12話「湿布みたいに」
「両者、揃ったわねぇ〜。ほらほら、並んで並んでー」
特設会場の中央には、緑色の髪をなびかせるグラマラスな美女が立っていた。
「誰だあれ?」
「あの人は、五大陰陽一族の一角、木庭家の現当主よ。神前試合の審判を務めてくれるわ」
委員長の妹、潤奈ちゃんが教えてくれた。五大陰陽一族ってのは初めて聞いたが、名前的に水上家と火野山家もその一角だろうな。知らなかっただけで、現代も結構ファンタジーだったのか。
それにしても、わざわざ教えてくれるとは、優しい子や。
「あんたが何者かは知らないけど、この試合には私たちの一族の未来がかかっているの。足引っ張ったら許さないから」
「あ、はい」
前言撤回。なかなかキツめのキャラをお持ちのようだ。
「さてさて、並んだかなぁ〜?んじゃ、これ貼ってね〜。ちゃんと素肌に貼るんだよー、湿布みたいに。あ、気炎ちゃんと潤奈ちゃんには2枚ね」
そう言いながら、試合の出場者それぞれに人型に切り取られた紙を渡してきた。なんだこれ?
「これは『身代わり札』です。付けている人が受ける傷を肩代わりしてくれるんですよ。これを付けていれば、死に至る怪我までなら無効化できます」
え、なにそれ、凄くね?一回だけ死を無効化って事か。死んだ経験のある俺としては、是非とも一般向けに販売してもらいたいほどの代物だ。
「ですが、これを製作するには五家それぞれの当主が長い時間をかけて霊力を注ぎ込む必要があるんです。なので、神前試合などの特別な儀式以外では使用されることがありません」
「なるほど」
だから量産はできないのか、貴重なんだな。作れないだろうけど、一応術式は覚えておこう。ふむふむ。
あと、妹さんと違って委員長は優しい子や。
「はーあーい!みんな準備は出来たかなぁ〜?じゃ、そろそろ始めよっか」
緊張感のない審判の掛け声と共に、両者が整列する。
赤髪の生意気そうな青年が、見下すような目で委員長を睨んでる。あいつが火野山の当主様かな。
その隣には、メガネにスーツのイケメン野郎がいる。腰には日本刀を帯刀しているようだ、怖っ。よく見ると、刃が下向きだ。刀じゃなくて太刀か。こんなところで、爺ちゃん譲りの骨董品知識が役に立つとは……。
その横にいるのが、謎の式神に襲われて病院送りになった気炎って人か、もう試合とかして大丈夫なんだな。っていうか、俺のことめっちゃ睨んでる。腕には厳ついタトゥーも入ってるし、こっちも怖っ。
「潤叶、大人しく自分達の非を認めるなら、試合を棄権してもいいんだぞ?俺はお前を傷つけたくない」
「なにを言ってるの?猫神様を襲ったうえに、変な言い掛かりを付けてきたのはあなたたちのほうじゃない。それと、気安く潤叶って呼ばないで、火野山さん」
「なっ!」
おお!会心の一撃だ!火野山さんがたじろいだ。
たぶん、あいつは委員長に好意があるのだろう。それなのに嫌がることして、カッコつけて、そりゃ嫌われるわ。
「がっはっはっは!」
「笑うな気炎!おい審判、さっさと始めろ!」
「ふふふっ、わかったわよ〜。それじゃあ、ちょっと離れてー、距離とってー」
試合場の広さは50メートル四方なので、そこそこ広い。
両者整列しながら、少しだけ距離を取る。正面の相手まで大体10メートルくらいだろうか。
今更だが、緊張してきた。
「術師のみなさ〜ん。結界はってー」
審判がそう言うと、試合場の外が三重のガラス?のようなもので覆われた。こ、これが噂に聞く結界というやつか!いつか使ってみよう。
「敗北条件わぁ、身代わり札が破れちゃうか〜会場の外に投げ出されたら終わりねー。それじゃっ、開始っ!」
「炎、残、燃、壁、『炎焼燃壁』!」
開始の合図と同時に、気炎とかいう奴が札を持ちながら何かを呟いた。すると、札が燃え上がり、巨大な炎の球が出現した。
「くらえや!」
出現した炎の球を、こちらに飛ばしてきやがった。いきなりかよ!
だが狙いは外れ、俺と委員長の間を通過する。
「びっくりし……おお!?」
しかし、通過後に相手の狙いが分かった。
飛ばした炎は通過した軌道上を勢いよく燃やし、炎の壁を生み出したのだ。水上姉妹と完全に分断されてしまった。
「あなたの相手は私です。お手柔らかにお願いしますね」
前を見ると、三鶴城という陰陽師が立っている。あいつも壁のこちら側にいたのか。
「顕現せよ、『三刀像』!」
うげっ。大太刀を二振り備えた紫色の武者が現れた。でかい、3メートル近くはありそうだ。あれがこの人の式神なのか。
「あちらも始まったようですね」
耳を傾けると、壁の向こう側から爆音が聞こえてくる。
「では、私もいかせてもらいましょう」
俺と水上姉妹、炎の壁に隔てられながら、それぞれの戦いが始まった。
◇
「水上ぃ〜、大変なことになっちゃったわねぇ。どうすんの?これ」
ドーム内の観客席は、両家の関係者で埋め尽くされている。そんな中、水上家当主に用意された特別席には、気だるげなグラマラス美女の姿があった。
「木庭か、審判として見守っていなくていいのか?」
「ちゃんと見てるわよ〜。私は『木』の当主なのよ?」
「そうだったな」
彼女の術を知る龍海は、その言葉に納得する。
「それより、どうするのよぉ〜?これ」
眼前で行われている神前試合を指差し、木庭家当主は再度問う。
「それは問題ない。火野山家前当主には連絡を取ってある。この試合が終わる頃には、駆けつけるはずだ」
「あらあらぁ、相変わらず抜け目がないわねぇ〜」
龍海の手腕に、木庭家当主は恍惚の表情を浮かべる。
「でもぉ〜、あなたならもっと早く連絡とれたんじゃないのぉ?」
「お見通しか。だが、今回の試合は潤叶と潤奈の経験になる。水上家を任せるにあたって、これくらいの逆境は乗り越えてもらわないと困るからな」
「ふふふっ、すっかりお父さんねぇ〜。でも、それだけじゃないんでしょ?」
龍海は、表情をわずかに歪ませながら木庭家当主を見る。その視線には『抜け目がないのはどちらだ?』という意味が込められていた。
それを理解した木庭家当主は、少し困った表情を見せる。
「だってぇ〜。気炎ちゃんを倒したうえに、猫神様に気に入られている陰陽術師なんて、気にならないわけないじゃなーい。その代わり、審判役なんて面倒なことやってあげてるんだからぁ〜。文句はいやよ」
「分かっているさ、そこは感謝している。それよりも、お前の目から見て彼はどうだ?」
彼とはもちろん、単独で火野山家に襲撃を行い、猫神から厚い信頼を受ける謎多き陰陽術師。幸助のことである。
「霊力を、一切感じなかったわぁ」
「やはりか。握手をした際に探ったが、俺も同じことを思ったよ。式神か妖の類かと疑ったほどだ」
外面に霊力を纏わない者は、稀に存在する。
生まれながらに霊力の生成量が少なく、生命維持に消費する量と拮抗している者。または、高度な霊力操作の可能な者が、実力を隠すために行なっているかのどちらかである。
しかし、五大一族の当主クラスであっても、外面の霊力を隠せるほどの技量を持つ者は少ない。水上家当主である龍海自身はできるが、全力の集中状態でも数分が限界である。
「わざわざ霊力を隠して試合に出場する意味がわからないわねぇ〜」
「とりあえず、彼の戦いには注目しておかないとな」
「そうねぇ〜」
五大陰陽一族の当主2人から目をつけられている事を、本人はまだ知らない。
少しだけ解説します。
水上家当主が試合を受けた理由は、娘2人に経験を積ませるためです。
また、主人公が試合に出るのを許可した理由は、自分の治める地区にいる謎の術師の実力を測るためです。
負けたら大変なのに、なぜ試合を受けたのか?実力のわからない主人公をなぜ出したのか?という疑問については、試合後のお話で解説します。