こいふぁん!
「フレア様、どうか魔王を貴女の手で討って頂きたい――」
何とかかんとかという長ったらしい名前の神官が、磨きぬかれた神殿で庶民の子に過ぎない私に懇願する。身分制度がきっちりしてるこの世界、本来なら一般人がここに入ろうものならその場で切り捨てられても文句は言えない。
けれど、一つだけ例外として、王家で封じている魔王が世に出た時、選ばれた少女が先頭に立ち導いていくという伝説――その少女であれば偉い人達に偉そうにしても大丈夫。
……なんて冷静に見られるのは、私ことフレアが、ここは乙女ゲームの世界だと知っているからに他ならない。タイトルは何だったか……とにかく、予言とやらでいきなり拉致されて神殿で協力を強制されるまで、記憶と一字一句違わないなんて偶然もないだろう。
ああ、乙女ゲームの世界なんだなあと確信したら、私に使命感がむくむくと沸き起こった。無言で頷いて討伐に同意する。早く、『彼』 に会いたい。
「ありがとうございますフレア様。それで、これからなのですが……魔王討伐の旅に同行する者を勝手ながら選ばせていただきました。時間が惜しいもので。ではこちらが……」
神官がそう言って奥に控えていたメンバーを呼び寄せる。やはり記憶と違わぬ人達だった。
メインヒーローことシグルド。いかにも王子様な外見で完璧超人。
「初めまして、シグルドです」
彼ルートだと一目惚れだったとある。王道なキャラでファンも多い。
メンバーの頭脳で貴族の子供が通う学校の教師、アスク。ツンデレ。
「アスクと申します。聖女殿。言っておきますが、為にならないと感じたことは遠慮なく言わせてもらうつもりですので」
年上眼鏡属性は強い。ゲームで二番手の人気。
戦闘専門の剣士、グレン。クーデレ。
「貴女が、予言の聖女……? 初めまして、グレンです。よろしくお願いします」
無感情に思えて真顔でドキッとした台詞をはく姿にやられたファンは多い。
サポート兼雑用係のファフニール兄弟の弟、ジス。気弱系わんこ。
「あの、あのっ、ジスといいます。よ、よろしくです……」
パーティーで一番年下だが、実は鍛え上げると最強のステータス。中二心を刺激された人は多いらしい。これで一番人気だから恐れ入る。
その兄、お調子者で、ムードメーカーのセル……。
「はろ~? あれ緊張してる? 何だよもっと元気出していこうぜ。魔王倒すのにそんなんじゃだめだろって。ま、最悪このセル様一人でも何とかしてやるけどな」
セル……。セルはわしが育てる。拳にぎゅっと力をこめ、前世でファンだった彼をじっと見つめ続けた。彼は仕えるべき人間の視線ににっこり笑って応えてくれた。そしてその弟――嫌いなキャラであるジスを軽く一瞥して思いっきり目を逸らしてやった。きょとんとしていたようだが、きっと何か失礼をしてしまったに違いないとまたおどおどびくびくしだした。……最強のくせに。そういうとこが嫌い。
そうだ、ゲームのタイトルを思い出した。『恋はファンタジー~こいふぁん!~』 だった。落ち目だったメーカーが起死回生を狙ってなんと2千円で発売。しかも発売日は冬休みの時期。発売する前から値段の安さが悪い意味で話題になり、飛ぶように売れた。これで内容がちょっと……という物だったら忘れられるだけだったが、色々な意味で乙女ゲームにあるまじきゲームだったことから、発売一ヶ月でプレミアがついた。つまりどういうゲームかって? これから実地で教えよう。
このゲームは攻略したいキャラの好感度をあげて、ラスボスまでに一番高かったメンバーとヒロイン、フレアがゴールインというありがちなものだ。ありがちでないのはその方法だ。
好感度は数少ないイベント戦闘とやはり数少ない選択肢で上がる。皆同じくらいなら逆ハーエンドもあるし、低すぎたらノーマルエンドもあるよ。まあそれはともかく、好感度をあげてラブラブイベントは乙女ゲームの醍醐味ですよね。
でも上がらない。攻略本によるとかなり初期からラブラブイベントが発生させられるとあるのだが、選択肢と戦闘、贈り物攻撃だけではどうやっても到達できない。ならどうするのか。
ここで裏技を一つ。旅に出た直後のイベント戦闘。その前に街をうろついて、お店で売ってる『耐久アップのお守り』 をセル除く四人分購入します。このお守り、防御力が上昇する代わりに魔物に狙われやすくなり回避力も落ちるという産廃装備……と思うでしょう?
「魔物が現われたぞ!」
「フレア様、下がっていてくださいね」
戦闘突入後、お守りつけたレベル1のメンバーが次々攻撃を受けます。ぶっちゃけお守りつけなきゃ普通に避けられる。やがて乙女が悶える台詞をはいて戦闘不能状態になります。「フレア様だけは、守りたかったのに……」 「力不足で、申し訳ない」 「どうかお逃げください」 「そんな、フレア様……」 などなど。
次にそのまま寝かせておきます。
寝かせておきます。
するとあら不思議。残ったセルに大量の経験値と好感度が!
「セル様、超絶パワーアップ☆」
断っておくが、これ以外の方法で初期からのラブラブイベントを見たという者は存在しない。というか売られている装備からいっても公式が狙っているとしか思えない。とはいえ、気を悪くするプレイヤーも多いので、攻略掲示板でこの方法を語る際にはくれぐれもご注意を。それにしても誰が最初に試したかこの方法……死ぬ前にはすっかり廃人達の戦法になってたな……。戦闘画面で常に寝たままの攻略キャラ達には心苦しいけど、でもずっと寝たままでお給料もらえると考えれば……だめ? あとシナリオでは普通に歩いて喋ってるし。色々と心の中で懺悔していると、セルがうきうきしながら寄ってきて話しかけてくる。ああ、ラブラブイベントだ。戦闘終了後に好感度が一定値以上だと自動発生する。
「何かよく分からないけど、自分がかなり強くなった気がするな。フレア、お前のお陰? これ」
「そう、ですね」
「へー、さっすが予言の聖女! よおし、もっともっと頑張って、さっさと魔王倒そうぜ!」
明るくて前向きなセル。思わず私もニコニコしてしまう。と同時に、弟のジスのラブラブイベントを思い出して気分が悪くなる。
『うわっ、何かよく分からないけど、自分が強くなったと感じています。フレア様のお陰なのでしょうか? やっぱり、フレア様は凄いや。本当に、聖女様なんだなあ、中身も、見た目も……あ、ごめんなさい!』
セルと比べると、これぞ乙女ゲームといった台詞。逆に言うと、セルは乙女ゲーム? 普通のRPGで仲間に言う台詞じゃないの? と言った感じに見える。
そう、セルは公式いわく「セルだけは恋愛に取れないようにも見える台詞だけ喋らせた。理由? そういうのも面白いかと思って」 というキャラなのだ。
乙女ゲームのキャラなのにヒロインに恋しない。これいかに。
さらに悪いことに、そんなセルがお調子者というかウザキャラ気味で、パーティーメンバー全員をレベルカンストさせるとセルが最弱で弟のジスが最強というのもあり、ファンの扱いが酷いなんてものじゃなかった。
『態度が偉そうなんだからさぞ実力もあるかと思いきや最弱だった。最悪……』
『素人はセルを選ぶ。通はジスを選ぶ。セルを選ぶのは見た目に騙された愚か者よ』
『こいふぁんの中で一人、いらない子がいまーす!』
あちこちでそう言われてこいふぁんがバカ売れして調子に乗った公式も、ブログだか呟きだかで『狙い通りですね。実は弱そうと見せかけて強いって面白そうだと思ってたんですよ。逆に強そうに見せかけて弱いっていうのも(笑) 面白い話っていうのは常にプレイヤーを裏切り続けないと!』
『さすが公式、見事に裏切られた!』
そんな感想一色だったのが信じられない。自分の創った子にそんな差をつけるやり方、引いたのは私だけ……?
私は、最初にヒロインのフレアになりきってプレイしていたから、緊張しているところを和ませるように明るく振る舞うセルを一番好ましいと思った。それなのに、見た目に騙された愚か者とか言われても。
でもきっとそういうのは一部の人だけだと思っていた。公式も悪乗りしただけだと思っていた。けれど……。
公式が二次創作に寛容だったため、あちこちでこいふぁんの二次が見られた。値段が安くて手に入れやすい環境がそれに拍車をかけた。
が、その二次といったら、何故かどれもこれも当然のように集合絵にセルが省かれていた。そうじゃないのは「セルだけが好き」 と宣言している描き手の絵くらいだ。
バレンタインデーでセルだけ貰えない絵とか、学校の卒業式で一人だけ真っ直ぐ帰宅するセルの絵とか。そんな絵に『受けるw』 『お前らぼっちのことセルさんって言うのやめろよ!』 『仕方ないね。セルさんは攻略できないし』 と付けられるコメント……。
ちなみに、そういう話で一番モテモテだったり友達に囲まれているのは例外なく弟のジスだったりする。有能で謙虚でデレてくれる彼が好かれないはずがないって。ジスが笑っているのを影でギリギリしながら見てるセルとか。
セルはジスの踏み台なの?
思い切ってそういうのやめてほしいとコメントしたら、「ネタに何マジになってんだ」 「ジスのが強くて人気あるからって僻むな不人気信者」 と非難の嵐がきた。
もう引きこもってセルだけが好きな描き手さんだけ見ていようと思ったら、その描き手さんにある日「セルよりジス描けば良いのに。っていうか描きましょうよ~。ブックマークやポイントだって今より増えますよ、不人気なんかを描くよりずっと! せっかく絵が上手いのにもったいないです!」 とコメントがつけられた。数日後、その描き手は退会した。
正直こういう目にあってジスを好きになるわけない。いや、ジス自身は何も悪くない、悪くないんだけど……。
気弱な様子を見ていると「だからファンが強気になるんだよね」 とイライラする。フレアにアピールする様子を見ていると「媚びてくるな鬱陶しい」 と思う。褒められてるの見ると「お前は褒められすぎ」 と理不尽なこと考えてしまう。おかしいなあ。第一印象では「セルは守られたいけどジスは守りたいタイプだなー。二番目くらいに攻略しよう」 と思ってたのにな。うっかりネットで二次創作見た日から、苦手意識が消えない。
消えないどころか、セルが可哀相すぎてジスの前でセルを選んでやりたいとすら思ってしまう。
そうだ、こんなこともあった。
公式がソフト百万本突破のお祝いにキャラのグッズ化すると発表した。そしてブログで真っ先にアップされたのはセル。よかったねセル。公式も何だかんだで我が子を愛してるんだねと思った。
しかし実際に売られたのはジス。攻略キャラで一番最初に。フィギュアが出て、コインケースやらポーチやらが出て、それからやっとメインヒーローのシグルドが出て……結局セルのは出なかった。『プレイヤーを裏切り続けないとね!』 ファンには「またやられた!」 と大受けだった。
そんな裏切りはいらない。心底思った。もうファンやめようかと思っても、私までいなくなったらセルはどうなるんだろうと変な使命感がわいた。ずるずるファン続けてるうちに、事故に巻き込まれて死んで、あのこいふぁんの世界に転生してここにいる。
アニメ? ゲーム? どっちにしても、私がヒロインならセルを、セルだけを可愛がりたい愛したい! ジス、お前なんかよりもずっと!
そんな経緯があったから、私はセルを一人だけ戦闘させて頑張らせている。一人でラスボス大丈夫なのかって? ああ、鍛えれば誰だって一撃で倒せるから。乙女ゲームの戦闘は基本ぬるい。だから、ステータス最強だからって鬼の首を取ったように騒ぎ立てるジスファンは理解できなかった。
雑魚敵で経験値を荒稼ぎしたあと、私は贈り物をしてさらに好感度を上げる。好感度MAXトゥルーエンドだと、子供のいない王族の養女になったヒロインの婿になるから。つまり次の王様だよ、それならもう誰にも見下されないんだよセル! 絶対私がセルを王様にするからね! ジスじゃなくてセルを!
「セル、これを受け取ってください!」
こいふぁんでは戦闘と選択肢、贈り物で好感度が上げられる。ちなみに贈り物は三種類。
魔物の牙:攻撃力上昇 精霊の欠片:防御力上昇 現金:所持金マイナス
一つおかしい? それを言うならお年玉文化だっておかしい。そういえばこれも贈られた時の返事がセルとジス以外使い回し(例:シグルド「こんな素敵なもの、ありがとうございます!」)なのにこの二人だけ専用台詞があってそれが対照的だったりするのがまた……。目の前のセルは
「これでもっと強くなれるな。資本主義って嫌いじゃないぜ」
と茶化すような反応だが、ジスは
「こ、これってまさかお小遣い……? 僕は子供じゃありません!」
意地汚い兄に純粋な弟って感じですよねー公式さん……。普通に可愛い反応なだけに、兄が酷く思えてますますジスが嫌いになったイベントだ。
この贈り物、最初は金で釣るなんて! と思っていても「ほらよ、プレゼント」 とクリックできるようになればこいふぁんの中堅プレイヤーである。
◇
旅の中盤までいくと、大きなイベントがある。フレアの親友兼サポートキャラの登場。……の前に、二次ではびこるセルぼっちの元凶イベントがあった。
「まあまあ討伐隊の皆さん。どうぞゆっくりしていってね。これ、地元の銘菓なのよ」
街の入り口で街の名前を言うようなおばさんが歓迎ついでにお菓子をくれるのだが、それが一人分足りない。
「一番強いやつが遠慮するのが自然かな」
と教師アスクが言うと、こういうのに黙ってられないセルが「それ、俺ー!」 と叫ぶ。
「じゃあ、お前のぶん無しな」
とセルだけ食べられないという、正直笑うに笑えないイベント。これ、ヒロインのフレアもいいのかしら、とか言いながら食べてて嫌いだった。でも今は私がヒロインなんだよね。
「セル、どうか私のぶんを」
「え? いやいや、女性のぶんを取るなんて出来ないよ」
「お願い、食べて。貴方が食べるところを見るのが、私の幸せなの」
「フレア……それじゃあ」
セルがぼっちな目に合うくらいなら私が食べないほうがいい。というか甘いもの苦手だし。受け取ろうとするセルによっしゃあ未来回避と思っていたら、思わぬところから邪魔がはいった。
「なら、僕のを食べてください兄上。その方が妥当でしょう。……いくら薦められたからって、女性でしかも仕えている方のお菓子を貰うなんて意地汚いですよ、兄上」
ジス。……ジスの言う事はもっともかもしれない。しれないが、そんなこと言うくらいだったら最初から譲っておけば良いのに。とある事情で好感度二番目にしてるけど、だからって邪魔するな! そんなイライラを隠しながらジスをやんわり説得する。
「戦ってるのは皆さんだから。皆さんが食べるのがいいと思ったのだけど……私の考え、おかしい?」
おかしいのはフレア、と誘導すればあっさり引っかかるジス。
「あ、いえ。ただこれは兄のマナーの問題で。すみません。フレア様を悪く言ったつもりはありませんでした。本当にごめんなさい……」
途端に大人しくなるジス。……本当に乙女ゲームのキャラだなあ。こんなヒロインでも好きになっちゃうんだから。好意を露にするジスは可愛くて、惚れないセルはうざいだけっていうけど、簡単に惚れるジスこそうざいし、好きでなくても明るく接するセルのが可愛いと思う。
我ながら酷い八つ当たり……とは思うけど、私一人嫌ったところで現実ではあれだけ持て囃されてるんだからどうってことないでしょ。
お菓子は無事、セルに渡された。ジスはそれを苦々しげに見ていた。ふと、あの二次創作を思い出す。立場が逆だね。惨めだったのは兄のほうだったのにね。と少し胸がすく思いがした。
◇
乙女ゲームとはいえ、出てくる人間全員男だったら誰もがやりすぎだと言う。だから一応女キャラも一人このゲームにはいる。マタル、といって、結構な美人さんなのだが……。
公式の「この子はヒロインのライバルになりません! なりませんよ!」 アピールが凄い。
まずマタルは娼館から逃げ出してきたところをフレアに助けられる。その際される説明が酷い。
まず父から性的虐待され、父が死んだら叔父に。でも病気になったら移すんじゃねえと言われてはした金で売られる。何とか隙を見て逃げ出してきました。助けて。だそうだ。
そんなマタルを見た攻略キャラも凄い。
「先を急ぎましょう」
「そうだな……。気の毒だが、こういうのを一人助けたら我も我もといった事態になるからな」
一瞬ぽかーんとした後泣き出すマタル。そうだよね……。いくらフラグになるとやばいからってここまで言わせるのもどうかと私も思う。結局はゲームと同じでバレなきゃいいでしょ! と適当に侍女として雇って解決。助けられたマタルは「フレア様は命の恩人。でもあの男達は死ぬほど嫌いです」 と言ってやまない。マタルエンドでも魔王を倒したあと、マタルは「もっとフレア様を守りたい! あの男どもより!」 と髪を切って男装してどう見ても男キャラエンドにしか見えない絵で〆てくれる。
「こいふぁんはマタルだけ好き。あとは嫌い」 なんて意見も聞くけど、ちょっぴり同意……。でも乙女ゲームの女キャラの扱いが難しいものだってことは予想つきます。
「フレア様、マタル、絶対フレア様のお役に立ってみせます」
いやいや、苦労してきた貴方だから、これからはゆっくりしてください。あとどうせセルルートだし。
◇
旅の終盤、ラスボス直前にこれぞ乙女ゲーといったイベントが発生する。
「俺とあいつ、どっちを選ぶんだ」 イベントである。ぶっちゃけ強制的に発生する。
好感度二番目のキャラが「自分を選んでくれないか、これが最後の願いだ」 とヒロインに懇願。ただの「AにもBにも愛されて困っちゃう私は一人しかいないのよ」 イベントではない。本当にここで頼んできた二番手を選ばないといけないエンディングがあるから困り者である。途中までトップだったのに寝取られた方? お察しください。
とりあえず今の私の場合はジスが来るわけだが……。
「分かっています。兄上を見ていたことは……。でも、でも、僕だって、フレア様をお慕いしております。兄に負けません。それに、それに僕の方が、セルより強いのに! あっ……」
ジスファンいわく、「ここで男の顔を見せたジスが可愛すぎ。セルいつもごめんねー。セルルートに辿り着けない」 とのことだった。けど私にはどうしても可愛いと思えないんだなあ。
「……その言い草、内心セルのこと見下してたの?」
「え、ちがっ」
「最低」
ゲームヒロインは「そんなどうしよう」 と迷うだけだったけど、私はきっぱり言ってやった。あんたがそんな風だから、ファンまで横暴になるんじゃない。そう思いながら、柱の裏で聞いているであろうセルのところに向かう。
「セル。私、セルだけだよ」
「……」
セルはどこか怯えているように見えた。やっぱり、ゲーム内でも知らないところで弟と比べられていたのかな。私のことも、いつか弟を選ぶのかと思っていたのかもしれない。
「セル」
「俺で、いいのかな?」
「もちろん」
「……ありがとう」
セルルート確定! したが、あれ? と思う。確かここで選ばれた一番手も二番目に嫉妬していたような描写があったはずだけど……。セルなら「弟のほうを選ぶのが当然と思っていた。あいつ優秀だろ?」 だったような。
まあ、ゲームに近いけど、ゲームじゃないからなあ。こんなこともあるのかも。
◇
こいふぁんのラスボスは攻略対象ではない。そもそもラスボスの魔王はほぼスライムで、自分の封印を解いた男の容姿を借りて現われる。実態が無いのだ。そしてその解いた男は、お察しのように攻略対象でしたというオチ。
「一番感謝している人間の容姿を真似たのは、そんなにおかしいか?」
「やめろ! やめてくれ!」
「そうか。気に病んでいたのだな。セル。だから必要以上に明るく振る舞って、疑われないようにしていたんだよな」
「う、うわああああ!」
これが他のキャラなら「だから完璧超人目指してたんだな」 「だから尊敬される職業である教師になったんだな」 「だから倒せるように剣士になったのにな」 「だからいつもびくびくしてたんだよな」 と変化する。ちなみにマタル、ノーマル、逆ハーエンドだとヒロインの容姿になる。差し向けていた魔物が封印の鍵だったということに。うーんプレイヤーキャラの容姿は確かに落とせない……。と一人納得しながら、私はセルを励ます。今はラスボス戦直前だ。
「セル、しっかり!」
「俺は、俺はとんでもないことを……」
「してしまったことは消えない。けど、償うことは出来る。もう封印だけで終わらせない、一緒に倒しましょう」
感動的なBGMを背景に、魔王を一撃で沈める。ぬるゲーだと言ったはず。
◇
その後、事件の犯人ということでひと悶着あったけれど、むしろ魔王が蘇らなくなったのは素晴らしいと王の養女になったヒロインの婚約者に。現実ではぼっちとバカにされていたセルが、城の人達から敬礼され街に出れば女の子にキャーキャー言われる身分になった。
このセルはわしが育てた。そんな気分になってもいいじゃない。自室の窓辺で機嫌よく鼻歌を歌っていると、遠くにジスの姿が見えた。あの討伐隊のメンバーは全員、魔王を倒したセルの仲間達ということでそれなりの役職についている。寝てただけなのに。
ふと、エンディング前になって余裕が出たのか、ジスのことを思う。
……ジスって、そんな悪くないよね。ファンが酷かったからって、私当て付けのように色々やったけど、少し可哀相だったかも……。ファンがやったことであって、ジスがやったことじゃないのに。あれ、私ってもしかして逆恨みしてた?
セルはもう万全の地位だし、ジスに謝ってもいいかなと思っていると、後ろから声をかけられる。
「誰の事を見ているの?」
「うひゃっ!」
セルだった。びっくりした……けど婚約者の部屋に来るのは別に不思議でもなんでもない。
「セル? どうしたの?」
「……なあ、俺のこと好きか?」
さらにびっくり。まさかセルから恋愛めいた言葉が出ようとは。私がゲームヒロインじゃないからかな? でも答えなんて決まりきってると思うけど。
「好きよ。当然でしょ」
セルは――瞬時に冷たい顔になった。
「嘘つき。お前は俺を通して誰を見ていた? 俺の目には、誰かを憎悪するあまり俺を使って憂さを晴らしていたようにしか見えなかった。俺はただのついでじゃないのか? 俺はおまけじゃないのか? その執着相手こそ、お前の本命じゃないのか? お前の行動原理が憎悪なら、俺は絶対に本命ではない」
頭の半分で理解できなくて、もう半分で理解した。確かに、私ジスが嫌いで、扱い悪いセルを助ける行為に酔っていたといえば、確かに……?
「同情で愛されるって惨めだよな。でもそれ以上に、その愛に縋るしかないと知っている人間は惨めだ。誰かを……きになるのがこんなにつらいなんて……知りたくなかった。知らないほうが多分幸せだった……でも今は。お前が俺を優先するから」
次の瞬間、薬をかがされて、私の意識は闇に落ちた。その時間は長くて、その間にジスが反乱の疑惑だかスパイだとかで処刑された。
◇
「言い残すことはあるか?」
弟が処刑台に上がる前に、セルは声をかけた。ジスは冷たい目でセルを見た後、吐き捨てるように呟いた。
「虎の意を狩る狐」
もちろん、虎とはフレアのことだ。あの仲間内では、ジスが一番弱いのは周知だったというのに。どういうわけか聖女の寵愛を一身に受けてここまで成り上がった。こんな――実の弟を紙一枚で処刑するような地位にまで。セルは怒りをあらわにするが、それでも言わずにはいられない。
「目を覚ましてください! 王になる人間が無実の人間を処刑? そんな調子で治世がもつものか!」
正論を言ったつもりだが、言われたセルは薄く笑ってこう言った。
「なあジス、お前、悲劇のヒーローって感じだよな。自分の身を省みず、そんな懇願を」
「兄上、目を覚ましてくれたのですか?」
その質問にセルは答えず、逆に質問をしてくる。ジスには意図が分からないが、死ぬ前にわざわざ嘘を言うのは憚られた。
「ジス、一つだけ聞かせてくれ。フレア、好きか?」
「世界を魔王から救った聖女。好きにならないほうがおかしい」
好きだった。冷たくされても、本能のように愛してしまう。恐らく他の仲間もそうだろうと思う。神がいるなら、それでもこの気持ちを知った今は恨むまい。しかし、セルの目はどこまでも、暗く澱んでいた。
「分かった。ああ、さっきの話の続き。……悲劇のヒーローは死んで完成されるもんだ。あいつに気がなきゃ長生き出来たのにな」
「兄上!」
「俺はもう、あいつ無しでは生きていけない。死んでくれよ、俺の心の平安のために」
セルは最後の情があったのか、死ぬ瞬間の直視を避けて、建物の外へと消えた。
◇
ジスが死んだのを皮切りに、あの時の仲間は全員監禁状態に置かれた。何をどうやったのか、家族が、身内が人質に取られていた。
シグルドは独房に閉じ込められ、数日に一度やってくる男を待つだけが外との繋がりだった。セルが訪れた時、真っ先に家族のことを聞いた。
「妹は、無事なんだな?」
「ああ、お嬢様学校で元気にしているよ。なんせ兄が世界を救ったメンバーの一人だからな。危険なこともあるから護衛もつけてる」
「俺が何かすれば、いつでも殺すということか」
「さあな」
◇
アスクは忙殺されていた。来る日も来る日も一室に軟禁され書類整理。しかし文句も言えない。セルが新たな書類を持ってやってくると、彼は必ず両親のことを尋ねた。
「父と母は……」
「施設でゆっくりしてるよ。老夫婦の二人暮らしは何かと大変だろう? よかったな俺が優しくて」
「よくもぬけぬけと……お前なんかフレアがいなければ」
「口の聞き方には気をつけろよ。それとも……お前の仕事は手があればいいからな、縫ってやってもいいんだぜ?」
◇
グレンはぼんやりと兵士の鍛錬に励んでいた。セルは彼だけは孤児で身内がいないものだから、脅迫手段にやむなくフレアを使わざるをえなかった。グレンは視察に訪れたセルを見かけると一礼し、フレアの安否を尋ねる。
「無事、なのか?」
「どいつもこいつも人の婚約者に未練がましいな。……お前が何もしなければ、無事だよ。くれぐれも、妙な考えを起こすなよ」
ピリピリした空気の中、そこへ一人の少女が現われる。マタルだ。
「セル様、次の政務のお時間です」
「ああ……行ってくる」
マタルはセルが去るのを見届けたあと、小声でグレンに話しかける。グレンもまた、周りの様子に気を遣いながらマタルに質問する。
「どうだった?」
「駄目だった。やっぱり近付けさせてもらえないわ。フレア様、一体どうしているのか……」
「そうか……」
「でも、頑張ってもう少し探ってみるから。それまで耐えて」
「ああ。くそっ、いつでも兵士使って反乱起こしてやってもいいんだが……」
「気をつけて、誰が聞いているか分からないんだから。それじゃあ、行くね」
――そう言ってグレンの傍を離れたあと、マタルは何食わぬ顔で離れた廊下にいたセルの横に並び歩き始める。
「どうだった」
「やばいわね。いつ爆発するか分かんないって感じ。今は私が抑えてるけどさー」
「処刑するにも、あいつは仲間が多すぎる。剣士として育ってきた男。孤児だから失う物も無い」
「じゃあ離間工作でもすれば? 一旦人々の心が離れたら、あいつ庇うような人いないわけだし。物は考えようよ」
「ああ……しかし、お前もよく協力する気になったな。聖女の侍女を名乗ってあいつらの家族を集めるの、お前無しでは出来なかった」
セルのその言葉に、マタルはふふ、と笑って答える。
「女の子はね、強い人に守られるのが一番安全なの。私はフレア様に助けられて、つくづくそう実感したわ。あんたらが助けてくれなくても、一番偉いフレア様の一言で私はここに居るんだしね。今はあんたが一番強いでしょ? それだけよ。フレア様が誰も選ばないなら、自分で守る選択肢もあったけどね」
「なるほど。合理的だな」
「そうでしょ。私はフレア様のためなら何だってするわ。そのために産まれた気すらするの」
ニコニコとどこか底冷えする笑顔で言うマタルに少しだけ恐怖を感じる。俺ほど狂った人間はいないだろうと自嘲していたが、案外上には上がいるのかもしれない。上手い返しが思いつかずに黙っていると「そういえば」 とマタルから質問される。
「あんた、フレア様に執着してるし監禁してる割にあんまり会いに行ったりしないのね。好きなんじゃないの? まあ、私はフレア様が保障された生活してるなら別にいいんだけど。鳥籠が快適ならそこにいるのが一番だもの」
その質問に対する答えはすぐ思いついた。しかし言葉にするには少しだけ重い。弟を――ジスを殺していなければ語れないことだった。
「もちろん好きだ。好きだが……」
「?」
「どんなに努力しても、俺は所詮ジスの兄なんだ。いつか弟を見る目で俺を見るのでは、と思うと、な」
コンプレックスを拗らせてるなーとマタルは一人呆れた。こいつ、いっそ恋なんてしないほうが人間らしく居られたのかも。まあ、今さら言っても仕方ないことだけど。湿っぽい雰囲気から逃れるように、フレアの世話をしに部屋を出る。
「……さて、それじゃあご飯運びに行ってくるわね。ばいばーい」
◇
ゲームでは攻略相手が王になって、その横にヒロインが並んでいるところで終わっていた。多分このまま妃になるんだろうなって匂わせて……。監禁なんかされていなかった。一体、どこで狂ったんだろう? この先はどうなるんだろう?
遠くから足音が聞こえる。セル? それともマタルかな。
どっちでもいいから、私の話を聞いてくれないかな。私はこういう結末を望んでいたわけじゃなかったのに。
それとも、これは恨みや憎しみから何かしても上手くいかないって教訓なのかな……。
今はただ、無心に慕ってくれたジスを選んでいれば、そのほうがこの世界は幸せだったのかもしれない。下手に彼を糾弾なんかしないで、コンプレックスを煽らなければセルも壊れたりしなかったのかもしれないとか、そんなもう意味の無いことばかり考えている。