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■双華の月 氷刻 7■
Real Time 4/22 6:49
 S19 Log Out<ログアウト>
 双華の月 氷刻 7。その日の夕方も、狩りを終えた一同はコミュニティルームに集まり談笑を楽しんでいた。ビリヤード台で9(ナイン)ボールを楽しむエルツとケヴィン。ゲームは5セットマッチ。ケヴィンと白熱した試合展開は2勝2敗の局面に差し掛かっていた。

「あと1セットとった方が勝ちだ。負けたらわかってるなエルツ」

 ケヴィンの言葉に頷くエルツ。敗者は勝者に100ELKを払う。それは試合前に決めた厳然たるルールだった。俗に言う賭け試合である。
 最終試合のブレイクはその前のセットを取ったエルツからだった。正直、ケヴィンから2セット取れたのはエルツにとって運以外の何モノでもなかった。「フォローショット(押し玉)」と「ドロウショット(引き玉)」の基本を固め、きちんと的球を落とした後に、かつその次の的球に対して手玉を有効な位置に運ぶケヴィンに対し、エルツが持つその感覚はただ的球を落とす事だけを考えた実に単純なものだった。そして、素人が時折放つ力任せのショットが生む奇跡の9番落とし、エルツの勝因はまさにそれだった。勿論、エルツも「押し」と「引き」の基本的な理論は理解している。だが、その知識を実践で活かすには圧倒的な練習量を要する。毎日、このコミュニティルームでキューを振ってきたケヴィンとの実力差は明らかだった。
 ブレイクショットのライン中央にボールを置き、躊躇うエルツ。そんなエルツを見ながらケヴィンは不敵な笑みを浮かべる。
 それもそのはず、エルツはここまでのブレイクを二回とも外していた。この最後の試合でブレイクショットを外すのは痛い。ケヴィンの腕前なら配置によっては、途中セーフティ(手玉と的球を対戦相手が打ち難い配置になるように玉を運ぶ事)を仕掛けられ、最後まで主導権を握られて終わる可能性もある。
 そんな躊躇うエルツの様子をソファーから見ていたドナテロがふと声を掛ける。

「エルツ、お助けショット使うか?一回だけ撃ってやるよ」

 その言葉に、ケヴィンが声を上げる。

「ちょっと待って下さいよ。賭け勝負にそれはないっすよ」
「ブレイクの初めの一発だけさ。この力量差ならこのくらいのハンデやっていいんじゃないか?」

 ドナテロの言葉にケヴィンは「まぁ、ブレイクだけなら」と言って渋々了承する。
 ドナテロは壁に立てかけてあった艶のある白と黒のストライプのキューを手に取ると、手玉をブレイクラインの左側に大きく寄せた。

「ドナテロさん、まさかその配置……」

 ケヴィンがそう声を上げた時には、大きく引かれたドナテロの腕から強烈なブレイクショットが放たれていた。玉と玉が打ち合う軽快な音と共に、数個の玉がその勢いを余らせたまま各ポケットに吸い込まれるように落ちる。
 そして、静まり返るラシャの上では今ゆっくりと9番ボールが右上コーナーのポケットを目指して転がり這っていた。

「まさか……」

 息を呑む一同の目の前で、ポケットの玉が落ちる音が静かに響く。
 その静寂を打ち破るように、初めに声を上げたのはケヴィンだった。

「ちょっと、何エース出してるんすか!」
「エース?」とエルツ。

「ブレイクエースって言って、ブレイクショットで勝ち球落とす事を、俺らは俗に『エース』って呼ぶんだ」

 ドナテロはキューを肩に掛けながらケヴィンに視線を振る。

「一球は一球だろ。エルツ今度飯奢れよ」

 ドナテロの言葉に、エルツは自分が勝利した事に気づく。

「マジ、有り得ない。エルツ今の無し、無しだろ!?」
「往生際悪いぞ、ケヴィン」とスニーピィ。

 そんな光景を楽しむ一同。
 いつもなら、夜遅くまで談笑をかわし、また次の日がやってくる。
 だが今夜は一同の動きに変化があった。

「さてと、そろそろ準備するか」

 そう言って立ち上がるスニーピィ。

「もう、そんな時間か。明日からオフか。タルイな」

 ドナテロがそれに続く。

 一同が立ち上がった理由、そうそれは現実への帰還ログアウトだった。
 あと数時間もすればこちらの世界の日付は『8』の日に変わる。
 それはつまり、現実での午前7時を示す。
 立ち上がる数人のコミュニティメンバー、それは彼等が現実で生きている事を示す証。

「そっか、もうそんな時間か」

 スウィフトはパーソナルブックで現実時間を確認しながらそう呟いた。

「うがぁぁ、小学校めんどいよ〜!あ、でも体育があるんだ明日」
「いいな」

 そんな事を呟くウィルにチョッパーは羨ましそうにそう言った。

「じゃ、次合うのはリアルで10時間後くらいか。こっちの時間に換算すると10日になるけど、残る人居るの?」

 スニーピィのその言葉に、皆が顔を見合わせる。

「僕残ります」

 そう声を上げたのはエルツだった。その言葉に周囲から笑いが漏れる。

「あんまり、根詰めすぎるなよ。時間はたっぷりあるんだからさ」とスニーピィ。
「現実に生きる事も忘れずにってさ」

 そう言って微笑するドナテロ。

「それじゃまた十日後会おうぜ。そうそう、残り組っていうかエルツか。もしパーティ組みたくなったら、ギルド行ってみな。そこで100G払えばシティBBSっての申し込めるから。まあ詳しい事は後は行きゃわかる。それじゃな」

 そう言って、ドナテロはコミュニティルームから去って行った。

「それじゃ皆またー!」

 それに続いて部屋を立ち去るスニーピィとケヴィン。さらに小学生3人組(ウィル・シュラク、チョッパー)が続く。その後を慌てて追いかけるユミル。
 リーベルトとフランクの二人は既に昨日ログアウトしたようだった。

「それじゃ僕も行くよ」とスウィフト。
「そっか、皆ログアウトしちゃうのか。寂しいな」

 エルツはスウィフトとリンスに名残り惜しそうに視線を振る。

「また、十日後に会おう。なんかその時はLv離されてそうで怖いな」

 そう冗談めいて笑うスウィフト。

「じゃ、宿まで皆一緒に行こうか」

 そうして、コミュニティルームを後にする三人。
 宿までの道程を歩きながら、エルツは少し肩を落としていた。

――明日には僕一人だけか――

 理想の世界とはいえ、一人になる事を想像すると何だか寂しかった。
 だが、ここへ初めて来た時の事を考えればエルツは一人だったのだ。
 一人だからこそ、何か出来る事もあるかもしれない。

――明日からはまた初心に返ろう――

 そんな決意を胸にエルツはB&Bにて二人と別れた。
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