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ケンプファー
作:弐番



刺客


高速道路を車が走る。
昼くらい。
出雲を出たその足で東京へ帰る。
絢子は運転をしている。
杉田は本を読んでいる。
藤四郎は爆睡している。
「センセーはどうして着いてらっしゃることにしたの?」
絢子が言った。
センセーとは杉田のことである。
厳密に言えば杉田は絢子の師匠ではない。
だが、絢子は杉田を「センセー」と呼ぶ事に決めた。
藤四郎が常に「師匠」と呼ぶからである。
別に対抗したわけじゃないわ―絢子は思った。

絢子の問いに杉田は答えた。
しかし、眼は本へ落としたままである。
「なに、藤四郎だけじゃ心配だからな。ははは。」
豪快な杉田の笑い声が車中に響く。
「それに、わしも久しぶりにしたかったんじゃよ。」
「なにをですの?」
絢子は言った。
「これじゃ。」
杉田は拳をつくり、平手にぶつけた。
パン―と乾いた音がする。
「喧嘩じゃ。」
どうやら杉田にしてみれば、この事件も「喧嘩」で片付けられてしまうらしい。
なんという根性の持ち主か。
豪傑という奴か。
「まぁ。」
絢子はあきれた。
藤四郎が聞いたなら何て言うかしら。
怒るかしら?
でも、あいつのことだから
(師匠らしいお言葉です)
なんて言い出すに違いないわ。
考えるのをやめて、運転に集中しましょう。

(がぁ!)
なんだ...?
(ぎゃあ!)
なんだこの叫び声...!
誰が叫んでいる?
(お前のせいだ!)
僕?何の話だ?
(お前が俺の脚を!)
僕が脚を折った?
待てよ。
ああ、分かったぞ。
僕が倒してきた相手だな。
ふっ、脚を折られた?
馬鹿を言うなよ。
お前が折らせたんだろ?
お前が僕に刃を向けたから。
お前が僕に殴りかかってきたから。
僕はお前を倒した。
仕方ないだろ...
(そう思うか?)
どういう意味だ?
(お前は俺達を倒すときに、悦びを感じていた)
う、嘘だ!
(紅い悦びを!)
「嘘だっ!」
藤四郎は叫んだ。
同時に目を覚ました。
夢か。
車中に声が響いた。
藤四郎の中にも声が響いていた。


「どうしたの、藤四郎?」
絢子が言った。
「少し、夢がおかしかった。」
「夢?」
「僕が倒した相手が夢に出てきて言うんだ。『お前は暴力に悦びを感じてる』って。」
「え?」
「おかしいよな。僕が悦びを感じてるなんて」
「...」
「ハ、ハハハ。」
無理な笑い声が口から漏れた。
本当にないと言いきれるか―藤四郎は確信を持てなかった。
気まずい沈黙が流れていた。
「例え、悦びを感じていたとしても」
杉田が口を挟む。
しかし、視線は窓の外だ。
「それを求めなければ良いだろう。」
優しい口調で語りかける。
「もしもお前が悦びの為だけに人を傷つけるのなら。」
杉田はため息混じりに
「わしはお前を滅ぼす。それも師の務めであろう。」
と言った。
藤四郎よりも自分に言い聞かせているようであった。
武術家は技を習うと試したくなる性分にある。
試せば誰かが怪我をする。
分かっていて試したくなる。
藤四郎も。
かつてのわしがそうだったように―杉田は思った。

「藤四郎、悩め。悩んで悩みぬけ。」
杉田は言った。
「・・・」
「悩んでこそ、人は成長できるもの。しかし、悩んでも迷うな。」
「迷う、ですか。」
「迷いがあっては、人は勝てぬ。」
「はい...」
「今のお前ではいずれか滅びる。それが相手が格下であろうとな。」
「...」
「迷いがお前の挙動をコンマ何秒遅らせ、お前を負けに追い込む。」
「負け...」
「簡単に克服できる問題ではないぞ。」
「はい。」

自分は迷っている、その事実だけが藤四郎を苛んでいた。
あれは夢だ。
僕の作り出した夢だ。
でも、
いや
だからこそ、僕は苦しい。
心のどこかで、
頭のどこかで、
体のどこかで、
意識のどこかで、
僕は"赤い悦び”を感じていたのかもしれない。
それを越える事は出来るか。
藤四郎は悩み続けた。

「到着よ。」
絢子が言った。
絢子の自宅の前である。
次々に車から降りる。
家を見て、
「うひゃー。デカイな、これは。」
と杉田が笑う。
藤四郎も辺りを見回す。
「藤四郎、おい、藤四郎。」
杉田がささやいた。
「はい、師匠。」
藤四郎もささやく。
「あれを見ろ。」
杉田は電柱を指差した。
良く見ると、電柱の後ろから影が伸びている。
「あれは、人ですね。」
藤四郎が言った。
「そうだろう。それに複数いるぞ。」
「さすが師匠。一瞬のうちで。」
「うむ。もしかしたらこちらに敵意を抱いて居るかもしれんぞ。」
「そうなると厄介ですね。」

杉田はすうっ、と息を吸い
「電柱の影に隠れているの!出て来い。」
と、叫んだ。

数人、屈強そうな男が陰から出て来た。
欧米人らしい。
一人しかいない。

「お前が藤四郎か。」
英語で欧米人が話しかけてきた。
「そうだ。」
藤四郎も英語で返す。
「お前らに忠告しておく。」
「忠告?」
「この件にこれ以上クビを突っ込まないほうがいい。」
「この件?なんのことだ。」
「お前らの事は調べがついている。」
そして絢子の方へ向き
「絢子お嬢様、おいたが過ぎますぞ。」
と言った。

お嬢様?
そう呼ぶって事は、間違いなくコイツは叔父の手下ね。
よりによって、もう調査に入っていたとは。
もしかして、常に監視されていたのかしら...
いずれにしろ、おもしろくないわ―絢子は思った。

「首を突っ込むな、だって?」
「そうだ。」
「妹の命がかかってんだぞ。僕の大事な妹がな。」
「妹?」
「ああ、妹だよ。殺すぞ白ブタ野郎。」
「ハハハハハハハ!」
欧米人が笑い出した。
「なにが可笑しい!」
「ハハハ。妹ってあの実験素材のことか。」

欧米人がそこまで言い終えたとき、藤四郎は走っていた。
欧米人の方へ向って、全速力で。

顔は狂気で歪んでいた。

杉田は見守るしか出来なかった。












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