少女漫画の世界に転生したら
「皆、聞いてくれ!俺は、俺の人生を守るために『ヒロイン』をストーリーから排除しようと思うんだ!」
入学式から数日が経ったある日の昼休み。昼食の真っ最中に俺が突然行った『原作ストーリー無視宣言』を、クラスメイトたちは落ち着いた様子で聞いていた。
「……花華川、お前本気なのか?仮にもメインヒーローなのに」
学級委員(さっき決まったばかり)である森谷がそう確認してきたが、俺は力強く頷いた。
「俺は、ヒロインには恋をしない!絶対に原作通りの展開にはしない!!」
そう声高に宣言すると、クラスメイトを見回した。
皆は――
「わかったよ、花華川くん。僕達はなにをしようか?」
「そうね、花華川くんとヒロインは釣り合わないもの。協力するわ」
「転校してくる前に手を打っておかないとね」
――かなり協力的だった。
クラスメイトたちは皆、自分が物語の『登場人物』だと知っていた。ここがどんな世界なのかを知っているのだ、俺と同じで。
――俺たちは、クラスメイトであり、ある物語の登場人物であるという『仲間』だった。
『下剋上!桜吹雪ロマンス』という少女漫画があった。
家庭の事情で転校してきた平凡な少女が、学園のプリンスと出会うことから物語は始まる。お互いに相手のことが気になるが素直になれずすれ違う二人。
いじめや周囲の反対、恋のライバルなど、多くの困難が二人の恋を阻むけれど、諦めずに困難を乗り越えて恋を成就させるという王道シンデレラストーリーである。
この世界は、その漫画『下剋上!桜吹雪ロマンス』の世界だった。
始まりは数日前の入学式。
『私立 桜木学園高等部』と彫られた大理石が埋め込まれた門と、そこに立て掛けてある『入学おめでとう』と書かれた立て看板を通り過ぎた瞬間、俺は前世の記憶を思い出した。
【俺の名前は『花華川 聡一郎』で、読み方は『カカガワ ソウイチロウ』という、きらきらしているのだかしていないのかよくわからない、なんとも長ったらしい名前であること。
日本人とは思えない程の恵まれた体格と美貌、明晰な頭脳を持った、才色兼備の花華川グループの御曹司であること。
そして……この世界では『ヒーロー』と呼ばれる役割を与えられたキャラクター】であることを……。
この漫画はアニメや映画、ドラマなどのメディア化もされている。また、連載期間十年、全ニ十巻で累計百万部を突破という数字マジックを見る限りは売れていると言ってもよい人気作品だった。
一途で健気平凡系庶民少女と、イケメン傲岸不遜性格極悪御曹司との恋。
俺は漫画は読んでいなかったが、好きなアイドルが出ていたのでドラマを見ていたから内容を知っている。
そして放映期間中、ずっと思っていた。
「ヒロイン、いらねえ」と。
ヒーローである花華川聡一郎はヒロインと付き合うことで、色々不幸な目に遭っていた。
見せ場の数々を作るためかどうかは知らないが、誤解やすれ違いから様々なトラブルや事故、事件が起こる。ヒロインとさえ出会わなければ順風満帆な人生だったはずなのに。
また、ライバルである婚約者の朝比奈千鶴の方がスタイルもよく、美人なのにともったいないと思った。
更に腹が立つことに、この話は少女漫画ご都合主義が展開されていて、千鶴は準ヒーローでありヒロインの幼なじみでもある『三角関係要員の実直な剣道少年』五十嵐和樹と最終話で恋人同士になる。
救済のつもりか何だかしらないが、『余り者同士くっつけようぜ展開』がかなりイラついた。五十嵐のやつは、残りニ話あたりで急に出番も増え、演じていたアイドルはそれから売れはじめた。
そんなわけで、前世を思い出して自分がヒーローであることを知った俺は決意した。
『ヒロインを排除して、千鶴を嫁にしよう』と。
俺はその後、すぐさま情報収集を開始した。
自分が思い出したなら、他にもきっと同じような人間がいるはずだと思った。
だから俺は、入学式が始まるまでの間ずっと、すれ違う新入生に向かって『下剋上!桜吹雪ロマンス』と連呼し続けのだった。
そんな捨て身の作戦でわかったこと。
――クラスメイトと教員、家族などのメインキャラや名前のあるモブキャラなどは、ほとんど前世持ちの転生者だった。
そうして俺は、満を持してクラスの皆に『計画』を提案したのだった。
「もう少し反対されるかと思ったら、意外にあっさり協力してくれるんだな……」
「だって俺んち、お前んとこの会社の子会社だし」
「千鶴さまの方がお似合いだしね」
「原作、気に入らないんだよね」
「五十嵐エンドにすればいいんだろ?」
……協力的過ぎないだろうか。
なんとなくもやもやする気持ちを抱えたまま、他のクラスや職員室を回り協力を呼び掛けていく。
どこもあっさり協力を申し出てくれた。
本来なら同じクラスになるはずの、原作主人公であるヒロインの霜月吹雪は教員の計らいで幼なじみの五十嵐と同じクラスになり、以後三年間ずっと俺たちは別クラスだった。
なにかが起こりそうなイベントの日は、欠席をしたり周囲に協力してもらい、徹底的にヒロインを避けた。
絶対、原作通りにはならない!
千鶴と結婚を目指し、ひたすらヒロインを避けて避けて避けて避けて……。周囲の協力と俺の涙ぐましい努力によって、長い長い三年間がようやく終わった。
「……終わったぁぁぁぁあ―――――――――――――!」
卒業式が無事終わり、俺は教室でクラスの皆と抱き合って喜びを分かち合った。
「ありがとう、皆!!三年間本当にありがとう!!」
窓からは、手を繋いで校門を出ていくヒロインと五十嵐の姿が見えていた。
「「「五十嵐エンドばんざーい!」」」
「原作エンドむかついたからやってやったわ!」
「本当!花華川くんにはヒロインはもったいないわよね!!」
「一途なヒロインが傲慢俺様金持ち男に執着される漫画なんて滅べ!」
「五十嵐、幸せになれよ!!」
「ああ、あれこそ理想的なヒーローヒロインの姿よね」
「金持ちのイケメンに、庶民の真面目男子が勝たないと面白くない!」
クラスメイトたちは随分盛り上がっているが、会話内容がおかしい気がする。
「……え、と……お前ら、なに?どういうこと」
学級委員の森谷がにこやかに俺の肩を叩いた。
「ああ、言ってなかったっけ?俺たち皆、原作の【花華川聡一郎】が大ッ嫌いだったんだ!!あの終わり方が納得できなくてできなくてな!ありがとう!お前のおかげで、俺たちにとってのベストカップルが誕生した!!」
「……え」
呆然としている俺の手を、婚約者である千鶴がとり、両手で包み込んで握り締めてくれた。
「……千鶴」
「聡一郎さま……私も原作は読んでいますが、あなたの婚約者であることを選びました」
「……千鶴ッ!」
俺は我慢できず、彼女を抱き締めた。
他のやつらの協力してくれていた意図はもういい。俺は、彼女を俺のモノにするために、三年間頑張ってきたのだから。
「私、お金が大好きなので」
ヒーローとヒロインは収まるべきところに収まったはずなのに、俺の心だけは収まりが付かなかった。
もともとは『計画的な犯行です』という超短編を書きなおしたものでした。あまりにかけ離れたので、別物として投稿しています。比べて読んでいただければうれしいです。