー!……って、あれ?溶けない」
ふぅ、焦った。服はドロドロに溶けているが、体は一切溶けていない。この攻撃も無効化してくれるのか、『身代り札』様様だな。
「えっ、なんで?なんで溶けないの!?」
「……よいしょっと」
軽いパニック状態の少女を優しく引き剥がし、その顔を見据える。『身代り札』がなければ死んでいたかもしれないのだ、容赦するつもりはない。
「……手元が狂うから、下手に動かない方がいいぞ」
「え?」
「『男女平等拳』!」
『男女平等拳』とは、とある神作に感化された俺が、安全に相手を気絶させるために作り出した奥義の1つである。
あらゆるパターンのアッパーカットを習得。それらを統合し、自分用に調整。そうして作り出したこの技は、相手にほとんど外傷を負わせることなく意識を奪うことが可能なのだ。
「よし、成功だな」
顎下を撫でるように拳を走らせた結果、少女は夢の世界へ旅立った。
「さてと……」
「ひっ!」
シルクハットへ向き直ると、めちゃくちゃ怯えている。切り札だったらしい少女が呆気なく倒され、相当動揺しているみたいだ。
ま、だからといって情けをかけるつもりなどない。こっちは殺されかけたんだ、どんなに怯えようが関係ないのだ。
「おい!シルクハット!」
「ひ、ごはっ……」
「ありゃ?」
少し強めの口調で怒鳴っただけなのだが……シルクハットも夢の世界へ旅立ってしまったらしい。どんだけ怯えてるんだよ……。
「仕方ない。とりあえず、帰るかな」
襲われた理由は気になるが、あとでクロにでも相談すればいいか。
そそくさと鉄拳に潰された持ち物や脱ぎ捨てた靴やらを回収する。溶かされた上半身の学生服は液化が解除されているが、バラバラだ。着られる状態ではない。
「……神様、ごめんなさい」
やむを得ないのだ。これは盗みにはカウントされないはずだ。
そう思いつつ、念のため神様に謝罪をし、シルクハットから燕尾服を奪い取った。燕尾服も目立つが、上半身裸よりはマシだ。
「ん?メール?」
燕尾服を着終わると、スマホからメールの着信音が聞こえてきた。ということは、スマホは生きているらしい!確認してみると、画面に少しだけヒビは入っているが、全然使える。当たりどころが良かったのだろう、嬉しい誤算だ。
「あ、メールメール」
見ると、受信ボックスに一通のメールが届いていた。
『初めまして!ユイでーす。ちょっとお願いしたい事があるんですけど、よろしいでしょーか?』
開封前から怪しい雰囲気が漂っている。うん、明らかに迷惑メールだな。
「削除っと」
迷惑メールを消し、俺は急いで帰宅するのだった。
総合評価が、4万を超えていました!本当にありがとうございます!!
今月を乗り越えれば更新ペースを上げられると思うので、更新頻度については、何卒ご容赦ください。