いい子でも悪い子でもなくて
むかしむかしあるところに、ルウと言う男の子が住んでいました。
男の子は、お父さんと、お母さんと、おじいちゃんと、おばあちゃんといっしょに暮らしていました。
ルウは毎日みんなのお手伝いをし、学校での勉強も一番でした。だからルウは、とてもとてもいい子だったのです。
「いい子にしていたら、今週末鹿狩りに連れて行ってやるぞ」
お父さんがそう言ったから、ボクはうれしくなって「うん」と言って目をとじた。
「おやすみ」
お布団をかけなおしてくれた大きな手がボクの頭をガシガシとなでて、はなれた。
ボクはすぐに眠くなってしまって、気がついたら朝だった。
次の日からボクはいっぱいいいことをした。
お父さんがわったまきをいっしょうけんめい集めてはこんだ。お母さんにたのまれた水くみを何回もしたし、おばあちゃんの毛糸まきも手伝ったんだ。
それにおじいちゃんの魚つりに使うルアーもいっしょに作ったんだよ。
「お手伝いはもういいから、今日は町の友達と遊んでおいで」
やくそくの前の日、お父さんにそう言われてボクは「うん」とへんじして町へ出かけた。
本当は町には行きたくない。町の友達とは遊びたくない。
お父さんとお母さんとおばあちゃんとおじいちゃんのいるお家にいつもいたいけど、学校でお勉強しないのは悪い子だって知ってるから、ボクはお勉強もがんばるんだ。
「明日つれていってくれるの?」
ボクは楽しみでしかたなくって、がまんできなくて夜にお父さんに聞いたんだ。
そうしたらお父さんは怖い顔で、「悪い子だから駄目だ」と言った。
どうして? 僕がんばったのに。いい子だったのに、悪いことしなかったのに、どうしてダメなの?
ボクはお布団を頭からかぶるとしくしくと泣き出した。
「いい子にしていたら、今週末魚釣りに連れていってあげようね」
おじいちゃんがそう言ったから、ボクはうれしくなって「うん」と言って目をとじた。
「おやすみ」
お布団をかけなおしてくれたゴツゴツした手がボクの頭を優しくなでて、はなれた。
ボクはすぐに眠くなってしまって、気がついたら朝だった。
次の日からボクはいっぱいいいことをした。
お父さんがとってきた鹿をさばくお手伝いをしたり、お母さんが作ったお料理をはこんでならべた。おばあちゃんと一緒にあやとりをしてお話し相手になったり、おじいちゃんが取ってほしいと言ったひざかけもすぐわたしたんだよ。
「お手伝いはもういいから、今日は町の友達と遊んでおいで」
やくそくの前の日、おじいちゃんにそう言われてボクは「うん」とへんじして町へ出かけた。
町の友達はきらいだ。だってボクの事をバカにするんだもん。
ボクはお勉強もちゃんと出来るいい子なのに、「バカ」と言って石をなげてくるんだ。
でも、ボクはいい子だから悪いことはしないよ、ぜったいに。
「明日つれていってくれるの?」
ボクは楽しみでしかたなくって、がまんできなくて夜におじいちゃんに聞いたんだ。
そうしたらおじいちゃんはかなしそうな顔で、「悪い子だから駄目だ」と言った。
どうして? ボクがんばったのに。お父さんみたいにいい子だったのに、悪いことしなかったのに、どうしてダメなの?
ボクはお布団を頭からかぶるとしくしくと泣き出した。
「いい子にしていたら、今週末はパイを焼くわね」
お母さんがそう言ったから、ボクはうれしくなって「うん」と言って目をとじた。
「おやすみなさい」
お布団をかけなおしてくれたやわらかい手がボクの頭をゆっくりとなでて、はなれた。
ボクはすぐに眠くなってしまって、気がついたら朝だった。
次の日からボクはいっぱいいいことをした。
お父さんがたがやした畑にタネをまいたし、お母さんといっしょにせんたく物をほした。
おばあちゃんの肩をたたいてあげて、おじいちゃんの足をもんであげたんだ。
「お手伝いはもういいから、今日は町の友達と遊んでおいで」
やくそくの前の日、お母さんにそう言われて、ボクは「うん」とへんじして町へ出かけた。
このあいだボクに石をなげてきた男の子が、ボクの顔を見てあわててどこかへいっちゃった。なぜだかわからないけど、ボクはうれしくなってこれからもいいことをすることにしたんだ。
本当はちょっといやだけど、いいことをしないとやくそくを守れないから、ボクはがんばっていいことをするんだ。
「明日パイをやいてくれるの?」
ボクは楽しみでしかたなくって、がまんできなくて夜にお母さんに聞いたんだ。
そうしたらお母さんは泣き顔で、「悪い子だから駄目よ」と言った。
どうして? ボクがんばったのに。おじいちゃんみたいにいい子だったのに、悪いことしなかったのに、どうしてダメなの?
ボクはお布団を頭からかぶるとしくしくと泣き出した。
「いい子にしていたら、今週末から帽子を編んであげようかね」
おばあちゃんがそう言ったから、ボクは目をぎゅっとつぶって「いやだ」と言った。
「どうしてだい?」
びっくりしたおばあちゃんがカサカサの手でボクの頭をなでた。
ボクは悲しくなってしくしくと泣き出してしまった。
「だって、お父さんもおじいちゃんもお母さんも、ボクいい子だったのにやくそくを守ってくれなかったんだ。ボク悪いことしなかったのに」
「そうかい、そうかい。悪いことしなかったんだね? 坊は頑張っていい子でいたんだね?」
「そうだよ! それなのにみんなウソつきだ! ウソは悪いことなのに、みんなウソをついて悪い子だ!」
ボクはお布団を頭からかぶると、悲しくて悲しくて涙がどんどんあふれてくる。
「そうかい、そうかい。ならばぁは約束しないよ。今すぐにでも帽子を編んであげようね」
「ほんとうに?」
ボクはお布団から頭を出すと、おばあちゃんを見る。
「もちろんだよ。ばぁは坊がいい子でも悪い子でも大好きだからね、帽子を編んであげたいんだよ」
「ほんとうに?」
「もちろん本当だよ。約束さ。ああ、約束は嫌なんだよね」
ボクの顔を見ておばあちゃんそう言って笑うと、お布団をしっかりとかけなおしてくれる。そしてカサカサの手がボクの頭をゆっくりとなでて、はなれた。
「おやすみ」
ボクはすぐに眠くなってしまって、気がついたら朝だった。
次の日からボクは何もしなかった。
お話ししたとおりにおばあちゃんはボクのぼうしをあみはじめた。
ボクはうれしくってずうっとおばあちゃんのそばにいた。
お父さんにもお母さんにもおじいちゃんにも学校へ行きなさいと怒られたけど、悪い子でもいいと言ってくれたおばあちゃんのそばにいればだいじょうぶ。
だって本当は町には行きたくないんだ。
だって町の友達は、ボクが大好きなお父さんのことぼうりょくおやじってバカにするから。
だって町の友達は、ボクが大好きなおじいちゃんのことごくつぶしってバカにするから。
だって町の友達は、ボクが大好きなお母さんのこといんらんおんなってバカにするから。
だって町の友達は、ボクが大好きなおばあちゃんのことせっきょうばばぁってバカにするから。
だから、ボクはいつもいいことをしてたんだ。
町へ行ってボクたちをバカにする友達にはお父さんがお母さんにするみたいに。おじいちゃんがおばあちゃんにするみたいに、ぱーでたたいてつまさきでけっとばしたんだ。
だってお父さんはいい子だから悪いことなんてしないもん。だからお母さんにしていることはいいことなんでしょう?
だっておじいちゃんはいい子だから悪いことなんてしないもん。だからおばあちゃんにしていることはいいことなんでしょう?
でも、なんでかな? そのいいことをするたびに本当はイヤだったんだ。
でも、いいことをしないといいこじゃなくて、やくそくを守れないからボクがんばってたたいてけったんだよ。
それなのに、やくそくを守ってくれなかったお父さんとおじいちゃんとお母さんは、もしかして悪い子なのかな?
だったらお父さんがお母さんにしていることも、おじいちゃんがおばあちゃんにしていることも、もしかして悪いことなの?
よく、わからないや。
でも、おばあちゃんがいい子でも悪い子でも大好きだよって言ってくれるから、もう気にしないことにしたんだ。
がんばるひつようないよって。そのままのボクでいいよっておばあちゃんが言ってくれるから、ボクはおばあちゃんのとなりでゴロゴロと丸くなる。
でも、明日はお父さんと鹿狩りに行くんだ。そして明後日はおじいちゃんと魚つりに行くんだよ。
その次の日はおばあちゃんがあんでくれたぼうしをかぶって、お母さんとりんごつみに行ってパイをやくんだ。
すごく楽しみだ。イヤな町に行くよりずっと楽しい。
「ルウー、薪を運んでくれるかー?」
「はーい!」
ボクは元気よくへんじをすると、お父さんの所へ走っていく。
ニコニコと笑っているお父さんが、大きな手でボクの頭をガシガシとなでる。
「ルウは優しい子だな」
お父さんもおじいちゃんもお母さんもおばあちゃんも、ボクの事をさいきん優しい子だねっていうんだ。
それでね、そう言われると、なんだかくすぐったくて、でも心がすごくあたたかくなるんだ。
いい子だね、って言われるよりずっといい。
だからボクはいい子でも悪い子でもなくて、優しい子になることにしたんだよ。
そうしたら、町に出ても石をなげられなくなったんだ。ふしぎだね?
だからボクはね、これからも優しい子でいようと思うんだ。
優しい子は、お父さんのお手伝いも、おじいちゃんのお手伝いも、お母さんのお手伝いも、おばあちゃんのお手伝いもするでしょ?
それに優しい子は、お友達をたたいたりけったりしないよね?
だからボクはね、これからもずぅっと、いい子でも悪い子でもなくて優しい子でいようと思うんだ!
おわり