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ケンプファー
作:弐番



再会


出雲に着いた。
そこから絢子は藤四郎の指示通りに車を走らせる。
段々と緑が深くなっていく。
緑青。
どこまでも緑青。
ある程度走ったところで、
「止めてくれ」
藤四郎が言った。
車は大きな長方形の建物の前に止まった。
箱としか例えようの無い建物である。
その“箱”の隣には一軒家がたたずんでいた。
純日本風の家屋。
表札には「杉田」と書かれていた。
あと犬小屋。
どれもが周りと程よい加減にマッチし、心地よいコントラストを奏でていた。
藤四郎は辺りをまんべんなく見回し、つぶやく。
「やっぱし、良いなぁ。」
うっとりとした表情の藤四郎に絢子は尋ねた。
「ここがそうね?」
「そう、僕の道場さ!」

絢子が道場に近づいた。
藤四郎は後に着いて行く。
犬小屋から犬が出て来た。
至極、当然のことだ。
犬は吠えた。
ワン
とも、
バウ
とも吠えた。
絢子を警戒しての事だった。
ちゃんと番犬の役目を果たしている。
訓練された犬のようであった。
藤四郎が犬に歩み寄った。
「ジャック、僕だよ。藤四郎だ。」
犬は吠え続けた。
だが、吠え方が違う。
嬉し吠えであった。
「よーし、よしよし!」
藤四郎は眼いっぱいジャックを撫でた。
ジャックも嬉しそうだった。
撫でられながらもジャックは吠えた。
「ジャック、どうしたの?」
家から誰か出て来た。
ジャックの鳴き声に気がついたのだろう。
品のよさそうな中年女性が出て来た。
「どちら様?」
中年女性が言った。
藤四郎は女性へ向けて
「女将さん!僕です、古谷藤四郎です!」
と叫んだ。
「まあ、藤四郎さん?何年ぶりかしら!」
「2年ぶりです。」
「今まで何していたの?」
「いや、僕大学生なんですけど...」
「そうでしたっけ?」
「そうです...」
「あら...」
気がついたのか、女将は絢子の方に眼をやった。
絢子はお辞儀した。
女将は微笑み返した。
「ところで、みなさんは?」
藤四郎は言った。
「今は休憩中じゃない?」
「そうですか。」
そう言うと一礼して藤四郎は道場の方へ歩いていった。

女将が絢子のほうへ近づく。
「ようこそ、出雲へ。」
「どうも。」
「藤四郎さんと知り合ってどれくらいなの?」
「まだ三日ですわ。」
「あら、随分と藤四郎さんも気が早いのね。」
「?」
「でも、良い人そうだし。安心したわ。」
「あの、何の話をなさってるんですか。」
一瞬の沈黙の後、女将は言った。
「え?結婚の話じゃないの?」
「まさか!」
「ごめんなさい。あの藤四郎さんが帰ってくるものだから。」
「よほどのことかと思ってのですね?」
「ええ。」
「笑えない冗談ですわ。」
笑えない冗談―絢子は自分の頭の中で繰り返した。

藤四郎が窓から道場を覗いた。
2年前と全く変わらない風景。
いや、多少、人数の入れ替わりもあるか。
それでも殆ど変わらなかった。
懐かしくなった。
こみ上げて来るものがある。
涙では無かった。
叫び声であった。
歓喜の叫び声を上げたかった。
窓を開けた。

一人がこちらを振り向いた。
「あ、藤四郎さんだ!」
全員が振り向いた。
「おかりなさい、藤四郎さん!」
「おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
口々に皆が『おかえり』と叫んだ。
藤四郎ははち切れんばかりの笑顔で
「おーう!」
と言った。
誰か近づいてきた。
師匠だ。
藤四郎を鍛えぬいた師匠だ。
師匠である杉田孝之助を見た。
「師匠、お久しぶりです。」
「藤四郎よ...この馬鹿弟子がぁ!」
杉田がゲンコツを繰り出す。
ゴン―という音がした。
「痛ってぇ!」
思わず声が出てしまう。
それを聞いて道場生は笑い出した。
杉田も笑い出した。
藤四郎も笑い出した。
笑いながらも
ひ、久しぶりに喰らうと痛いや―と思った。
「まあ、中に入れ。」
杉田は言った。
藤四郎は道場に久しぶりに入った。
足裏から伝わる床の冷たさが心地よかった。

道場に、杉田と藤四郎は向かい合って座した。
藤四郎の隣には絢子が、後ろには道場生達が座った。
「して、どんなようで帰ってきたんだ?」
杉田が切り出した。
「それがですね、なかなか複雑なことでして。」
「また、厄介ごとか!お前も懲りないのう。」
「いや、違いますから...」

絢子は杉田を見た。
これが藤四郎のお師匠様...
見た目は普通のおじさんじゃない。
それに藤四郎より身長が低いわ。
藤四郎より大分細いじゃない。
でも何故か「弱そう」って印象は受けない。
不思議な人物だわ。
つかみどころのないような。
まるで風のような人ね。
絢子は思った。


藤四郎は事のあらましを杉田に話した。
「うーん、そういうことか。」
「ええ、これで最後になるかもしれないと思い、別れの挨拶に。」
「一応聞いておこう、師の務めだからな。」
「・・・」
「本当に行くんだな。」
「行きます。妹を助けに往きます!」
「そうか...分かった。」
「覚悟の上です。」

絢子は藤四郎の顔をちらりと見た。
眼が燃えていた。
しかし、この間とは違った。
赤い炎が燃えている。
決意の炎が。

「ところで、藤四郎。」
杉田が言った。
「はい。」
「お前、ここに来る前に喧嘩したな?」
「どうしてそうお思いですか?」
「ジーンズに血がついておる。」
「え?」
「嘘じゃ。」
「・・・」
「はっはっは!だが、喧嘩は事実じゃな?」
「はい。」
「どうして喧嘩した?」
「空手を馬鹿にしたので。」
「見せしめか?」
「はい。広い意味で捉えれば。」
「そうか。どぶちのめした?」
「まあ、軽く間接技を...」
「いいえ。藤四郎は相手の顔面に容赦なく膝を叩き込んだんですのよ。」
「ほう!」
「ちょっと、絢子...」
「それに挑発に乗って倒れてる相手の顔面も蹴り飛ばしました。」
「ほう!!」
「ねえ、杉田様。そういうことをなさってよろしいんですの?」
「まあ、良いんじゃない?」
「へ?」
「若いうちは喧嘩しておけ!」
「ですよね、師匠。」
「ははは!そうだそうだ。」
「ですよねー。あはは。」

さすが師弟。変なところだけ似ているわ―絢子は思った。

「ところで、ぶちのめしたのはどんな奴だった?」
杉田が質問する。
「そうですね...」
バカ
とも
クズ
ともいえる男だった。
「強いて言うなら...」
言いかけた途端に外から声がした。
(トーシロー!!!!!)
男の声である。
藤四郎はこの声に聞き覚えがあった。
この間ぶちのめした不良の男。
たしか、名前はタケシだった。
「あんな奴です。」
また声がした。
(トーシロー!!!借りを返しに来たぞ!!!!)

藤四郎は考えた。
根性だけは立派な不良だな。
さて、
今度はどこを折ればいいのか。
肋骨か?
否、
脚か?
否。
ならば?
どこを折ればよいか?
決まっている。
心だ。
二度と歯向かって来ないようにしてやる。
立ち上がろうとした。
しかし、藤四郎が立ち上がるよりも早く、タケシの方へ歩いていった人物が居た。
杉田孝之助であった。

杉田はすたすたとタケシの方へ歩いていった。
サンダルをつっかけてすたすた、と。
まるで古くからの友人に「飲みに行こうや」と誘いに行くような足取りであった。
道場生たちが窓から杉田を見守る。
当然、藤四郎と絢子も。
「ねえ、止めなくて良いの?大丈夫?」
絢子は言った。
「お前師匠を信用してないのか?」
「そういう訳じゃないわ。でも、杉田さんもお年でしょ?」
「じじいだから弱い、そんなことはあの人に限って有り得ない。」
「どういうこと?」
「あの人は、老いたら老いたで強くなる事しか考えてない。」
「藤四郎そっくりね。」
「ま、じっくり見物と行くか。」
藤四郎の口の端は釣りあがっていた。
(うっわ、ワクワクが止まんねえ)


「じじい、誰だてめえ!ぶっ殺すぞ!」
杉田の存在に気がついたタケシは吠えた。
「わしか?わしは杉田孝之助。藤四郎の師匠じゃ。」
話しながらも杉田が歩みを止めることは無い。
「藤四郎の師匠...」
「おう、あの馬鹿弟子の師匠じゃ!」
「ち、近づくな。」
「どうした、ぶっ殺すんじゃなかったのか?」
ついに杉田の射程内にタケシが入った。
それでも杉田は歩みを止めない。
(近づきすぎでは?)
藤四郎は思った。
同時に
(しかしあの人のことだ。何かあるな)
とも思った。
「お前さん、相当ケガしておるな。」
杉田は言った。
「じじいには関係ないだろ!」
「退け。もう一回藤四郎とやれば、お前は確実に死ぬ。」
「うるせえんだよ!」
「退け。」
「うるせえっつってんだろ!」
タケシの声は引きつっていた。
杉田が動く。
一歩踏み込んだ。
たった一歩。
その刹那であった。
タケシが崩れ落ちた。
脚から崩れ落ちた。

「え、何が起きたの?!」
絢子が叫んだ。
「師匠、あの年で零距離打を覚えたのか。」
「どういうこと?」
「こういうことだ。」
藤四郎が大きく踏み込んだ。
「いいか、普通威力を出すには踏み込みがいるよな。」
「ええ。」
「そうやって一撃必殺の突きを繰り出すんだ。」
「ええ。」
「今、師匠がやったのは真逆のことだ。」
「え?」
「零距離から踏み込み突きと同じ威力を出す。」
「どうやって?」
「背中の筋肉と一歩の踏み込みだけで。」
「もうわかんないわ。」
「常人じゃ理解できるレベルじゃない。」
藤四郎は言い終えると、杉田の方に走っていった。

「師匠、大丈夫ですか。」
藤四郎が言った。
「おう。一応、あいつもアゴを突いただけだからな。」
「にしても、そのお年で寸勁とは。恐れ入ります。」
「はっはっは。上手くできてよかったわい。」
杉田の笑い声が響く。
(全く、この人はバケモンか。)
藤四郎は感じた。
「あー、話の続きだが。」
杉田は言った。

「わしも着いて行くぞ。一緒にお前の妹を助けようぞ。」

「え!?」
藤四郎は驚愕した。
「師匠、家族のある身じゃないですか!」
「関係ないわ。」
「いや、関係ないって...」
まさか予想通りとは―藤四郎は頭を抱えた。
「まあまあ、皆さんおそろいで。」
女将がやってきたのを見て、藤四郎は叫んだ。
「女将さん、師匠が旅に着いていくっていうんです!止めて下さい!」

「おい光子、ちょっと藤四郎の妹を助けに行って来るわい。」
杉田は笑いながら言った。
「分かりましたわ。言い出したら聞きませんものね。」
女将が言った。
「はっはっは。決まりじゃな。」
「そんなぁ...」
藤四郎は思った。
半端な戦闘をすれば殺される、と。
無論、師匠に。

遠巻きからことの始終を見ていた絢子は
楽しそうね。
と思った。
同時に少しうらやましくなった。
自分にもこういう人が居たら―

「よし、じゃあ早速行こうぞ!」
杉田が歩いていった。
後ろから二人が着いていく。
女将は三人を静かに見守った。
「ご無事で...」












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