16話「なんだ、ネット料金か」
「はっ!ここは……」
「火野山様、気がつきましたか」
市内の総合病院にある3人用の病室で、火野山業は目を覚ます。
横のベッドには、慣れた手つきでリンゴを剥く三鶴城幽炎が腰掛けていた。
「安心してください、ここは病院です。これでも食べて、落ち着いてください」
火野山は、差し出されるリンゴに怪訝な目を向ける。剥かれたリンゴは全て、ウサギの形に切りそろえられていたためだ。
しかし、腹が空いているのは事実。嫌な顔をしながらも、そのリンゴを食べる。
「三鶴城。お前、怪我を負ったのか?」
入院着を着る三鶴城の姿が目に映り、火野山は彼の身を案じる。
「いえ、『身代り札』のお陰で無傷ですよ。念のために、精密検査を受けただけです」
「そうか、それは良かった」
三鶴城の言葉に、火野山は安堵する。だが、自分が病室にいる理由を思い出し、慌てて三鶴城に問いかけた。
「そうだ!試合は、試合はどうなった!?」
当主である火野山は、試合途中からの記憶がない。龍王の突進による衝撃波で吹き飛ばされ、そのまま場外で気絶していたためだ。
「残念ながら……試合には負けました」
「なんだと!?」
仮面の術師が召喚した式神に対して三鶴城と気炎が挑むも、飛ぶ斬撃によって2人の身代り札が崩れ去ったこと。また、斬撃は三重結界をも貫通し、試合会場の屋根を斬り崩した事を簡潔に話した。
「バカな!気炎を倒した白いカラスといい、そんなことがあるわけ無いだろう!」
それでも、火野山は聞く耳を持たない。その理由は、三鶴城と気炎の強さを知っているが故の信頼によるものだ。
それを理解したうえで、三鶴城は言葉を続ける。
「火野山様。私はあなたの教育係として、間違ってしまったようです。共に、お叱りを受けましょう」
「お叱り?」
三鶴城の言葉にポカンとした表情を見せる火野山は、すぐにその言葉の意味を理解する。
病室の扉を蹴破りながら、鬼のような形相の老人が駆け込んできたのだ。
「じ、爺ちゃん!?」
「爺ちゃん?じゃないわい!この、バカ孫が!!」
爺ちゃんと呼ばれる老人の鉄拳が、火野山の頭蓋へ炸裂する。
彼の名は火野山大。御年80歳にして、病床を軋ませるほどの鉄拳を放つパワフルお爺ちゃんだ。
病により引退を余儀なくされたが、現当主である業が後を継ぐまでの数十年、当主として火野山家を支えてきた豪傑である。
「な、なんで爺ちゃんがここにいるんだよ!?」
「水上の坊主から連絡があったんじゃよ。お前がバカな理由で、神前試合を挑んできたとな!」
さらなる鉄拳が炸裂する。
「いでぇ……にしても、東京からこんなに早く、どうやって……」
「水上の坊主からいい病院を紹介してもらってのぉ。半年ほど前から、こっちで療養しとったんじゃ。何やら企んでいたせいで、儂が転院した事を誰も知らなかったようじゃがな!」
「いでっ!!」
さらなる鉄拳が炸裂する。
そんな中、「半年ほど前」という言葉に、三鶴城は違和感を覚えた。そして、1つの答えに辿り着き、水上家当主の手腕に1人感嘆する。
「神前試合はビデオで見させてもらったぞ。仮面の陰陽術師とは……比較せんでよいが、水上の姉妹は、気炎を驚愕させるほどの活躍じゃったな。対して、お前はどうじゃった?」
「そ、それは……」
何一つ出来ず、無様に場外となった自分の姿を思い出し、火野山業は項垂れる。
「まぁ……儂も悪かったと思っておる。後継はお前しかおらんかったがゆえ、厳しく育て過ぎた。そして、当主という責任ある立場に、まだ若いお前を無理やり座らせた」
悲しげな表情を見せながら、前当主である大はそう呟いた。
「大様。今回の件は、私の責任でもあります。教育係としての命を受けておきながら、業様と共に、誤った道を進んでしまいました」
「そうじゃな。派閥内の者達に、業を新たな当主として認めさせるため……とでも思ったんじゃろうが、猫神様を襲うのはやり過ぎじゃ。もちろん、神前試合もな」
前当主、大は、項垂れる2人に対して言葉を続ける。
「じゃが、今回の試合で皆学ぶ事が出来たじゃろう。業、お前は自分の浅はかな考え方を正せ。それと、惚れた女は自分の力で勝ち取れ。そのために火野山の権力を使うなど、言語道断じゃ!」
「わ、わかったよ、爺ちゃん……」
業は頭を押さえながら、その言葉に頷く。
「三鶴城。お前の忠義は見事じゃが、主人に従うだけが忠義ではない。今後は間違えるでないぞ」
「はっ!」
大の言葉を胸に刻み、三鶴城は深く頭を下げた。
「そして気炎、お前は戦いに固執し過ぎじゃ。少しは頭を使え」
「げっ!気づいてたのかよ!」
カーテンを閉め、気配を消していた気炎が驚きの声を上げる。
「三鶴城、気炎……並べ!」
2人の頭蓋へ、鉄拳が炸裂した。
◇
神前試合から一夜明け、結局俺は、一睡もできなかった。
「む、郵便が来たみたいだぞ?」
「ヒイッ!……か、確認してくる!!」
急いで郵便受けを確かめる。せ、請求書だ!!!
「……なんだ、ネット料金か」
ちくしょう、驚かせやがって。
なぜ俺がここまで怯えているかというと、昨晩の神前試合で……俺の召喚した式神が、『つどーむ』の屋根を崩落させたからだ。
崩落後は頭が真っ白になり、家に着くまでの記憶がほとんど無い。試合には勝ったとだけ聞いたが……とりあえず、つどーむ修繕の請求書がこないかと一晩中怯えていたのだ。というか、今も怯えている。
「落ち着け、龍海 がなんとかすると言っていたのだ。何も心配することはない。それに、お主の正体は誰も知らないがゆえ、この家に請求書を送ることはできない」
「た、たしかにそうだけどっ」
なんか凄い術とかで、バレたりしたらどうするんだよ。
「とにかく、大丈夫だ。龍海 でもどうしようもなければ、儂がなんとかする」
なんとかって……なるほど、曲芸か!曲芸で修繕費を稼ぐということか!
金獅子の玉乗りとかやったら、大儲け間違いなしだ!
「って、下ネタじゃねーか!」
「何を言っているのだ?とりあえず、落ち着け」
異常を察したカラスが麦茶を持ってきてくれた。ふぅ、とりあえず落ち着いた。
ちなみに、つどーむを解体されたウチの幼女様は、カラスからリモコンを奪い、居間でお料理番組をご覧になっておられる。
こちらも、カラスと同じで消える気配が全く無い。不思議だ。いつか黒猫づてで、委員長のお父さんに聞いてみるかな。
「心配する必要は何もない。この結果は予想していなかったが、こちらから頼んで試合に参加してもらったのだ。責任は龍海 と儂がとる」
「そ、そうか……わかった。ごめん、取り乱してたわ」
そうだな。冷静に考えれば、黒猫の言う通りかもしれない。
だが、俺に責任がきた場合に備えて、バイトでも探しとくかな。お小遣いで足りるわけないだろうし。
「わかってくれたなら何よりだ。それでは、そろそろ儂は帰るとする」
「え、帰る?」
「ああ。もといた神社にな」
あ、馴染みすぎて忘れてた。そういえば、黒猫は帰る場所があるんだったな。
「そうか……元気でな。たまに、お参り行くわ」
「うむ。いつでも待っているぞ」
カラスもどことなく寂しそうだ。黒猫が家に来た翌日にカラスを召喚したから、俺と変わらない時間、黒猫と過ごしてきたわけだしな。
「そんなに悲しまないでくれ。今生の別れというわけではない」
「そう、だな」
でも、少し寂しいな。
「帰る前に、一ついいか?」
「ん?なんだ?」
「お主の名前を、ちゃんと聞きたい」
「……あ!」
そういえば、出会ってから一度も名乗ってなかった!
「すまん、全く気付かなかった。それじゃあ、改めまして……結城幸助だ。よろしく」
「結城幸助……良い名だ」
名前の由来は忘れた。助けて幸せに……とか、母さんが言ってた気がする。
「黒猫の名前は、猫神だったっけ?」
「いや。猫神という名は、儂を崇める者たちが勝手に呼び出した名だ。儂の本当の名ではない」
あら、そうなのか。
「本当の名は……遥か昔にあったような気もするが、もう忘れてしまった」
「それじゃあ、好きなあだ名つけてもいいのか?」
「うむ、お主になら構わん」
とはいったものの、黒猫と呼びすぎて、その呼び方から離れられない。
「それじゃあ……安直だけど、『クロ』でどうだ?」
「クロ?……」
黒猫…じゃなくて、クロが急に黙り込んだ。
「どうした?」
「いや……すまない」
「え?なにが?」
「自覚がなかったがゆえ、気がつかなかった……本当にすまない」
……え?だから、なにが?
水上家はパワフルお爺ちゃんの鉄拳を用意していたので、神前試合に勝とうが負けようが大した問題はなかった。というのが前半のお話です。
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急な反響で多少のプレッシャーはありますが、これからも思うがままに書いていこうと思いますので、応援よろしくお願いします!