ミーハー令嬢の王子様ゲット作戦
「はぁー、私も王子様と結婚したい!」
少女が雑誌に顔をうずめながら叫びにも似た声を上げる。
彼女が食い入るように読んでいたのは最近隣国の王子と結婚した「シンデレラ」の恋愛テク特集だ。
シンデレラは公爵の娘であり、この少女も実は公爵の娘なのである。年頃もシンデレラと同じくらい。
王子との結婚を夢見るのも仕方ないが、この娘は残念ながらシンデレラほどの美貌は持ち合わせていなかった。
しかしそれで諦めては王子との結婚などできはしない。
タイムリーなことに、ちょうど今夜この国の王子が開催する舞踏会に呼ばれている。ここはシンデレラにあやかり、その恋愛テクとやらを試してみようではないかと少女は張り切っていた。
少女は早速大きなクローゼットからドレスを引っ張り出し、こっそり買っておいたガラスの靴を履いて王子の元へ意気揚々と出かけていった。
馬車を走らせて一時間。
会場の前で少女は目を丸くした。
舞踏会の会場前にものすごい人数の若い女性が群がっているのだ。彼女たちはみなドレスやアクセサリーで着飾っているが、どこかおかしい。
少女が首をひねっていると、王子の家来が飛んできて恭しくお辞儀をした。
「これはこれは、公爵家のご令嬢。お待ちしておりました、ささこちらへ……」
そう言って家来が少女を連れて行ったのは正面玄関ではなく裏にある家来たちが使うような小さい簡素な出入り口。
「申し訳ありません、実は近くに住む女達が舞踏会に参加させろと大挙してやってきたのでございます。そのせいで正面玄関が使えず……人数が多すぎて追い払うのにも苦労しておりまして」
少女は納得がいって再び正面玄関にたむろする女達の集団に目をやった。よく見ればドレスの生地もシルクではないようだし、デザインもちぐはぐ。アクセサリーもガラス製であるようだ。
シンデレラが招待状なしで舞踏会に入れたという噂が流れたため、庶民の女達も精一杯着飾って舞踏会に潜り込もうとしたのだろうが……
「全く、シンデレラの真似のつもりかしら? よく恥ずかしげもなくあんなことができるものね」
そう呟いて、少女は会場に足を踏み入れた。
きらびやかな会場で綺麗に着飾った男女が音楽に合わせて踊っている。
国中の貴族が集まっているため、「良い相手」を見つけるため躍起になっている者も多い。特に王子は会場の全ての女子の憧れの的だ。多くの女が王子の周りをうろちょろしている。公爵の娘である少女もそのうちの一人だ。
少女は王子に熱い視線を送るとともに、こまめな時計のチェックも忘れない。
もちろん12時の鐘に合わせて会場を飛び出すためだ。ガラスの靴を置いていく準備もバッチリ。
「さぁ、シンデレラのように会場の注目を一心に浴びて王子の視線も独り占めよ!」
そしてとうとう、12時を知らせる鐘が鳴り響いた。
少女が走り出そうと身構えたその時。
王子の周辺をうろついていた女達が一斉に走り出した!
「えっ……一体なに!」
少女は呆然として足を止める。
会場は騒然。走り出した女自身も自分と並走する女達を見回しながら困惑の表情を浮かべた。これじゃあまるで徒競走ではないか。しかし走り出してしまった手前、何食わぬ顔で足を止めることなどできはしない。
しかも女達が履いているのはガラスの靴。床は硬い大理石。走り出した衝撃によりあちこちでガラスの靴が割れて足から流血する女が続出し、きらびやかな会場は地獄絵図と化した。
数名の女達は幸運にもガラスの靴が割れずに正面玄関に辿り着き、計画通りガラスの靴を片方脱ぎ捨てて走り去る。しかし勢い良く脱ぎ捨てられたガラスの靴は地面に当たって砕け散り、うまいこと脱げたガラスの靴も後からやってきた女達に蹴られてその形を失った。ガラスの靴や破片に足を取られて階段から転げ落ちた女も一人や二人ではない。
正面玄関前の階段には割れたり割れなかったりしたガラスの靴が散乱し、通行人が革命でも起きたのかと勘違いしてしまうほど酷い光景であったという。
もちろん舞踏会はこの騒ぎのせいでお開きとなってしまった。ご婦人たちは眉を顰め、口々にシンデレラモドキたちを批難する。
「全く、シンデレラの真似のつもりかしら? よく恥ずかしげもなくあんなことができるものですわねぇ」
「え、ええ……本当に……おほほほほ」
少女はドレスの裾でガラスの靴を隠しながら、コソコソと会場を後にした。
「あーあ、酷い目にあったわ。まさか作戦が丸かぶりした女達があんなにいるなんて……」
屋敷に帰った少女はドレスを脱ぎ捨て、雑誌を眺めながら一人反省会をしていた。
「どうしたらちゃんと目立てるかしら……あえて12時になる10分前にお城を飛び出すとか……?」
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が部屋に響いた。少女が返事をする前にドアが開き、メイド服を着た中年の女性が入ってくる。
「お嬢様、ononの最新刊です」
「ちょっと、ちゃんと返事してから入ってきてよもう……うん?」
メイドから受け取った雑誌に目を落とし、少女はあっと声を上げる。
雑誌の表紙には「王子様もこれでメロメロ☆今、死んだふりが熱い!白雪姫特集!」の文字が。
少女は目を輝かせながら叫んだ。
「大変だわ! ばあや、早くガラスの棺を用意して頂戴!」