「雪迷路」
新年の変わり目、雪降りの月最後の夜にして、年明けの月最初の日が明ける少し前のこと。
「静かにな、静かに」
「お、おう」
ざっざ、ざっざと、数十人の冒険者が雪かき棒を手に、シャルパンティエの広場に道をつくっていた。
「そこまでだ」
「次は右だな。目標はあのあたりだ」
「あいよ」
「十歩掘ったら止めてくれ。あっち側と調整する」
……って、ぼーっと見てる場合じゃないや。
「【魔力よ集え、浮力と為せ】」
ふわりと浮いてランプを掲げ、位置を確認する。
「えっと……ユリウス、次の目印まであと三歩だから気をつけてね」
「うむ」
わたしは珍しくも魔法使いとして、重宝されていた。
ユリウスも棒を手に雪をざくざくしていたけれど、右手だけでも十分力強いのは流石だ。わたしの腰回りぐらいあるもんね、腕が……。
「あそこの魔導具、ちょっと斜めになってるかしら?」
「調整して来ますねー」
わたしの他にも、広場の上空ではディートリンデさんやアレットが、杖を手に指示を出していた。
もちろん、普段の雪かき道ならそれぞれのお店から井戸までまっすぐ伸ばせばいいし、魔法なんていらないんだけど、今日のは特別だ。
そもそも、カールさんの『魔晶石のかけら』亭以外のお店は新年のお休みで、道を作ってもお客さんは引き返す羽目になる。ちなみに年末に大雪が降ってしまったおかげで、うちの店は去年に続き窓が出入り口になっていた。
「よし、ラルスホルトの店は繋がったな」
「あとはジネット姐さんのとこか」
「夜明けまでもう少しだ、静かに気合入れやがれ」
「おー! ……ぅ」
上空から見れば一目で分かる、幾つもの袋小路と折れ曲がった雪道。
こんな夜中にこっそり何をやっていたかといえば、広場全部を使って大きな雪の迷路を作っていたわけだ。
▽▽▽
最初は、年末に振った雪があまりにも多かったので、冒険者に依頼出した上でお店持ちの全員も参加して広場の雪を一気に全部捨ててしまおう、なんて話だったように思う。
でもね、それを聞きつけた領主様が、どうせ捨てるなら遊ばないかと子供みたいなことを仰いまして、依頼を受けた冒険者達も乗り気になっちゃったりですね……。
『アツェットでは捨てた雪を郊外に積み上げて小山にし、滑り台を作って子供達を遊ばせていたな。ヴィアルドーでは雪かき道をわざと曲げて、迷路にしていたか』
『迷路なんて、みんな困るんじゃないの?』
『街中にあるのは脇道付きの迷路だ。急ぎで医者を呼びにいくこともあるからな、流石にそのあたりは考えなしに作られてはおらん。だが、雪の大迷宮なら道楽貴族が作らせていたぞ』
『そんな人、いるんだ……』
『……ゼールバッハの前侯爵殿だ。近くの伯爵家当主と、どちらの雪迷宮がすごいか競っておられた』
『あー……』
ユリウスの親友コンラート様の義理の父であるあのお方なら、そういうこともやりかねないだろうなあって、ちょっと納得してしまう。以前こちらに来られた時も、酒場で冒険者達と肩組んで大騒ぎしてらしたっけ……。
『まあ、いいんじゃないかなあ。孤児院の子供達には新年のお楽しみになるだろうし……』
『楽しみ、か……。ふむ、張り合いも出ようし、迷路とは別に何か用意しておくべきか。ああ、子供達には内緒だぞ。院長殿には俺から話そう。皆もそれでいいか?』
『うっす!』
『異議なし!』
と、まあ。
いつものごとく。
娯楽の少ない冬場のお遊びが、思いつきと勢いだけで生まれてしまった。
▽▽▽
「では……行け、シャルパンティエの小さき勇者達よ!!」
「おおー!」
翌朝、孤児院の広場にユリウスの大音声が響きわたると、子供達が一斉に駆け出した。
「お兄ちゃん待って!」
「うわ、すっげー!」
「いつもの広場だから、きっと簡単な迷路だぜ!」
「ゲルトルーデ、はぐれんなよ!」
一番を争う競争じゃないから小さい子も大きい子も関係なし……なんだけど、一番小さい子達はそれぞれ同じ部屋割りの兄姉に手を繋がれて走っていったから、わたしはユリウスと顔を見合わせて微笑んだ。
子供達には、冒険者が一夜で作り上げた迷路の先、『魔晶石のかけら』亭に美味しい物が用意してある、とだけ告げていた。
迷路踏破の賞品は、パウリーネ様とユーリエさんが腕によりをかけて作った、干した果物とワインで作ったソースを溶き伸ばしてパンを煮込んだ温かい汁物だ。
大人達にも久しぶりの甘味で、聞きつけた冒険者達も新年の仕事休みを返上し、迷路作りに協力してくれた。
「じゃあ、わたし達も行こっか」
「ああ。……院長殿、シスター、交替が来るまでこちらを頼む」
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
ゆっくりと、広場に続く雪道を歩き出す。……手袋ごしでも、繋いだ手の先があたたかい。
しばらく進むと、子供達の声が聞こえてきた。
「あれ!?」
「ここ、さっき通ったんじゃないか?」
「……兄ちゃん、ここ、どこ!?」
「右に行ってまた右で……どうなってんだよこれ!」
……子供達には想像もつかないだろうけど、日の出前、完成した迷路を試した時に踏破出来た冒険者は、挑戦者の半分ほどだった。
一番背の高いフランツでも見渡せないように念を入れて、雪の少ないところには別の場所から雪を持ってきたり。
短すぎないように、わざわざ他のお店への『外れ』道を作って惑わせるようにもしてあった。
ユリウスやアロイジウス様は、実在するダンジョンを思い出しながら袋小路の配置と迷路の道順を決めている。
魔導具の設置訓練なんて名目で、ギルドの倉庫から方向感覚を狂わせる対魔物用の魔道具を持ち出し、一度雪を掘り返す苦労をしてまで魔法陣を描いたりもした。
万が一の危険がないように、井戸の上空で迷路を見下ろすローデリヒさんに手を振り、わたしはユリウスに抱きついた。最近は、ようやく照れることもなくなってきた……気がする。
「浮くね」
「ああ、頼む」
「……【魔力よ集え、浮力と為せ】。ねえ、ユリウスは誰が一番に踏破すると思う?」
「そうだな、しっかり者のアリアネか、体力自慢のフランツか……」
そのままふわふわと迷路を迂回し、『魔晶石のかけら』亭の手前に降りる。
「どちらにせよ、以前、リヒャルト殿下とマリー殿下が来られた時に俺が教えたことを思い出せたなら、そう難しくはないはずだ」
「かならず壁の右手に位置しながら、歩き続けるんだっけ?」
「うむ、低階層のダンジョンでは基本中の基本だな。だが、高低差のある場所では無意味だし、深部では転移魔法陣などもある。壁自体に罠や偽装が仕掛けられていることも多くてな、痛い目に遭う駆け出し冒険者は多い」
「ちゃんと思い出せるといいけど……」
「そのぐらいの期待はしてもよかろうさ。何せ彼らは、小さき勇者達だからな」
子供達の賑やかな声が聞こえる雪壁の向こうに、二人でもう一度微笑みを向ける。
「ねえ、ユリウス。今年はどんな年になるかな?」
「そうだな。……ふむ、あの通り、賑やかで楽しそうなことだけは間違いあるまい」
うん、そうだね。
賑やかで楽しいなら、いい一年に決まってるよね。
「さて、勇者達を迎える用意をせねばな」
「うん」
ふふふ。
見かけは小さいけれど、大人達が意地になって作り上げた本格派の雪迷路、しっかり楽しんでね。
そして、大人になったら。
是非是非、子供達を驚かせ楽しませる側になって欲しいんだよ、わたし達は。