「阿部ちゃんて、いつもカレーだよね」
社員食堂の窓際で、一人カレーを食べていると、テーブルの向かいに同僚の香奈子が無造作に座った。盛大な音を立て椅子を引き、ドサッと座ると「あー疲れた」といつもの口癖を言う。
香奈子の肩を揉み解す仕草から目を離し、置かれたトレーを見やると、そこにもやはり【B定食】のカレーが乗っていた。【B】と言う主役に成り切れない中途半端さがいけないのか、ここのカレーは安くて、不味い。「高いよりはマシだろう」と言われれば頷くしかないけれど、「それにしてもさ」と言いたくなる不味さを誇っている。
だからカレーを食べる社員たちは皆、厨房に見えにくい窓側に寄り、思い思いの香辛料を入れ混ぜるのだ。甘党の私は持参のハチミツ、辛党の香奈子はうどん用の七味を持ってきておもむろにかける。
「ねぇ、そう言えばさ、気になってたんだけど」
七味入りカレーを不味そうに食べる香奈子は、もぐもぐと口を動かしながら、スプーンで私の事を指した。
「何で阿部ちゃんのスプーン、プラスチックなの」
そう言われて、改めて右手に握るウサギの描かれたピンク色のスプーンを見ると、「何でだろう」と疑問が湧いた。私はカレーを食べる時、必ずプラスチックのスプーンを持参し、食べる。
「わかんない、昔からそうだからさ。うちの家族みんなプラスチックだし。カレーはこのウサギのミミちゃんスプーンって決まってるんだ」
私が誇らしげに言うと「ちょっと、もう二十代後半なんだから、そう言うラブリーな言い方止めてよ」と香奈子は非難した。
「まぁでも私も分かる気がする。うちもカツ丼食べるとき必ず割り箸だったし、カレーは必ず激辛だったな。なんて言うか、家庭の風習みたいのってあるよね。譲れないって言うかさ」
カレーを食べ終えると二人分の食器と重ねた。私たちは席を立ち、私はスプーンとハチミツをバッグに、香奈子は七味を調味料置き場に戻した。
入り口付近の返却口でおばちゃんの前に立ち、ふと「この味はおばちゃんの家庭の味なのだろうか」と思った。振り返れば食堂内にはまだ少し食事をしている人達がいる。きっとこの人たちにも、それぞれの家庭の風習とか、味とかそういうものがあるんだろうな、と思い嬉しくなった。
「ねぇ明日から連休だから飲みに誘おうかと思ってたんだけど、今日の夜旦那と実家に帰っちゃうんでしょう?」
香奈子が問いかけてくると同時に、バッグの中で携帯電話が震えた「ごめん、電話だ」私が表示画面を見て呟くと、香奈子が「じゃ、先戻るわ」と言って階段を上っていく。
私はミミちゃんスプーンの隣で【Calling 実家】と光る画面を見ながら、不意に今夜はカレーのような気がした。
(了)
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