ケンプファー(19/22)縦書き表示RDF


ケンプファー
作:弐番



追突


夜。
車内、三人の空気は重かった。
すぐそこまで堅吾が迫って来ているというのが、改めて分かったからである。
「いよいよ大変になってきたわね」
運転しながら絢子は呟いた。
「全くだよ。問題山積みって感じだ」
ため息交じりに藤四郎は洩らした。

藤四郎には腑に落ちない点があった。
それは、どうして堅吾が二階堂財閥と敵対しているか、という点であった。
堅吾も二階堂財閥も互いに敵は同じ、杉田なのだから協力すれば良いのである。
そうすれば、力を温存しながら闘う事が出来る。
しかし、堅吾のやっていることはまるで真反対であった。
これでは体力は減っていくばかりで、ついでに
「追われながら追う」という非常に複雑な立場になってしまう。
難解なパズルよりも厄介な感じが藤四郎にはした。

「恐らく、藤四郎と同じだと思うが、」
杉田が口を開いた。
「疑問点は堅吾と二階堂財閥の関係であろう」
「ええ。全くその通りです」
「お前は堅吾と二階堂財閥が協力すれば良いと考えたな?」
「はい。」
「思うのだが、堅吾の目的は私を倒すことではないのではないか?」
「え?」
信じられない言葉が杉田の口からでてきた。
「何ですって?」
藤四郎は思わず聞き返した。
今までの命題を覆す発言である。
「どういうことですか?」
「つまりだ。堅吾の目的はあくまでも私との決闘である。」
「それが目的だとしたら、師匠を倒すという事は堅吾にとって何になるんですか?」
「恐らく、結果というだけであろう。」
「結果?」
「ああ。奴にしてみれば私が決闘の故に死に果てようが、生き長らえようがどうでも良いのだ。重要なのは私を倒すということではなく、その前、私と闘うという事だろう。」
「なるほど。もしそうなら、二階堂財閥との関係も納得行きますね。」
「うむ。二階堂財閥は私との決闘に邪魔な存在だからな。奴にしても潰しておきたいのだろう。」
「だったら、」
話を聞いていた絢子が途中から口を挟んだ。
「だったら椿堅吾にも協力して貰えば良いんじゃない?」
「ま、それは無理だな。」
藤四郎が直ぐ様に応えた。
「奴はきっと僕らを信用しないだろう。奴にとって仲間は天童流だけだ。これまでも。」
「そして多分、これからもだろう。」
杉田が付け加えた。
仲間が一人も居ない状況でただただ兄の仇と戦うためだけに英国にやってきた男、椿堅吾。
自分がもし椿と同じ立場だとして、果たしてそれが出来るだろうか。
藤四郎は思考した。
椿堅吾の様にイギリスで、異国の地で死ぬ覚悟は自分にはあるか。
ある気はしなかった。
ならば、椿堅吾の方が自分より覚悟が上ということなのか。
闘えば負けてしまうという事なのか。
いや、それは違う。
そんな事は無いぞ。
自分にも覚悟がある。
覚悟というよりも信念である。
意志である。
妹を助けるまではどんな事があろうとも死ぬものか、という強い意志がある。
例え腕が吹き飛ぼうとも、
例え視力を失おうとも、
心臓を止められても、
妹を助けるまでは死なない。
死ねない。
だから、椿堅吾に負ける気はしない。
それは確かな実感としてと藤四郎の中に在る。
その勝利の感覚を掴んだとき、藤四郎は負けた事は無かった。

「随分と頼もしい顔をしているじゃないの?藤四郎。」
藤四郎の険しい表情を見て絢子は言った。
「え?」
「かなり堅い表情だったわよ?」
「そうだったかな?」
「ええ。オックスフォードまで長いのよ。そんな堅い表情のままだと着いた時には石になってるんじゃないかしら」
絢子が歯を見せて笑った。
「は、参ったな」
つられて藤四郎も笑みを浮かべた。
確かに、思いつめているように見えたのかもしれない。
だが、それもまた事実である。

いずれにせよ、考えながら闘えば迷いが生じてしまう。
迷いが一瞬の隙を生み、
一瞬の隙が勝敗を分けるのだ。
だから、普段はなるべく物事を深く考え無いようにしていた。
ただ、今回はいつもと違う。
考えすぎる、という事はないくらいである。

「オックスフォードまではどれぐらいかかる?」
藤四郎が聞いた。気を紛らわす為である。
「そうね、五時間位かしらね。」
絢子が言う。
「そんなにか。遠いんだな。」
「何だ、随分と暇だのう。」
杉田が欠伸混じりに言った。
「確かに暇ですね。」
「寝るくらしいか無さそうだ」
「全くです。」
その言葉に返事がない。
藤四郎がふと隣を見ると、杉田が窓にもたれて寝息をたてていた。
「センセーったらもう寝たの?」
「あぁ。この人は天才だからな。」
「何の?」
「寝ることの。」
「納得するわ。」
呆れ半分に絢子が言った。
「まだまだ時間はあるから、藤四郎も寝たら?」
「あぁ、そうしようかな。」
「今度はうなされないでね。」
先日の悪夢の事を言っているらしかった。
「祈っていてくれ。」
そうとだけ言うと、藤四郎も窓にもたれた。
「痛ぇっ!」
またもや藤四郎は不快な眠りで目覚めた。
大きな衝撃で揺さぶられ、窓に頭をぶつけたのである。
「どうした絢子!」
思わず藤四郎の声も大きくなる。
「二人とも、気をつけて!」
「何だ、騒がしい。」
杉田も目を覚ます。
「敵襲よ!」
振り返って後方を確認すれば、確かに黒い車が迫って来ていた。
「あれか!」
「あれよ!」
またもや二階堂財閥の手先らしかった。
こちらの行き先はバレているのだから、追跡は楽だ。
いい加減しつこいな...
藤四郎も飽きかけてきた。
「気をつけて、来るわ!」
絢子の叫び声と同じくして、車体後方から大きな衝撃が襲ってきた。
敵が車をぶつけてきているのである。
「野郎、映画じゃねえんだぞ!」
窓をあけて藤四郎が叫んだ。
刹那、再び車をぶつけて来た。
衝撃が車を揺らす。
藤四郎の頭は大きく揺られた。
「むち打ちにでもする気か!」
「どうしましょう!このままでは車を壊されてしまうわ!」
絢子が振り向いて叫んだ。
「さしずめ、走る棺桶という奴だな。」
杉田が言う。
「暢気な事を言ってる場合ではないわ!」
「絢子、前を向け!」
首に手を当てながら藤四郎は叫んだ。
え?、と絢子が前を確認した。
そこには男の子が立ちすくんでいるではないか。
鉄の塊が猛スピードで突っ込んでくるという事実に、身体が硬直している様だった。
「くっ!」
猛烈にハンドルを切った。
とてつもない遠心力がかかる。

その勢いで歩道にのりあげた。
操縦を失った鉄塊は最早、走る凶器に過ぎない。
現に、先程も男の子をひきかけた。
このままでは関係ない一般人までをも巻き込み兼ねない。
最悪の事態を回避するために信じられない行動を絢子は取った。
「対衝撃体勢をとって!」
急ブレーキを踏み、ハンドルを切った。
車が路上を滑っていく。
そして、あろうことか相手の車に向かって突っ込んで行ったのである。
「やってやるわ!」
絢子の気合いと狂気を乗せて車は敵に向かって突撃を開始した。
無論、躊躇などはない。
限界までアクセルを踏み込んだ。
高速で敵との距離が縮まる。
10メートル、
9メートル、
8メートル、
7メートル、
もう後には引けない。
6メートル、
5メートル、
もうすぐ衝突する、という所に差し掛かった刹那であった。
敵の車両が突然横を向いた。
寸前のところで恐怖に耐え切れず、ハンドルを切ったのであろう。
回避行動に移っていた。
しかし、最早遅すぎた。
藤四郎たちを乗せた車は、敵の横腹めがけて突っ込んだ。
ドン!

轟音と共に耐え難い衝撃が車の前方から後方へ抜けていった。
猛スピードで突っ込んだのである。
無理も無い。
うう、
うなり声を上げながら藤四郎が面をあげる。
「あ、絢子、大丈夫か。」
「ええ、何とか。」
額に手を当てながら絢子は答えた。
「おい、血が出ているぞ。」
確かに絢子の額からは薄く血が出ていた。
「大したことないわ。擦り傷よ。まったく、今日ほどエアバッグに感謝した日は無いわ。」
それを聞いて、少し安心したように
「よかった。」
と胸をなでおろした。
「少しは私も心配してくれると嬉しいんだが。」
杉田が口を挟んだ。
「何を言ってますか。簡単に死ぬタマじゃないでしょう?」
「まあな。」

「さて」
車のドアを脚で押し破ったり、藤四郎は外に出た。
「あの馬鹿どもに少し制裁を加えて来ます。」
真っ直ぐに敵の車に歩き出す。
「待て、藤四郎。」
それを杉田が呼び止めた。
「これを持っていけ」
そういうと、何かを藤四郎に向かって投げた。
受け取り、確かめる。
中指くらいの長さの鉄の棒であった。
寸鉄。
それがどのような物であるか、知らない藤四郎ではない。
杉田の
「役に立つと思うぞ?」
という問いに笑みで返した。

運転席のドアを開ける。
「ふんっ!」
運転手が居ては、スグに逃げられてしまう。
襟首を掴み、車から運転手を引きずり出した。
そのまま、5メートルほど引きずった。
すぐに車に戻れないようにである。
特に抵抗もせず、引きずりだされた後に微動だにしないところを見ると、どうやら伸びているらしかった。
「数分は動けないだろうな」
そう踏んで、車に戻ろうとした。
刹那の出来事であった。
ヒュ、
と空気を切り裂いて藤四郎の顔面めがけて飛んでくる“銀色の”ものがあった。
「ちいっ!」
後ろにのけぞるように避けた。
そのまま、後ろに転げる。
何かは分からないが、飛び道具であるなら移動する物体に当てるのは至難なはずである。
体勢を立て直し、一気に駆け寄った。
いつの間にか分からない。
だが、敵の一人が車から這い出て、藤四郎に向けて何かを放った。
そのことだけは分かった。
速さから考えて、銃とは考えづらい。
それに発射された弾丸ならば目視する事は不可能である。
ならば、何か。
銀色で比較的手に入りやすいものといえば、ナイフくらいしかない。
それも、顔面を狙ってきたことを考えて、投げるためのスローイングナイフであるとみて間違いなかった。
ならば、次の投擲体制に入られる前に崩すのが得策である。
そう考えて藤四郎は走ったのだった。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう