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★‐other stories‐ ハナちゃん先輩
グランドの見渡せる校舎のへり。そこはすっかり八薙の指定席になっている。
ジャージを着て来てはいるものの、相変わらず練習に参加しようとはしない。
「ったく感じ悪いなアイツ」
大山をはじめ、新二年生のメンバーは憤然としている。高校での初めての後輩がのっけからあんな態度では無理もない。おまけにつかず離れずで高みの見物を決め込まれているのだから、やりにくくて仕方がなかった。
もちろん、マネージャーにとっても悩みの種だ。
「高下監督は何て言ってるんですかぁ?」
「好きにさせとけば、だって」
「う~むむ」
「正式な入部どころかまだ入学もしてないわけだし、強制はできなかったりするのよね」
部員達の精神面への影響を懸念し、温彩とハナも八薙のことが気がかりでならなかった。
「面倒なことにならなければいいね」
「ですよねぇ」

そんな日が続いていたある日のこと。
年度変わりの雑用で忙しいマネージャーは、春休みの間にスケジュールを詰め、練習の開始よりも早い時間に登校していた。
「うわー大変!菅波先輩もう来てる頃だぁ~」
出足の遅れたハナは、スポーツバッグに体が埋もれそうになりながらも、わっせわっせと道を急いでいた。
ハナの通学ルートは温彩たちとは逆だった。校舎側ではなくグランド側を外壁に沿って登校してくる。
その外壁の一部分に、フェンスになっているところがあるのだが、沖が在籍していた頃は、そこは他校の生徒で溢れていた。要するに、グランドが覗き見できるのだ。
春休みのせいもあり、最近はがらんとしている。しかし運動部ファンやライバル校の偵察隊などで、再び賑やかになる日も遠くはないだろう。週が明ければ新学期だ。

ハナはフェンス前に差し掛かかった。すると、今は静かなはずのそこに人影があった。
襟を立てたジャージの上下に、黒いトレーニングシューズを履いている。
「あれれ、八薙くん?」
八薙はフェンスに手をついたまま、静かにハナの方へ顔を向けた。

グランドを見ていたようだ。
フェンスの周辺は木立になっていて、その影でよく顔が見えない。しかし、無表情であるということは分かる。何とも言えない、いつも練習を見ている時のあの顔だ。

八薙の表情は常に氷のようだった。ハナにとって一番扱いづらいタイプだ。愚直で感情豊かな大山とはまるで正反対。何を考えているのかさっぱり分からない。
だからと言って、知らん振りで通り過ぎることはできなかった。部員をうまくまとめるのもマネージャーの仕事のうち。
ハナは足を止め、腫れ物に触るような接し方になっていないかと気にしながら、思い切って話しかけた。

「サッカー部の練習なら午後からだよ?」
「ええ、知ってます」
「今日はここから見学するつもり?」
「いいえ」
無視されるかと思ったが、意外にも八薙は素直に返答した。
しかも氷の表情を溶かし、
「ちゃんとグランドに行かせてもらいますよ、ハナちゃん先輩」
そう言ってニッコリと笑って見せた。

八薙が無防備に破顔したことにもだが、自分の名前を記憶していることにハナは驚いた。
「ハナの名前知ってたんだ?」
「はい」
そして再び笑う。

普段は誰が話しかけても八薙は口を開かなかった。曖昧な表情でただ受け流すのみ。
高下や温彩が話しかけても同じだった。なのにこんなにあっさりと八薙が受け答えをするなんて、誰が想像できるだろう。

「ねえ、八薙くんさぁ」
「はい」
「見てるだけじゃなくてさ、練習に加わりなよ」
背が小さいからなのだが、どんな場合でも大体ハナは上目遣いだ。自分よりも幾分も上の八薙の顔を、下からじろりと見やる。

八薙のやわらかそうな髪が、木立に差し込む陽で光っている。
同時にハナの明るい色の髪も太陽を浴びて輝いていた。「髪きれいだし、長いのも似合うんじゃない?」大山にそう言われて、最近少し髪を伸ばし始めた。レイヤーを弱め、顎下で切りそろえたボブのラインが風に揺れる。

「ハナちゃん先輩が言うならそうします」
「へ?」
「ハナちゃん先輩がやれって言うならいいですよ、練習に参加しても」
予想外だった。あまりのあっさりとした展開に、ハナはきょとんとした。
「やけに素直じゃない。なんで?」
「なんでって、仰せの通りにって言ってるんですよ。ハナちゃん先輩?」

もしかしてからかってる……?そう思い、ハナは憮然とした。小さいからといって後輩になめられるのは心外だ。
今度は勢威を張って八薙を見上げた。ちょっと自分が美形だからって、あまり見くびらないでもらいたい。
「さっきからハナちゃん先輩ハナちゃん先輩って、勝手にちゃん呼びするのやめてくれない?」
「じゃあ何て?」
「何てって、普通に‘マネージャー’でいいよ、マネージャーで!橘っていう苗字だってあるんだからさっ」

八薙は小さく吹き出した。
「そろそろ行きましょうか……」
そしてハナを先導するように、ふわりと背を返した。
「ちょっと聞いてるのぉー!」
「いいんですか、いつまでもこんなところで油売ってて。この期忙しいんでしょう」
すでに校門に向かい歩き始めている八薙。

「そ、そうだった!」
ハナの顔が一気に青ざめる。
「今何時っ!?」
「十一時を少し過ぎたところです」
「きゃーやばい~!走らなきゃ~!」
「じゃあ僕も付き合います」

木立の横を抜け、学校を左手に壁沿いを走った。ハナは猛ダッシュ、八薙は余裕でそれに同行した。
「重そうですね荷物。よければ持ちますよ」
子供を見るような目でハナを見下ろす八薙。
「余計なお世話っ」
大きなスポーツバッグは、ハナの走行を邪魔するように左右に大きく揺れている。

「こんなときに無理しなくても……ハナちゃん先輩ってかわいいですね」
「んなっ!!年下のくせに生意気だよっ!それにまたハナちゃん先輩って言ったぁ~!」
ハナは上がる息を抑えつつ、顔色一つ変えずに横を走る八薙に拳を振った。

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