S4 初心者講習 実戦編
コーザにお茶を振舞われ、一服した一同はクリケットに外へと連れ出された。
「戦いの前に女神様にお祈りするデシ」
「お祈り?」
クリケットに連れられ、ギルド前の緩やかな傾斜を降りると、村の中央にある色鮮やかな花畑へと誘導されてゆく。花畑の中央には美しい女神の彫刻が、クリケットはその前でぴょこんと後ろを振り返った。
「PBを出すデシ」
クリケットの言葉に一同はパーソナルブックをそれぞれ取り出した。一同がパーソナルブックを取り出すのを確認するとクリケットはニコッと微笑み、そして女神像に向かって一礼した。それに習い、三人も女神像に向かって礼をする。
「挨拶が済んだらそれじゃ、HomePoint Onて言うデシ」
クリケットの新たなキーワードに皆は口々にその言葉を放った。
「HomePoint On」
その言葉に、三人のパーソナルブックが一瞬の光に包まれた。文字通り、それは一瞬だった。瞬く間に消えたその光に当惑するエルツ達。
「これでHPの設定が済んだデシ。もし、これでモンスターにやられてもここへ戻ってこれるデシ」
「MQでいうホームクリスタルみたいなものか」
スウィフトのその言葉で、少なくともエルツと彼はその概念を共通認識として持っていた。ただ一人認識に欠ける可能性のあるリンスにスウィフトはすかさずフォローを入れる。
「要はセーブポイントなんだよココ」
その言葉にリンスは納得したように頷いた。
ホームポイントの設定が終わると、いよいよ一同が向かう先は狩場へ。
「それじゃ、行くデシ!」
一向は再びギルドへ向かって踵を返す。ギルド前を通り抜け、そのまま裏手にある小道を上っていく。枝垂れた低木の鮮やかな緑の葉々が、道を覆い、さながらそこは緑の穴道のようであった。
「綺麗」
思わず呟いたリンスに、クリケットは鼻を高くして一同を導いてゆく。
「どうでもいいですけど、何で僕までつれて来られてるんですか。またこれじゃギルド誰もいないでしょうが」
不安気なコーザにクリケットは平然と答えた。
「ギルドはルーベンスの阿呆に任せるデシ」
「出掛けてる奴当てにしてどうすんですか。全くいい加減なんだから」
「つべこべ言うと今度はその玉袋ぶち破るデシ」
「可愛い顔してどんだけ下品で過激なんだあんたは」
そんな二人の掛け合い漫才に一同は浸りながら、目的の場所へと向かった。
緑の坂道を抜けた先はそこには美しい光景が広がっていた。背高の広葉樹から漏れる木漏れ日が、まるで光のカーテンのように揺らめき、柔らかな草地を照らし上げていた。
「綺麗でしょう。何気に人気の高いスポットなんですよここ」
コーザがいう事には一同納得だった。それは一度見たら忘れられない神秘的な光景であった。
その草地でぴょこぴょこと跳ねる見慣れない生物。丸いモコモコとしたその桃色の生物は、一同の存在に気づくと、クルっと身体を丸め、今度はコロコロとその場で転がり始めた。
「なんですあれ」
「<ラヴィ>デシ。こいつが練習相手デシ」
その言葉にエルツは腰元の銅のナイフに手を掛けた。エルツはナイフを引き抜こうとして、思わず躊躇った。このモンスターと戦うにあたって心の葛藤がその行動の邪魔をする。
「クリケット」
「何デシか?」
三人の気持ちは一緒だった。三人はある一つの結論に到達する。
「無理だ……このモンスター倒せない」
エルツの言葉にスウィフトとリンスが無言で頷く。クリケットが首を傾げて前のめりになったその時、三人は口を揃えて言った。
「……可愛い過ぎる」
その言葉にクリケットが一人大きくずっこけた。
そんな様子をコーザは予想していたかのように眼鏡を中指で押し上げながら言った。
「言わんこっちゃない。まともな神経でラヴィ狩れませんて。こんな可愛い生物平然と狩れるのは極悪非道なあんたくらいのもんですよ」
コーザの言葉を地面にうつ伏せながら聴いていたクリケットがムクっと立ち上がる。
「確かに、そうデシね。ラヴィが可哀想デシ。分かったデシ。代わりを用意するデシ」
「代わり?」
エルツ一同は手にしていた銅のナイフを下げて聞き返した。
「代わりって、ここに代わりになるようなモンスターは居やしませんよ」
疑問符を頭に浮かべたコーザ。そんな彼にクリケットは一言こう突きつけた。
「コーザお前が戦うデシ」
一瞬の沈黙。
「は?」
満面に混乱を見せたコーザは精一杯の抗議へと移る。
「馬鹿も休み休み言って下さい。何で僕が戦わなくちゃならないんですか。大体僕らNPCは戦闘用に作られてないんですから、って何であんたら構えてるの!?」
「いや、つい……」とスウィフト。
その様子にコーザの表情が変わる。
「なるほど、あんたら可愛いラヴィは狩れなくとも僕は狩れるってわけですか」
「いや、本当にそういうつもりじゃ」
スウィフトの弁解も聞かずに燃え上がるコーザ。
「いいでしょう。受けましょうこの勝負」
もはや、成り行きに身を任せるしかない。そう悟ったエルツ一同。それに実際問題、ラヴィよりはコーザの方が手を出しやすいのは確かな事実だった。
「CHANGE WEAPON 銅の槍」
コーザの掛け声と共に空中から現れる銅の槍。
「手加減はできませんよ。何分久しぶりに武器持つもんで」
「それじゃ、審判は我輩が務めるデシ」
クリケットが両者の間に割って入る。
「両者構えるデシ」
クリケットの言葉に槍を腰元に水平に構えるコーザ。突然やってきた実戦のチャンスにエルツ一同も銅の短剣を構える。
クリケットの振り上げられた小さな腕が今ゆっくりと振り下ろされる。
「始めデシ!」
クリケットの言葉に互いにすぐには動かなかった。お互いの出方を窺がってか暫くの均衡状態が続く。その様子をクリケットは欠伸交じりに眺めていた。
「どうしたんですか。来ないならこっちから行きますよ」
コーザはそう言うと、ゆっくりと三人との間合いを詰め始めた。エルツ達にとってコーザの戦闘力は未知数。逆にコーザにとっては三人が揃ってLv1なのは知れている。
ゆっくりと間合いを詰めていたコーザの目が光る。
水平に構えられていた槍がコーザを中心に鋭い弧を描く。その軌跡を目で追い終わった時には、三人は同時に草地に倒れていた。
「……何が起きたんだ」
あっという間の一閃に為す術も無く倒れた三人。エルツは咄嗟に攻撃された患部を確認するが、傷らしいものは見えなかった。代わりに三人は倒れている自らの身体から溢れる光が漏れている事に気づいた。
「なんだこの光……」
「それが君達の命の光ですよ。生命エネルギー、LEなんてこの世界では呼ばれてますけどね。この世界では受けた攻撃によって怪我をする事は基本的に無いんですよ。代わりにそのLEが光の粒子となって漏れ減って行く。ステータス画面で確認すれば、今君達のHPが減っている事が分かるはずですけど」
そう言ってにじり寄るコーザ。
「尤もPB開く余裕なんて今は与えませんがね」
コーザの目は本気だった。彼は今本気でエルツ一同を殺る気で戦闘に臨んでいる。
生半可な気持ちで臨んではこの勝負、勝てない。エルツはその時覚悟を決めつつあった。
「スウィフト、リンス。コーザを囲むように散開しよう。固まってるのはさっきの二の舞になる」
「ああ、分かった!」
エルツの言葉に、素早く二人が駆け始めコーザを囲むように三人が三角形を結ぶ。これでコーザは一人ずつしか相手にする事しか出来ない。加えて必ず一人は相手の死角を突く事になる。
「驚いた。それ三角陣っていうこの世界ではれっきとした陣形なんですよ」
コーザは三人を交互に見渡すように視線を投げていた。
「皆、一斉に攻撃を仕掛けよう」
「了解!」
エルツの言葉に三人が同時に中心のコーザ目掛けて、刺しに掛かる。
「ですが、甘かったですね。こんな技もあるんですよ」
「え?」
コーザの動きに咄嗟に三人の身体が固まった直後、同時に三人は大きく後方に向かって弾き飛ばされていた。
「ぐぁ!」
エルツは後方の樹木に身体ごと叩きつけられ、その場に崩れていた。あの一瞬で何が起きたのか。
そう、コーザはあの時、槍を頭上で大きく回転させた。飛び掛った三人はその槍の遠心力で弾き飛ばされたのだ。だが、ただ回転させるだけの動きにこれ程の威力が込められるとは到底思えない。これは一体どういう事なのか。
「風車って技なんですよコレ。結構効いたでしょ?」
コーザの言葉によろよろと身体を起こすエルツ。この世界では怪我はしないというが、痛覚に勝るとも劣らない強烈な衝撃が全身に走った。
「今のあなた達にとっては今のは致命的ってとこですかね」
――つ、強い――
エルツの脳裏を敗北の二文字が横切る。
状況的には、圧倒的な力の差を感じずには居られなかった。加えて。何より戦闘経験に差が有り過ぎる。まだナイフを握りたての赤ん坊のエルツ達にとって明らかにこの戦いは無謀だった。
「なんか弱い者イジメみたいで気が引けますわ」
スウィフトとリンスはエルツから離れた茂みで二人ともゆっくりと身体を起こしていた。だが、圧倒的な力の差を前に二人ともどうする事も出来ず立ち尽くす。
「見たとこ、皆さん瀕死ってとこですかね。クリケット止めないんですか?止めないなら遠慮なく止め刺しますけど」
クリケットはただ黙ってその光景を見つめていた。圧倒的な力の差を前に、立ち向かう一人の影を。
「この力の差を前に、向ってくる勇気は賞賛しますよ。ですが時にその勇気はこの世界では無謀という言葉にすり変わる。勝てない敵に向うのは愚かと言わざるを得ませんね」
コーザの言葉にエルツは今ゆっくりとその間合いを詰めていく。
「聞く耳持ちませんか。それじゃ遠慮無く……」
再び槍を構えるコーザ。それでも大胆に間合いを詰めていくエルツ。
そして、エルツは一気に駆け出した。それを見て飛び込んでくるエルツの動きを予測して、槍を一閃するコーザ。槍は確実にエルツの姿を捉えるはずだった。しかし、居るはずのエルツの姿はそこに無い。振りきって無防備なコーザに対して、エルツは正面から真っ直ぐに切りかかった。肩元を抉られたコーザの身体から、真白な光が零れ舞い上がる。
「フェイントとは考えましたね。でも二度は通用しませんよ」
再び一度距離を取ったエルツが、コーザ目掛けて大胆に走り込む。
コーザは今度は確実にエルツの身体が間合いに入った事を確認し、槍を横薙ぎに振る。しかし、槍はまたしても空を切った。
再び、エルツのナイフがコーザの今度は胸元近くに突き刺さる。すると先程より多くの光の粒子が空中に舞い上がった。
「まさか、エルツさんあんた」
コーザは必死に考えていた。何故槍が当たらないのか。普通ならばそれは考えられない事だった。一度目は間合いギリギリのラインで走りこんだ動きを止めて、槍を空振りさせ、二度目は一度間合いに入ってからバックステップでまたしても間合い外ぎりぎりのところで攻撃を流した。これが何を示すのか。そう、つまりエルツはこの短い攻防の中で、槍の間合いを完全に見切っている!?
またしても走りこんできたエルツに対して槍を大振りするコーザ。そしてエルツは間合いギリギリでそれをかわすと、身体を低くコーザの胸元へ滑り込ませた。
「そんな馬鹿な……しかも」
コーザの左胸に突き刺さる銅のナイフ。コーザの左胸からは今大量のライフエナジーが溢れ、空気の中に拡散して消えてゆく。
「有り得ない……クリティカルヒットだって……?」
「胸元に近づくにつれて、溢れ出るライフエナジーの量が多くなったからね。試しにやってみたんだ」
「試しにって、そんな……実戦で?……有り得な」
膝をつきその場に崩れるコーザ。
「そこまでデシ!」
クリケットの声が鳴り響く。
それが勝負の終わりを告げる合図となった。
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