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ARCADIA
作:Wiz Craft



 S19 VS Simuluu<シムルー>


 青く輝く水面の上を、ゆっくりと這うその白影。
 滑らかなその灰白肌の処々には白化した貝殻がこびりつき、その風格は長い年輪を感じさせる。肢体から伸びた長い首に沿って生えたその白いたてがみ、そして頭側部から天に向かうその雄雄しい鹿角はこの生物が、この島の守り神である事を示す象徴であった。
 水面と薄暗闇が生み出す青と黒のグラデーションの中に浮かぶその白亜の姿は、戦いを前にした一同にとってあまりにも美しく、相対して暫く経った今も手にした武器を前に掲げられない一因だった。

「あれが……Simuluuシムルー

 それは未だかつて見た事のない生き物だった。その姿形になんと形容していいかわからず一同はただ視覚として認識する以外に術は無かった。
 漂うその風格に気圧されしたのか、エルツ達はその場で不動としていた。
 暫く様子を見よう、だがそんなつもりで居た一同の思惑は忽ち崩れる事になる。
 
Cuiiiキュィィィ……!!!」

 洞窟内に響く鳴き声。それは自らの領域テリトリーに踏み込んだ不法な侵入者への警告であった。

「やばい、見つかった!?」

 完全に冷静な状況判断能力を失った一同の前で、青い水面の上に変化があった。
 シムルーの周辺の水面の上に浮かび上がる直径一メートル程の水球。

「何だあれ……」とエルツが呟く。

 水球は揺ら揺らとシムルーの前方を漂う。

「あれ……なんかやばくない」

 スウィフトのその危惧は次の瞬間、具現化する。
 
Cuiiiキュィィィ!!!」

 再び放たれる高周波の鳴き声に気を取られた一同の視界には、迫り来る水球を捉えていた。

「皆避けろ!!」

 エルツが叫ぶ。しかし、後列に居たリンスとチョッパーは前列に居た二人に対して反応が遅れる事は確実だった。

「くそ、駄目だ間に合わない!」

 剣を抜いたエルツが水球の前に咄嗟に立ち塞がる。

「エルツ!」

 スウィフトがそう叫んだその時、エルツは水球に向かって思い切り剣を振りかぶった。
 水球がエルツと接触した瞬間、水が弾ける音がまず洞窟内に鳴り響いた。

「うぁぁ!!」

 接触した瞬間に襲われた大きな衝撃によってエルツの身体は後方に居た三人に向かって弾き飛ばされていた。弾き飛ばされたエルツの身体を受けて三人はその場に総崩れする。

「エルツ大丈夫か!?何やってんだお前!」
「痛って……」

 エルツは必死にダメージを堪えながら身を起こした。予定では水球を真っ二つに斬り、回避する予定だったのだが、そう漫画のようには上手くいかない。
 起き上がりなら思惑を語ったエルツにスウィフトは呆れた様子で一言呟いた。

「お前馬鹿だろ」
「否定はしない」

 そんなエルツとスウィフトのやり取りにリンスが声を上げた。

「二人共、今はそんな事言ってる場合じゃないよ」

 確かに、とリンスの言葉に二人が納得した瞬間、チョッパーが叫んだ。

「またあのタマ!!」

 その言葉に正面を向いた瞬間、水球はまさにエルツ達に目掛けて放たれた。

「くそ!」

 今度は間一髪、一同は水球が着弾する前に、その場から身をかわす事に成功していた。水球は水面の衝突すると大きな飛沫を上げて弾け散った。
 その飛沫を受けながら、一同は今一度標的の姿を確認する。

「どうも、いつまでも見惚れてる場合じゃなさそうだな」とエルツ。
「リーダー、今回の指示は」とスウィフトが指示を仰ぐ。

 エルツは一同に視線を注がれ、一言呟いた。

「とりあえず散開」
「また、随分と大まかな指示な事で」

 スウィフトがそう言葉を返した時、一同は再び水面上へ浮かび上がる水球を確認していた。

「とりあえず一点に固まらないように。リンスは遠距離から後方援護して。僕ら三人は、近距離から三角陣トライアングルで攻撃しよう」

 エルツの言葉に四人の足跡が散らばり舞い上がる水飛沫が四散する。シムルーとの距離を詰めながら、エルツはこの不可思議な水球攻撃について分析していた。まず物理的に無重力でもないのに水球が空中に漂う事について、ひとまず今はその事は置いておこう。
 今までから考えて、水球は始動点から終着点まで、直線的な軌跡を描く事は分かった。だとするならば、水球の回避方法は実に明確である。シムルーに対して縦では無く、横の軸移動を加えて近づけばいいのだ。水球の直線状の軌跡にさえ入らなければ被弾は免れる。始動点から終着点までは、若干の時間差がある。その時間があれば充分回避する事は可能だった。

「皆、水球が見えてる最中はシムルーに対して斜めに移動するんだ」

 だが、それは当然距離が離れている時の話であって、近距離戦になった時、その距離は限りなく零へと近づく事になる。そうなった時に、あの水球を回避する事は可能なのか?
 三発目の水球は四散したリンス目掛けて放たれた。遠距離から弓で攻撃していた事でシムルーの標的となったのだろう。しかしエルツの分析通り、横に移動をする事で、その攻撃範囲から容易に身を反らすリンス。そして、そこから再びシムルーは水面に頭を下げ再び水球を作り出し始める。
 そこで、エルツは一つの解答を得る。あの水球には速射性は無い。つまり連射は不可能なのではないだろうか。放つには最低十秒以上の水球の生成時間が必要であり、それならば、たとえもし近距離で水球が放たれる事があったとしても、その初動を見てからでも充分回避は間に合う。

 その事を悟り、いち早く標的の元へ駆け寄ったエルツは改めて、その大きさに戸惑った。だがここで怯むわけにはいかない。全長三メートルはあるであろうその巨躯目掛けて今エルツは剣を突き立てる。肢体から漏れるライフエナジーの光を見てエルツは確かなダメージを確認する。その光を見て、近づく事を躊躇っていたスウィフトとチョッパーも勇気を奮い起こし駆けつけた。

 やはり、あの水球にさえ気をつければ問題は無い。近づいてしまえば動きの遅いこの生物は恰好の的だった。シムルーの周りを斬りつけながら移動し、長い尾のある後方部にエルツが陣取ったその時だった。
 油断した一瞬、鞭のようにしなった尾の直撃を顔面に受け、エルツはその場に崩れ落ちる。

「エルツ、大丈夫か!?」

 エルツのその様子に、側面から攻撃を加えていたスウィフトとチョッパーは再び攻撃の手を止め戸惑う。

「二人共、後方から攻撃しちゃ駄目だ。こうなるから」

 エルツの言葉に二人は息を呑んで頷いた。
 諸々の注意点は見えてきた。水球を攻略した上であと注意をする点は、シムルーの肢体を中心と見た時に、半径1.5メートル、後方約120度の範囲に渡って繰り出されるあの鞭のような尾による攻撃。そして、今までの行動分析からしてシムルーの前方の視野もおそらく120度に満たないだろう。となると、残る120度がこの戦闘での鍵となる。おそらく左右60度に、完全な死角が存在するのだ。現に側面からの攻撃しているスウィフトとチョッパーにはシムルーは何の対応も見せないまま、ただその攻撃をその身に受けていた。正面から弓矢で攻撃をするリンスがずっとターゲットを取っている事から考えて、おそらくこのモンスターは視野に捉えた冒険者プレイヤーを攻撃対象として認識するのだろう。
 エルツは推論の元に、チョッパーが居る側の側面へと回り込んだ。

「チョッパー、絶対にシムルーの前と後ろに行っちゃダメだよ。必ず横から攻撃するんだ」

 エルツの言葉にチョッパーが頷き、一同はそれから畳み掛けるように攻撃を重ねる。エルツの予測通り、前方、及び両側面から攻撃を受けるシムルーは前方のリンス目掛けて水球を放ち続けた。
 だが、悲しいかな。その攻撃パターンが読み切られた今、シムルーが倒れるのは時間の問題だった。大量のライフエナジーが舞い上がり洞窟内に散って行く、その様子は美しくも儚い。

 美しきこの洞窟で、静かにこの島を見守っていた主は今まさに力尽きようとしていた。
 その存在に敬意を払いながら、エルツ達はこの戦いを自らの糧とする。
 それは、今まで幾度となく冒険者達との間で繰り広げられてきた光景であり、こうした偉大なる存在を乗り越える事こそが、まさにこの試練が示す『洗礼』の形なのである。

 青の洞窟内に舞う、四人のシルエット。
 水面に倒れた偉大なる主を前に、そこには、今まさに試練を乗り越えた者達の姿があった。







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