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★ 四つ葉のクローバー
河原の遊歩道の上にタバコの煙が上がっている。
生い茂る木の葉を揺らす薫風が、凌一の吐き出すそれをかき消すように一吹きした。

「なんとまあ集中しきれてないこと。得意のトラップびしっと決めてみろよ」

凌一の見下ろす先には、橋げたで壁打ちをする賢悟の姿。
そしてその賢悟はというと、何となくボールをもてあましている。物思いに更けっている様子だ。

父親を含めての話し合いで、今これといって希望がないのであれば、大学に進むことを進めると言われた賢悟。
学校側にも早々に申し出る必要があるため、一日でも早く志望校を決めろということだった。

進学してサッカーをやることも選択肢としては充分に「あり」なのだが、でもやっぱり、何か今一つ乗り切れない。
この気持ちは何なのだろうか。


「あいつ意外とメンタル弱いもんなあ」
凌一はタバコを吸い終えるとガードレールにまたがった。そして体をゆらゆらと前後に振りながら、引き続き賢悟の個人練習を見学した。

凌一に気付かない賢悟は、惰性なのか払拭なのか、足の動くままにボールを蹴っていた。
自分のポジションなど忘れている。求められている課題よりも、体に染みついているゴールの狙い撃ちを半ば流れ作業のように繰り返している。

凌一はしばらくの間、そんな賢悟を見守っていた。

間もなくして、壁からの返球を高く蹴り上げた賢悟が、遊歩道の凌一に気付いた。

「よーい、全然身が入ってないねえ、上代くーん」
ひらひらと手を振る凌一の姿に、賢悟は眉を曇らせる。
「またあんたか。ストーカーかよ……」
「まあそう邪険にするなって」

凌一は河原に下りた。そして「よっこらせー」という掛け声とともに、賢悟のそばに腰を下ろす。
そして賢悟には視線を向けず、周りの草花にきょろきょろと目をやりながら言った。
「どんな時も気持ちぐらつかせるなって。ピッチでぶれたりするなよ」

賢悟は左足でボールを止めると、四つ葉のクローバーを探し始めたらしい凌一を睨んだ。

「だったらなんでだよ」
「ん? なんで?」
「なんでオレにあんなこと言うんだよ」
「あんなこと? ああ……俺と温子が兄妹だって話し? だってお前さん、誤解してただろ」

顔を上げた凌一は、意地悪げな笑みを向けた。

「誤解もくそも、兄妹だってあり得ねーだろ……普通」
「そんなことないって。日本がスキンシップに薄いんだって。俺は別にお前とだって抱き合えるしキスできるぞい」

「それ以上近づくなよ……近づいたらコロス」
賢悟は毛を逆立てるようにして後ずさりした。

何となく気づまりになった賢悟は、ボールをバッグにしまった。そして「お? もう終わりか」という凌一をしかとし、給水する。

賢悟が荷物をごそごそとやっていると、凌一はその横でごろりと寝転がった。
「ねえ。ちょっと座れば、上代」
「あ? いーよ」
「例のことなんだけどさ、温子には近いうちに話すつもりでいるよ……」

手を止めた賢悟を見ると目玉だけをひょいと賢悟に照準し、凌一はにっこりと笑った。
賢悟はそんな凌一に毒気を抜かれ、顔は渋面のままに、凌一の少し前を位置取って座った。

「いずれ分かることだし、何よりも本人が知りたがってるしな」
「……」
賢悟は、先日の温彩の様子を思い起こした。どこか思い詰めたような何かを決意したような顔。
そして、もどかしげな瞳。

「なんだったら話しとこうか? 俺たちの背景事情とか」
「いやいらねー。あいつの知らねえことなんて気が乗らねえ」
「ま、おのずと耳に入るわな」

続けて「愛し合ってるねえ」と凌一に茶化され、賢悟は「バカか!」と返した。

「つか、そもそもあんたここに何しに来たんだよっ」

「まあまあ、そう怒るなって。そう、ほんとの本題は別の話し」
「だったら最初からそれ話せ! マジでなんだよっ」

調子を狂わされっぱなしの賢悟は座っているのが苦痛になり、そわそわとし始めた。

「だからそういきむなってば。んじゃ単直に言うよ。俺、お前のサッカー好きなんだよね……」

やはりなんかキモイ――賢悟は凌一を振り返りながら肩を引いた。するとそのタイミングで寝転がっていた凌一ががばりと身を起こす。
それに驚き、賢悟は思わず後ずさった。

「部活監督としてふさわしい発言じゃないかもしれないんだけどさ、俺は学校とか部活とか全部抜きにして、上代のサッカーを特別視してるんだ」
「……特別視?」
「うん」
そして、だからこそ温子のことも話したんだよ、と付け加える。

ますます混乱する賢悟は、再び草で手遊びを始めた凌一から少し距離を取って向き合った。
「それとこれとどう関係があんだよ」
「色ーんなことが関係あーんの。お前さんをDFに回しのだって、ただの戦略ってだけじゃないんだ」
「は? 何それ。イラつくから分かるように話せ」

じゃないと帰るぞと言わんばかりに、賢悟はバッグを掴むと自分の膝元に引き寄せた。

しかし凌一はマイペースだ。不揃いのシロツメグサをポンポンと弾きながらゆっくりと口を開く。

「その前に聞きたいんだけど……上代はどう感じた? 今の位置ポジションに立ってみて」

「つか、こっちがどう思ってるか聞きてえんなら、監督としてのあんたの方向性について先に問いたいね」
賢悟は正面から凌一を刺した。

「あんたの言うこともやることも、いちいち全部意味分かんなくて振りまわされ通しなんだよ」

「……上代って普段無口なくせに、一旦口開くと恐ろしいな……」
凌一も真っ直ぐ賢悟を見たまま苦笑いした。

「ていうかさ、じゃあ改めて聞くけど、お前さん自身はこの先どうしたいんだ?」

「また質問か……」

賢悟は顔をしかめた。凌一にもだが、その類の質問にも辟易する。
それが分かれば苦労はしない。

「だったらこれだけ聞くよ。上代……今の環境でサッカーやってて、お前さん窮屈に感じたりすることない?」

「は?」
賢悟は変な質問するなと思う。
「どういうことだよ」

2人の間に横風が吹いた。

河原に凌一のパーマ頭がふわりと泳ぐ。
「聞き返してばかりだな、上代。自分のことくらいちゃんと把握しとけ。そうじゃないと後悔するぞ?」

そう言って、いつになく力強い表情を見せる凌一。

「ちょっとさ、これからついて来ない? いいもの見せてやるよ」

そう言うと、いつの間にか摘み取っていた四つ葉のクローバーをポイと賢悟に手渡した。

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