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ケンプファー
作:弐番



駿順


恐怖心を抑えながら藤四郎は走った。
藤四郎も人の子である。
恐怖心くらいは持ち合わせていた。
ただ、人より我慢強いだけである。
持ち前の我慢強さで、恐怖を腹の底にしまい込むことが出来るのだ
それは、今日もまた然りである。
ただ、それには強靭な精神力が必要である。
ナイフを前にしながら平常心を装っていられるのも、精神力のお陰であった。
ただ、長い時間それを保っていられるかは自分でも分からなかった。

藤四郎は考えた。
走狗のように駆け回りながらも考えた。
相手も素人ではない。
物陰でこちらの様子を覗っているに違いない。
そして隙を見せた瞬間にナイフを投げる戦法であることはまず間違いなかった。
ナイフというのは、銃と違い、引き金を引けば弾が出るというわけではない。
ナイフは投げるまでに、多くの手順をふまなけばならないのだ。
だが、メリットもある。
発砲音で位置を特定される恐れがない。
他人に気づかれることもない。
ステルス性に優れた武器ではある。
ただ、使い辛いことこの上ないので好んで使用する者以外は持ち歩かないのが現状である。
それを承知で使うのは、熟練者か馬鹿な物好きだけである。
今回はそのもの好きであることを祈りながら走った。

パキン、という小枝を踏むような音が耳に入った。
走りながらも耳に入ってきた。
藤四郎の五感はそこまで研ぎ澄まされていたのである。
自分が踏んだ枝ではない。
おそらく、敵が踏んだのだ。
些細な、だが有力な音だった。
その方向に体を向け、転換させ、走り出す。
こちらが追えば、向こうは逃げるか。
逃げるにせよ、こちらとの距離を離さないといけないだろう。
走りながらナイフを投げるにはいささかの無理があるからである。
だから、追う者となってしまえば形勢は音を立てて崩れるであろう。
そんな確信を藤四郎は持っていた。

隠れるように移動する人影が、見えた。
まるで火事場泥棒の様である。
こそり、こそりと静かに移動していた。
こちらが全速力で追いかけているのに、静かに逃亡するとは胆力のある奴だ。
負けず藤四郎も追う。
しかし、次には自らの眼を疑った。
男がこちらを向き直っているではないか。
手中にナイフを握り締め、薄ら笑いを浮かべている。
逃げるのを止めたか、または勝算ありと踏んだか。
いずれにせよ、闘いは避けられまい。
「お前、なかなかイカれているな。車をぶつけやがって。」
男が言う。
言いながら、太もも辺りからナイフを取り出す。
ナイフはベルトによって何本もくくりつけられていた。
「僕じゃない。僕の仲間がやったんだ。」
会話は英語で行なわれる。
藤四郎も簡単な英会話くらいは大学で習った。
「ははは。お前も大変だな。」
声は笑っているが、眼は笑っていなかった。
鋭い眼光を放ったままである。
爬虫類の様な目付き。
藤四郎はそういう目付きをする人物を久しくみた気がした。
人を殺す覚悟が出来ている眼だ。
「お前、僕を殺す気だな。」
藤四郎がゆっくり尋ねた。
「あぁ。どうせ、手を退けと言ってもそうするつもりは無いんだろう?」
男が応える。
「そうだな」
藤四郎はそれだけ短く応えた。
応えながら脚を相手に向けて振った。
しかし、幾分か間合いが遠い。
カツン
そんな音が地面から聞こえた。
藤四郎が放ったもの。
それは前蹴りではない。
石である。
地面に落ちていた石を、靴に乗せ、飛ばした。
弾丸の様に石が相手の顔面めがけ、飛んでいく。
当たるか。
そう藤四郎が思ったときには相手は避けていた。
最小限の動きだけしかしていない。
「やるね」
と、藤四郎が言った。
「だろう?」
「ああ」
「当たると思ったか?」
「ああ」
「甘いぜ」
そういうと男は歩き出した。
右手にナイフを持って。
藤四郎は警戒した。
男が右手を振る。
避けようと身体を斜めに引いた。
ナイフが寸出の所でかするはずであった。
しかし、男の右手にはナイフは握られて居なかった。なに!?
次の瞬間には、左足から激痛を覚えた。
脚を、切られた。
フェイントで撹乱され、左足を切られた。
傷は、深くはない。
その気になれば、腹も刺せた筈である。
しかし、敢えて脚を狙った。
策があるのか。
楽しんでいるのか。
いずれにしろ、決着は早めにつけないとならなかった。

弾丸の様に石が相手の顔面めがけ、飛んでいく。
当たるか。
そう藤四郎が思ったときには相手は避けていた。
最小限の動きだけしかしていない。
「やるね」
と、藤四郎が言った。
「だろう?」
「ああ」
「当たると思ったか?」
「ああ」
「甘いぜ」
そういうと男は歩き出した。
右手にナイフを持って。
藤四郎は警戒した。
男が右手を振る。
避けようと身体を斜めに引いた。
ナイフが寸出の所でかするはずであった。
しかし、男の右手にはナイフは握られて居なかった。なに!?
次の瞬間には、左足から激痛を覚えた。
脚を、切られた。
フェイントで撹乱され、左足を切られた。
傷は、深くはない。
その気になれば、腹も刺せた筈である。
しかし、敢えて脚を狙った。
策があるのか。
楽しんでいるのか。
いずれにしろ、決着は早めにつけないとならなかった。

男はナイフを振るう。
藤四郎は何とか避ける。
上から、
下から、
右から、
左から、
生き物の様にナイフが襲ってくる。
何とか、相手の目を見て避ける事が出来た。
もし目を放したら、その時には餌食であろう。
手足を薙ぐように、ナイフを振るっている。
一番、厄介であった。
先に、脚を切られた。
こちらにハンデがある。
八方塞がり、か。
半ば諦めの念が藤四郎の中をよぎる。
こちらも何かあれば。
そう考えた時、杉田からあるものを受け取った事を思い出した。
それを取り出し、左手に装着する。
思った通り、すぐに馴染んだ。
「なにか付けたみたいだが?」
男が言う。
「ふん、教えてやるよ。」
右半身を引き、手招きする動作をした。
男を挑発する。
「来な。」
男が誘いにのる。
前進しながら、ナイフを振るってきた。
左からの袈裟切りである。
藤四郎は下がらなかった。
じっ、とそこに立ったままだった。
“血迷ったか?”
男は思った。
土壇場で諦めたか、
もしくは何か策があるか、である。
どちらでも構わない。
思い切り、ナイフを振るうだけである。
ナイフが藤四郎まで達した。
次は肉を裂く感触がナイフ越しに感じるだろう。
ほら、
絶叫と共に鮮血をほとばしらせろ。
だが、伝わって来たのは固いものにぶつかった感触と
ガチン
という金属音だけであった。
急いで、ナイフを戻そうとする。
しかし、藤四郎が指でナイフを掴んでいる為に戻らない。
“なんという握力か!”
慌てて、別のナイフを取ろうと動いた。
その時、藤四郎の右手がなくなっている事に気が付いた。
おかしい。
なくなっているわけはない。
藤四郎の顔を見れば、唇が動いていた。
何と言っているかは分からなかった。
だが、唇を読むことが出来た。
グ、
ッ、
バ、
イ、
“グッバイ?”
ごつん、
何が、グッバ―――

藤四郎は左手に寸鉄をはめていた。
相手がナイフを振るう瞬間、指のまたから寸鉄をだし、食い止めた。
妙案としか言い様の無い技であった。
そのまま、右手で相手に踏み込みながらアッパーカットを見舞ったのである。
その一撃は相手の意識を完全に飛ばした。

昏倒する相手を見下ろして、藤四郎は呟いた。
「空手ってのは何でも有りなんだよ。」
そのまま、杉田たちの本へ戻った。
「師匠、絢子、戻ったよ?」
しかし、返事が聞こえない。
おかしい―
急いだ。
弾よりも早く駆け抜ける。
車の近くに、居なかった。
どこに!?
一体、どこに消えたのか。
「置いてかれた?」
座りこんでしょぼくれた。












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