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■双華の月 氷刻 1■
Real Time 4/22 0:31

試練、それを口にするは容易い
だが、その本当の価値は乗り越えてこそ得られるものだ

(ルーカス=フォルクレント『試練』より)

ARCADIA
作:Wiz Craft



 S17 瞳の先に映るモノ


 イルカ島、そう呼ばれるこの本来名も無き島には『試練の洞窟』と呼ばれる洞窟がある。エルムのギルド裏口から伸びる西の海岸線へと伸びる木道。その海岸線を北上した先に、その洞窟はぽっかりと口を開け冒険者達を待ち構えているのだ。

 あれから二週間、懸命に岩蟹を狩り続けたエルツ達は全員がLv3に到達していた。二週間も狩り続けていれば、皆のその岩蟹に対する立ち回りも常人の動きとは異なってくる。岩蟹のモーション数、その鋏を扱う動きは突き出す、振り上げる、振り下ろすの三種類しか存在せず、振り上げたその一瞬が転ばすチャンスであると、それは理解して実践できる事でもないが、少なくともエルツとスウィフトに到ってはそれを身体で覚え実践していた。そんな二人がLv3に上がったのは今から四日前の事。それからリンスとチョッパーのLvが上がるまで二人は足並みを揃えるために待っていたのだった。

「いよいよか」とエルツ。

 試練を受けるためにユミルに先導されギルドへ赴いた一同を待っていたのは、コーザともう一人見慣れない少年だった。

「やっほー。お久しぶり。元気コーザさん」とユミル。
「やあ、皆さん、ユミルさんは相変わらず元気そうで。エルツさん方は調子はどうですか?本日はどんな御用で」
「うん、御陰様おかげさまで好調だよ。あれ、今日ってクリケットは?」とエルツ。

 エルツの質問にコーザは急に顔をしかめた。

「あの不思議生物なら今居ませんよ」
「不思議生物って。どうしたの、何かあったの?」と笑いながらスウィフト。

 その言葉にコーザは遠い目をして答えた。

「二日前に旅に出るデシってそれきりですわ。このまま消えてくれればいっそ心晴れ晴れしいんですがね」

 その言葉に一同が失笑する。それがどこまで真実かわからないもののクリケットのあの性格を考えると、納得できるような気はした。

「コーザさん、皆さんに妙な事吹き込んじゃいけませんよ」と見慣れない少年。

 少年はキツネ目の優しい表情でコーザの言葉を訂正する。

「今、クリケットさん有給休暇中なんです」
「有給休暇?」

 その言葉に、派手にずっこけるコーザ。何の事かわからず当惑する一同。

「ルーベンス、ちょっとこっちおいで」

 半分ずれた眼鏡を掛け直しながらコーザはルーベンスと呼んだ少年を手招きした。
 首ねっこを掴むように少年をエルツ達から少し離れたところへ引き摺ってゆくコーザ。
 そんな二人の話し声は、小さいながらもはっきりとエルツ達の耳元へ届いていた。

「ルーベンス、あんたこの仕事の禁句タブーを忘れたわけじゃないでしょうね」
「タブゥって何ですか?」

 おっとりした少年の口調に複雑な表情で沈むコーザ。

「いいですか、禁句タブーっていうのは絶対にこの世界へ訪れてる皆さんに漏らしちゃいけない情報の事です。ここはゲームの世界なんですから、現実世界の情報をお客さんに漏らす事はあってはならん事ですよ。お客さんが興醒めしちゃいますからね。仮にも、さっきの『有給休暇』です。なんて有り得ませんよ。そのくらい分かるでしょ?」
「はぁ、なるほど」

 納得したのか納得していないのか少年はそう答えると、コーザは少年を連れて一同の元へと戻ってきた。

「いや、すいませんね。こっちの話なんですよ。気にしないで下さい」

 誤魔化すコーザに続けて、少年は笑顔で続けた。

「すいません皆さん、まだ僕この仕事始めてばかりなんで、慣れない事が多いんですよ。でも時給はいいから、頑張らないとなんですよね。う〜ん、難しいですねぇ」
「時給?」

 エルツ達がそう聞き返す正面で、再び全力でずっこけるコーザ。
 それからコーザは諦めたのか少年の言動に対して追及を止めた。

「で、皆さん。話は戻りますが今日は何用で」
「ああ、実は試練の洞窟へ行きたくて今日はここへ来たんだ」

 エルツの言葉にコーザの視線が一瞬鋭くなる。
 いつかの闘いの時に見たそのコーザの視線にエルツ達は一瞬戸惑った。

「ほう、もうそんな時期ですか。あれから二週間、確かに頃合ではありますね」

 コーザは目を瞑りあの時の残像を振り返るように頷くと、すっと瞳を開いた。

「ご案内しましょう、こちらですよ」


 ギルド裏口へと一行を誘導しながら、コーザはちょっとした説明を始めた。

「これから皆さんが向う世界でのギルドとはもう一つの顔を持ってましてね」
「もう一つの顔?」

 コーザはその問いに静かに頷く。

「本来この世界ではギルドとは冒険者に試練クエストを与える場なのですよ。それがたまたまこの村ではご存知のように例外的な役割が与えられているわけです。今後はギルドへ行ったらPBを開く、この所作を忘れないで下さい」

 コーザの言葉にエルツ達は頷いた。

「皆さんの旅はまだ始まったばかり、これから皆さんの旅路が輝きあるものになるよう、ここで僕は祈らせて頂きますよ」

 そう言ってコーザは扉にそっと手を掛ける。

「皆さんの旅路に光あれ。御武運を」

 そのコーザの言葉と共に扉から光が溢れる。
 その光の中で目を凝らすと、そこには緑々しい自然と青空が広がっていた。

 海岸へ向かって木道を歩きながらエルツ達はコーザの言葉を思い返していた。

――ここから先は洗礼を受ける者が通る道――

 既に洗礼を受けた身であるユミルはコーザにギルドへ残るよう引き止められた。
 木道を抜けて視界には海岸が広がる。

――気をつけて、BOSSボスは皆で協力すれば絶対倒せるから――

 ユミルの言葉が耳に残る。
 BOSSボス、別れ際ユミルはそう言っていた。

 ユミルがメンバーから抜けた事で、不安を隠しきれないチョッパー。

「大丈夫さ、そう不安になる事ないよチョッパー。ゲームっていうのは必ず攻略できるように作られてるんだ」
「与えられた状況をいかに楽しむか、まさにエルツがいつも言ってる事だな……でもやっぱり緊張するな」とスウィフト。

 今一同の前には波に打たれる岩礁に口を開けた薄暗い洞窟がその目に映っていた。
 初の試練クエスト、乗り越えられるだろうか。いや、乗り越えなくてはいけない。試練とは乗り越えてこそ価値がある。今、エルツは詩人ルーカスのあの言葉を思い出していた。

「行こう皆」

 エルツの言葉に一同は頷いた。
 そして、波の音に送り出され、一同は静かにその姿を洞窟の薄暗闇の中へと消した。







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