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手向けのガス灯

作者:キュウ
さささーっと読めるミニ短編です。
お茶とかコーヒー片手にさささーっとどうぞ♪
 乾いた風が吹き荒び、霧のような砂埃が石畳の上を滑っていく。足下の景色は朧気に揺れて、眼前の空は桔梗色に滲み始めた。左右に軒を連ねる家々は荒廃し、かつての絢爛もどこ吹く風と、寂れた硝子を虚しく揺らすガス灯は、まばらに立ち並んで風を受け流すばかり。
 いつだったか溢れていた人並みも、折々混ざった町の香りも、今ではどこを見渡そうと見つからない。
 午睡の暇も受け入れず、枯れた瞼の感覚も忘れ去り、以来どれだけの時間を過ごしたのかも知れない、一人の娘が、沈んだ夕陽を背負いこの通りを歩いていた。背後に忍び寄る寒々しい霧には気付いていないらしいが、それは、彼女にとって特筆すべき重要なものではなかったからだ。
 彼女の行く歩道の真向かいに、その様子を静かに見守る暗い瞳の男がいた。元はと言えば、その通りは男から彼の愛娘に向けての誕生日プレゼントだった。
 彼は、娘の願うものが何なのか分からなかった。娘が日頃から打ち込んでいたのは、山ほど積まれようと上限の定められない、無数の本を読み耽ることだった。彼女の部屋は、いつも色褪せた書物の香りに包まれていた。それらはみな、男が用意した贈り物だった。あまりにたくさんの本を与えてきたために、じきに、これからは何をプレゼントすればいいのか分からなくなってきたのだった。
 本当は、もっと色々なものを用意できた。しかしながらそれらを実現させるためには、ある重大な「障壁」を崩さなければいけなかった。男にはそれができない。……できるものならば、とうの昔に得々と成し遂げていたことだろう。いやできないのではない。単に己の願望のために娘の願望を種から摘み取っているだけ。だけど仕方の無いことじゃないか……などと、自暴自棄になる折に何度も自己弁護を繰り返す日々。
 それなのに娘は、父親のことを恨もうとはしなかった。
 彼女は「それ」が父親の想いの強さゆえだと解っていた。だからこそ、たとえ屋敷の門をくぐらせてもらえなくとも、門外不出のレッテルを貼られても、窓からかしましの子ども達を目にしても、彼女は手練手管の尽くされた「軟禁」を拒もうとはしなかった。
 娘に何をプレゼントすべきか……彼女を家に閉じ込めた張本人である男には、本当は心当たりがあったのだ。最初から解りきった問題だった。
 やがて、男の家計は破綻の時を迎える。きっかけは実に些細なことだった。細工は流々と言わんばかりに、あっさりと残酷な末路へと辿り着いた。
 ある夜。男が娘に家の破綻を打ち明けると、娘は静かに「そう」とだけ言った。暗がりの部屋で唯一灯された蝋燭。その橙色の明かりの中、古びた絵本の一ページをふと見ると、娘に与えた本に頻繁に登場する、ガス灯と石畳の町並みが描かれていた。
 きっかけとは、どんな時だろうと、どんな状況だろうと、どんな所にいようと、決まって些細なもの。男は娘の解放を決意し、我が身と財産を擲って、娘のための町並みを造り上げた。
 そのうち、屋敷のどこもかしこもが騒々しかった日々に一応の収束が見られ、息つく暇もなく蜘蛛の子を散らしたように人が居なくなった。かつてあらゆる香りがごった返した、あの町並みも、水を打ったようになってしまった。
 娘の願いが何だったのかは分からないが、男が独り思い描いたそれは、早々に砕け散ったのだった。
 そうこうするうちに訪れた、あの日。濃い霧の立ち込める冷たい夜の中、取り付く島もなくした幼い娘が、ガス灯と石畳の通りを歩いていると、ずっと遠くに父親の背中を見つけた。
 必死の呼び掛けにも悲鳴にも、捨て鉢気味の怒号にも応答がなかった。娘は唖然として立ち尽くし、ただただ橙色の光の中に影を落とした。
 それからもう、五年が経とうとしていた。

 ──娘は、そんな通りを今日もまた歩く。昼日中はずっと寂れているけれど、夜になるとどういうわけか光を灯す、ガス灯が照らす石畳の通りでのことだ。……わたしには昔と変わらない姿に見える、と、何度も反芻していた。
 彼女の手の中に一輪の花があった。それを、彼女はそっと通りの端に置く。この手向けの行いの裏では、絶えず、いつか帰ると信じた、大切な家族のことを思っていた。
 合わせた手のひらはたいそう煤けて、また身体中はぼろぼろになってしまっていた。きっと、そう遠くない未来に自分もまた命を落とすだろう。それでも自分ができることはこれくらいしかないと呟き、彼女は独りここに残り、毎日のように祈りを捧げた。
 その様子を通りの真向かいから見ていた暗い瞳の男は、ようやく娘の本当の願いを知ったのだった。
 彼はもはや彼女の傍に行くことができない。この願いの叶わないことの悲哀を、娘が先に知ってしまった。なぜもっと早く気が付かなかったのか。そう思って、彼は呆然と立ち尽くした。
 やがて朝陽が昇り、娘の前からガス灯が消える。そして彼女は、明日の来訪を今日もまた誓った。
お疲れ様でした♪
HP(→http://kyunote.blog.fc2.com/)にて
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