(‥あれ)
「きょう木谷やすみだよ〜」
教室の扉を開けて、右足を入れるか入れないか、そんなタイミングで声をかけられた。
「ああ、そう」
あたしはいかにも 関係ないし という素振りで返事をした。
毎日、あたしの周りで小型犬のようにキャンキャンと騒ぐあいつが、今日はいない。
「風邪だってー最近寒くなったもんねー」
(バカは風邪ひかないって言うのに‥)
病人に対してひどく失礼な考えがあたしの頭を巡っていると、教室中から にやにやとなんともいやな視線を感じた。
「さみしい?」
「なんであたしがっ!」
さみしがったりしないといけないの!
毎日まいにち飽きもせずあたしの周りをうろつくあいつを、うっとうしいとしか思ってないのに。
毎日まいにち飽きもせずあたしのことをすきだと言ってくるあいつに、心動かされたりなんかしていないもの。
ただ、いつもよりひどく静かなあたしの周りを、すこし物足りなく感じるぐらいなだけで。
「おっはよー!!」
その声は教室の戸を開けると同時に、あたしの元へと届く。
あたしが戸を開くと必ず立っているあいつ。
(なんで分かんのかな‥‥)
あたしが「おはよう」と軽く受け流して、自分の席へと急ぐと、あいつは一昨日と同じようにあたしの後ろをついてきた。
机のふちに手をかけて顔をのぞかせる姿は、ほんとうに ごはんを待つ犬のようだ。
「なに笑ってんの」
いつもより割り増しな笑顔が気に入らなくて、尋ねてみた。あたしはすぐに尋ねなければ良かったと思った。
「きのう おれが休みでさみしかった?」
「そんなこと あるわけないじゃん」
「うそだねっ!」
彼は嬉しそうに自分の携帯電話をとりだして、何か見つけるとあたしに画面を見せつけた。
「クラス中から、さみしがってるって画像つきメールがっ!」
あたしは顔中の血がさあっとひくのを感じて、頭の中が真っ白になった。
だけど それも一瞬。
すぐに血が戻ってきて、必要以上に頬を染めた。
「なにこれっ!!」
思った以上に大きな声がでて、気づけば自分の席から立ち上がっていた。
教室の中を見回すと、昨日よりも質の悪いにやにやがそこらじゅうに浮かんでいて、あたしはものすごく居心地が悪かった。
「これ見てすんごい熱あがって大変だったんだから! でもそのあと恐ろしいぐらいすぐ下がって、今に至るってワケ! 愛の力だね」
「なに言ってんのっ!」
病み上がりの彼が、そうとは思えないような満面の笑みを浮かべてあたしを見ている。
あたしにはもううまく言葉を返せる余裕はなく、ただ彼を一喝してクラス中のにやにやに耐えるしかなかった。
今日もまた 騒々しい一日が始まる。
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