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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編?

うなぎの国

作者: 稲荷竜

 うらぶれた酒場。

 客は年若い男性が多い。


 人種は人間、エルフ、ドワーフなど様々だが、人間が多い。

 服装から、主な客層が商売人や奉公人など町民であることがうかがえる。


 ガヤガヤとうるさい店内。

 小間使いが行ったり来たりしている。


 店の隅。

 二人の男が丸いテーブルを挟んで向かい合っている。


 片方の男は大柄で、ハゲ頭に片目に傷と、カタギに見えない雰囲気の人間。

 もう片方はどことなく軽そうな雰囲気の、金髪碧眼のトガリ耳――エルフだ。


 テーブルには『ウナギの蒲焼き』と『サケ』が二人ぶん、あった。

 このツマミと酒は、この国の伝統料理だ。



「お疲れ」

「ああ、今日もお疲れ」



 二人の男は陶器のグラスを軽くぶつけ合う。

 エルフの男が『サケ』を一杯飲みほし、言う。



「しかし、変わった酒、変わったツマミ、変わった文化だ」

「ん? ああ、そうか、お前はこの国に来てからまだそれほど経っちゃいねえんだったな」

「うむ。私はずっと北方の『森』にいたものでな。こんな国があったこと自体、最近知った」

「独立してからまだ……五、六十年だったかな。俺のオヤジが独立戦争にかかわったぐらいだから、まだまだ新しい国さ」

「百年前にも来たことはあったが、このような酒やツマミができる風土ではなかった気がする。それがどうしてこうなったのか、少々興味があるな。そもそも――この『ウナギ』というのはなんなのか、さっぱりわからん」



 エルフの男、『ウナギの蒲焼き』をながめる。

 そこに突如、横のテーブルで一人『サケ』を呑んでいた年寄りが現れた。



「おやおや、『ウナギ』のことを知らんとは……兄さんがたや、あのすさまじき独立戦争をご存じないのかね?」



 白髪頭の年寄りはしわがれた声で言う。

 背が高く体つきもがっしりしているが、目にはどことなく卑屈な色があった。

 ハゲ頭の男が、年寄りにたずねる。



「じいさん、戦争経験者なのかい?」

「そりゃア、経験者も経験者……今じゃあこの国にお仕えしとりますが、以前はこの国と戦った軍団の将軍だったんじゃよ」



 ハゲ頭の男は眉根を寄せた。

 が、『よくあること』だと考え直す。


 もちろん、『元将軍が酒場でツマミもたのまずサケを呑んでいること』が『よくある』のではない。

『酒場で老人が自分の過去を盛って話すこと』が『よくある』ということだ。


 酒場での自慢話は、そいつが『将軍』を名乗るなら、真実は『小隊長』ぐらいだったと思って聞くのがルールのようなものだ。

 だから、いちいち『ありえない』などと突っ込むのは『野暮』とされる。


 ハゲ頭の男はテーブルから身を乗り出す。

 そして、笑顔で言う。



「それで『将軍様』、『ウナギ』と『戦争』にはどんな関係があるんだい?」

「……しかし、話してしまっていいものかのう……」

「おっ、こりゃあ失礼しました『将軍様』! ささ、『サケ』をどうぞ」

「ヘッヘッヘ……すまないねえ。それじゃあ、そうさなあ……この国をつくり、今はお隠れになった国王陛下が、『異世界転生者』だったというのはご存じかのう?」



 テーブルの男二人、顔を見合わせる。

 その『聞いたことがない』というようなリアクションに満足したように、老人は笑う。



「ワシものう、あの男――いやさ、初代国王のお言葉を、最初は疑ったもんじゃ。あの御方は最初、とかく不遜な男に見えてのう……実績もなく後ろ盾もなく、出自も怪しいのに口ばかりで……おっと、敵意があるわけでも、恨んでいるわけでもありませんぞ! 国王陛下、ばんざい!」



 老人は急に大声で叫んだ。

 酒場の喧噪はいっとき止まって、客や店員の視線が老人に集まる。


 だがそれも一瞬だ。

 なにごともなかったかのように喧噪は戻り、視線は散っていく。


 老人は笑う。

 その笑みにはどこか、狂気があった。

 ハゲ頭の男は、おののくように言う。



「おい、じいさん、急に大声出すなよ。びっくりするだろ」

「知らんかね? 今の『ばんざい』というのは――」

「知ってる、知ってる。この国ができてから始まった習慣なんだよな?」

「そうじゃ。ああ、素晴らしき建国の大王! ……かつてはつまらぬ意地で敵対を――いや、敵対しかけたこともあったが、あの御方に早々に膝を屈した過去のワシは間違っておらんかったと、今ならば確信を持って言える」

「……それで、『ウナギ』と『戦争』の関係は? 『蒲焼き』が冷める前に聞きてえんだが」

「うむ。実はのう、その初代大王は、異世界からいらっしゃったわけじゃが……彼の大王のいた世界では『ウナギ』が滅びかけておったそうじゃ」

「はあ」

「そこで大王は、『さる力』を神より賜り、この世に生を受けなすった」

「その『力』っていうのは?」

「『敵対者をウナギに変える力』じゃな」

「は?」

「『敵対者をウナギに変える力』じゃ」



 繰り返されても意味がわからなかった。

 ハゲ頭の男は、目の前にある『ウナギの蒲焼き』――ウナギを開き、蒸したり焼いたりした料理をまじまじとながめる。



「……ウナギってえのは、この、この国の名産品の、俺たちのよく食う、コレだよな?」

「左様。……東の平原……今は湖となっておる場所で行われた建国最後の大戦は、そりゃアすさまじいもんじゃった……数十万の屈強な兵士たちが次々ウナギに変えられ、あたりはヌメヌメニョロニョロでまみれた……」

「……」

「その後、大王を畏れた諸国はこの国の独立を認め、大王亡きあとも繁殖を続けたウナギが、この国の名産となったわけじゃ」

「じいさん、その話が本当なら、俺らが毎日のように食う『ウナギ』ってえのは、元々……」



 ハゲ頭の男は、それ以上言えなかった。

 老人は笑う。

 肩を揺らして、卑屈に、笑い――



「――どうじゃ、面白かったかのう?」



 最後にニタリと口の端を歪めた。

 その顔を見て、ハゲ頭の男はようやく思い出す。


 ――これは酒場の与太話。

 自称『元将軍』の老人が語る物語でしかないのだ。


 それを認識し――

 ハゲ頭の男は笑う。



「おう。じいさん、なかなかやるじゃねえか。一瞬ヒヤリとしたぜ」

「そうじゃろうとも、そうじゃろうとも……けれどのう、大王の御業を実際に見たワシは、この程度の気分ではなかった……ああ、大王……畏るべき偉大なる御方……! ワシは生涯をあなた様のつくられたこの国に捧げ、この国の奴隷として生きていくことを誓っておりますぞ」



 老人の目には正気でない色が見えた。

 だからこそ、話を聞いていたハゲ頭の男も、エルフの男も、安堵を深くする。


 老人が正気でなければ――

 今の話の信憑性も下がるからだ。

 それでも今日は『ウナギの蒲焼き』を食べにくいが……


 二人の男が、なんとなく手を出しづらく感じ、『ウナギの蒲焼き』を見ていると――

 突如、酒場のドアが乱暴に開かれた。


 入ってきたのは、酒場に似合わぬ服装をした集団だった。

 おそらく、軍人だ。それもかなり身分の高いであろう、そして他国の所属であろう、軍人。


 そいつらは入口で酒場をキョロキョロ見回し――

 老人に目をとめた。



「アッカーソン様! 今日はここにいらしたのか!」



 ドカドカと仕立てのいい靴の音を響かせ、身なりがよくきちんと髪を整えた青年が老人に向かって歩いてくる。

 老人はうるさそうに眉をひそめ、



「なんじゃ、なんじゃ……ドカドカと。この国で、この、大王様の国で! 偉そうに靴音を響かせるんじゃアない! ウナギにされるぞ!」

「またその話ですか……いいですかアッカーソン様、人は、ウナギにはなりません」

「大戦も知らぬ若造が! ワシは見たんじゃ! この目で、部下が、部下が、ウナギに、ウナギに……! それを突き刺し、開いて、焼いて……! ワシが、ワシが、食べ……知らなかった! ワシはコレがウナギだと、知らなかったんじゃ!」

「……失礼、みなさま。こちらのご老人は戦争で少々精神をやられてしまったのです。お騒がせしたお詫びに本日の酒代は我々がもちますので、どうぞ引き続きお楽しみください」



 若者はそう言うと、老人を引きずるようにして出て行く。

 入れ替わりに、若者の引き連れていた者の一人が、酒場のカウンターに金が入っているであろう革袋を置き、一礼して去っていった。

 あとには『おごり』に喜ぶ客たちの喧噪と――



「……」

「…………」



 老人の話が真実か嘘かわからなくなり、目の前の『ウナギの蒲焼き』をジッとながめる、ハゲ頭の男と、エルフの男の沈黙が残された。

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