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サメトノライヌ  作者: 八幡祐咲
第一章 仮面の男
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#1 狼獣人の奴隷

 目を覚ますと、俺は矢鱈高そうな趣味の悪い柄の絨毯に倒れていた。

 頭が重い。顔がベトベトとしている。左腕を支えに上半身を起こし右手で頭に触れると、そこも水を浴びたように濡れていて接触と同時に激痛が走った。

 意識がハッキリしてくるに連れて嗅覚も戻ってくる。だが臭いよりも早く、目で見た情報の方がベトベトする水の正体を教えてくれていた。頭から頬を伝い、顎から床に滴っていたその液体を。


 俺の真赤な血が、絨毯に新たな模様を描き出していた。


        †


 一体、何がどうなっているんだ? どうして俺は、こんな怪我をしてここに倒れていたのだろうか。何気なく右手の平を見詰めると、さっき傷口に触ったことで付いた血に塗れていた。

 俺は、その汚れを服で拭う。彼方此方(あちこち)が破れ、汚れているみすぼらしい服で。

 まだ幼い頃。俺は人間に売られ、そして買われた。

 この場所へ連れて来られてからは毎日のように扱き使われ、ずっと働かされている。これは、この(やしき)に仕えるモノの姿。そこに狼族の獣人としての誇りは見る影もない。四つん這いのまま、まだ立てずにいる俺の脳裏に――その苦い現実は厭でも浮かび上がってくる。

 辛い記憶と共に。


 そういえば。

 俺は、ふと気付いた。何故、ここの主人が現れない? 普段ならば、俺が少し休もうとするだけでも他の人間が告げ口をして即座に仕置きをしようとするだろう。況して、こんな風に部屋を汚したりしたら徒では済まないはずだ。尤も、自分自身が何故こんな状況にいるのかさえ分かっていないのだが。

 絨毯に染み付いた血をよく見てみると、既に乾いている部分もある。どれだけの時間、気を失っていたのかは調べようがないが……少なくとも、それなりに時間は経っているように思えた。

 俺は力を振り絞って立ち上がるが、足が浮いたような感覚がしてうまく歩くことができない。仕方なく、その場へ腰を下ろし部屋の中を見回す。

 キラキラと――いやギラギラと輝くさまざまな物が所狭しと置かれ、それは壁にも飾り付けられていた。大方、すべて高級な品の類だろう。てことは、ここは宛らコレクション展示室といった感じか? 倉庫だったらこんな置き方はしないだろうし、あの主人のことだ。客を招いてこの部屋を見せ、自慢している様が容易に想像できる。

 本当に、人間の欲深さにゃ眩暈がするぜ……。


        †


 待てよ? それなら尚更、俺がこんな場所へいるのは妙だ。

 自分で来た記憶もないし、どんな理由があろうともあいつらが俺をこんなところへ自ら入れるとも思えない。人間の金銀財宝なんかに対する潔癖さと執着心は異常と言ってもいい程だ。それを巡って奪い合うことも殺し合うことも日常茶飯事だし、俺たち自然の民さえ物のように考えている輩も多い。いや命ということすら解っていないのかもしれないが。

 何れにせよ、ここでじっとしていても何も変わらないだろう。それに、どうも様子が変だ。

 無数の謎が頭の中に溢れ、眩暈がする。取り敢えず、この部屋を見回してみる……すると部屋の奥に、もうひとつの部屋へと繋がる扉が目に入った。そちらは、ここと違い薄暗く物置のような雰囲気だったが――半分ドアが開いたままになっていたのが若干、引っかかる。ここの人間たちは、あんな風に無用心な真似をすることは皆無だからだ。それも、こんな宝を集めたような部屋で。鍵を複数付ける、くらいしていてもおかしくはない。

 身体の調子も少し戻りつつあった。俺はその中が気になり、ゆっくりと立ち上がるとそっと歩み寄る。

 半開きのドアと壁の隙間から内部を窺う。すぐさま、そこにあるのが不自然な物が見えていた。床に転がっている金の塊のような置時計。本来ならば、それがこの館の何処にあっても不自然ではなかっただろう。

 文字盤のガラスが割れ、塗装をしたように赤黒い何かに染まってさえいなければ。


 俺は意を決して、ドアを押し開ける。そこにあった光景は、頭のどこか片隅に想像していた最悪の場面と非常に近いものだった。

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