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―ユメノ日記―真夏38分

作者:momoma
 サクは壁と壁の間の狭い隙間を体を上手くよじらせ駆け抜けていた。どうしてこうも家の近くは入り組んでいるんだろうとサクはいつも思う。何かの室外機から漏れ出る熱風が足を焦がす。狭い空間にたまった熱い空気に舐められて全身から汗が噴き出す。っと危ない、チョウさんちの植木鉢をけっ飛ばすところだった。サクは何度もこの植木鉢に躓いてひっくり返し叱られていた。でも今は急いでいるからそんなことでタイムロスするわけにはいかない。
「よお、サク」
 路地裏を飛び出ると目の前にいたソーマがそう言った。サクはいつもここから出てくるのを知っていたから待ち伏せしていたのだ。
「もうっ!遅いよ、サク」
 そう言うのは隣にいるちょっと背の低いアル。そう、こうしていつもの三人は今日もまた揃ったのだ。
 通りには真昼間っから所狭しと屋台が連なっている。焼いたイカのにおいに焦げた醤油のにおいが混じって何とも食欲をそそる。遠くから見たら火事だと勘違いされかねない勢いで煙を上げている屋台もある。いや、物を焼いている屋台が密集してそんな大きな煙になっているのだ。海風が吹いてその煙を流すと風鈴屋からチリリンチリリリンと涼しげな音がしてくる。何人かの小さな子供たちが三人の間を走り抜けようとして、一人の男の子がサクの足にぶつかって転んでしまう。真っ先にアルが手を伸ばしてその子を立たせてやる。
「大丈夫?人がいっぱいいるから走っちゃだめだよ」
「う、うん……ありがとう」
 そう言って男の子は他の子たちのもとへ懲りずに駆けてゆく。
「さぁ、うちらも行きますか」
 三人固まって歩き出す。石造りの大きな銀行の脇でかき氷を売る出店の前を突っ切って、涼しげに辺りをきらめかせる噴水を横切って。地面からの熱気がサンダル越しにも伝わてくる。
 目的地はとりあえず海。毎日のように部屋の窓から見えているけど、いっつも三人まずはそこに行くのだ。
 海の方へ行けばいくほど、潮のにおいがますます強くなる。活きのいい魚やら貝やらをその場で焼いて提供している店も多い。地面に刻み込まれた鮮魚トラックの車輪の後をなぞるようにアルが先頭を突き進んでいく。サクはあたりの出店をきょろきょろと物欲しげに見回して二人に遅れそうになるものだから、ソーマはやれやれとばかりにサクの腕をつかんでアルを追う。
 人ごみを表す擬音はがやがやよりわやわやの方が近い。少年同士の騒ぎ声とか屋台の売り子の売り文句とか男が彼女にささやく何事かとか、それらが互いに干渉し合い重なり合い一つのうねりをもたらしている。それがまるで三人を引き立てるBGMのような気がして心地よかった。
「わっはぁ!海だよ」
 アルが堤の上に一番乗りしてそう叫んだ。毎日毎日見ているのに、よくもここまではしゃげるものだとソーマは思う。サクはアルの脇のあたりで流石に堤には乗らずに海の匂いを嗅いだ。暑いのに爽やかなにおいだった。
 ギラギラと海面に日が反射していて、ソーマは思わず目を細める。アルの目を横から盗み見ると、やはりキラキラと輝いている。まぶしくないのだろうか。
「今日の海はいつにもまして澄んだ青だねー」
「うん。見るたびにきれいになっていくよね、この海は」
 数か月前に近くに大きな箱のような施設ができてから、間違いなくこの海は元の青を取り戻しつつあるように思えた。あの箱がなんなのかは知らされていないが、何か関係があるに違いない。でも三人にとってそんなことはどうでもいいのだ。
「さぁて、今日はどこいこっか?」
 サクが振り向いてそう言った。砂利道の上にストンとアルが飛び降りた。軽く舞った砂がソーマの靴の隙間に入ったのを感じる。
「んん~、展望台から屋台でも見下ろしてみる?」
「あ、それいいねぇ。面白そう」
 またアルが先頭になって、浜辺の脇にそびえるちょっとした小山の方へ歩いていく。途中でガラクタを運ぶ痛んだ車や市場からの鮮魚を都会へ送り出す白いトラックとすれ違う。ここは一方通行だから追い抜く車はない。車輪と地面がこすれてガリガリと鳴く。車というのは妙に生温かい風を引き連れている。サクはそれがあまり好きではなく、車が来るたび目を細め息を抑える。
 この道も何度も通った。地面に刻まれた轍の模様も覚えてしまうくらいに何度も通った。道端から生えている丈の長い雑草の成長日記が書けるくらいに何度も通った。飽きもせずに三人は通いつめる。
 ある程度行くと海岸沿いの道から細い横道が伸びており、三人はそこに進む。緩やかなカーブと勾配を描き、遊歩道は小山の頂へと至る。ざらざらと石で組まれた階段のそこここのくぼみに昨日降った雨でできた水たまりがある。それら一つ一つが太陽を反射している。こんな小さくても太陽をその中に映し出すのだ。アルはわざとその水たまりに足をつっこんでちゃぽちゃぽしている。はねた水が数段低い石段にいるサクとソーマにかかる。
「おい、はねてるって、水!」
「ごめん、ごめーん」
 この口調は絶対悪いと思っていないときのものだ。
 脇の石垣から道まで伸びてきた雑草を掻き分けながら、三人は進む。物の数分もたたずに目的地の頂に着いた。まず真っ先に飛び込んでくるのはやはり海。下から見るのとはまた違う雰囲気がある。ざざぁという波しぶきの描く不規則な文様。深さによって濃さが変わる蒼。見飽きない景色っていうのはこういうのを言うんだろうとソーマは思う。
「うーん、面白い眺めですなぁ」
 サクはそう言って町の方を一望する。屋台がただでさえ狭い街道を覆い尽くすように並んでいるのが見える。三人の住む各々の家もここから望める。
「あぁ、あそこの煙は本当の火事じゃねぇの?」
 指さす先には尋常じゃない煙をもうもうと立ち昇らせる出店があった。付近の人々が右往左往しているのも十分に見て取れる。
「あ~あ、やっちゃったねぇ」
 三人は人ごとのようにそれを眺めていた。この程度の騒ぎなら日常だ。ここからそれを見るのも日常だ。いっつもいつもそうしているんだ。この町もサクとアルとソーマの三人も。
 サクがふと気付いて展望台の時計を見やると、家を出て38分経っていた。
 書き始めたのは真夏だったのですが、筆が進まずこんな時期になってしまいました。情景描写の練習に書いたので物語性は低いです。さらに、時代が不定です。未来っぽい部分もあれば現代の描写、古い時代の描写も入れたつもりです。いつもいつもかれらはこうなのです。どの時代でも……

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