#4―1 奪われた左目(前編)
この数分の間に起きたことは、よく覚えていない。
解っていることは――俺を掠めるように放たれた何本もの矢が周囲に、転がり突き立っていること。その中の一本だけが、左の太股に刺さっていること。
そして眼球の消えた左目から涙が溢れるように血が滴っている、ということだ。
奴は、あれ以上何も語ることはなく『これが答え』とばかりに、ただ無言で次々と矢を撃ってきた。矢は、どれも正確に俺に痕を刻み凄まじい速さで通り過ぎてゆく。驚く間もなく、すぐさま足に激痛が襲い背後に吹き飛ばされるように倒れる。
仰向けに倒れた俺の肩を、いつの間にか近づいていた奴が踏み付けていた。地面に身体を押さえ付けられ起き上がることができず、ありったけの力を振り絞って睨みつけた俺に奴は……
そうだ。奴はあの時、俺のその目を見て確かに、こう言ったんだ。
「良い瞳だ。是非、私のコレクションにしたい」と。
†
奴は片手で、液体で満たされたビンを見せ付けるように振っている。その内部では、俺の目が泳ぐように動いていた。
思い出した奴の言葉、いまに至るまでの行動を想像した途端、猛烈な吐き気が込み上げるが血の混じった透明な液体を少し吐いた程で反吐さえ出てこない。俺は精一杯、意識を失わないよう堪える。
ここで気を失えば、もう二度と目覚めることはないだろうから。
「そろそろ、終わりにしましょうか」
奴は、再び近寄ってくると倒れている俺を上から眺めるように見る。暫しの沈黙の後、再び新たな矢が取り付けられた武器を素早く俺に向けた。
「いままでは敢えて外していましたが、今度は一撃で逝かせてあげますよ」
余裕に満ちた、心底楽しげな声で奴は言う。
その言葉通り、今度はまっすぐ急所を狙っているのが判る。頭、心臓……何処を射貫くか迷っているかのように、ゆらゆらと鏃が動くのを残った右目で見ながら俺は歯軋りすることしかできなかった。最早、身動きをすることは疎か声を上げる力さえ殆ど残っていない。
俺は、ここで死ぬのか?
父を殺され、物のように売り買いされ、ずっと道具のように扱き使われ――遂には、やってもいない身勝手な殺しの罪を着せられて。こんな……こんな奴に!
頬を、熱いものが流れた。
ずっと押さえ込んでいた、いろんな気持ちが滲んでくる。それは自分でも無意識に心の中へ中へと封じ込め続け、いまそれを抑えていた堤防の決壊と共に現れた十数年振りの涙だった。
(つづく)