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ケンプファー
作:弐番



笑怒


突然、風が吹き抜けた。
強い風であった。
辺りの落ち葉が降雨の様な音をたて、転がっていく。
藤四郎の長い黒髪が風にゆらめいた。
満面の笑みを浮かべながら黒髪をなびかせる藤四郎の姿は一見、ロマンチックであった。
ひょっとしたら、惚れ込んでしまう女性も現れてしまうかもしれない。
そう思わせる何かが藤四郎は持っていた。
ただ、今は状況が状況である。
敵は何を思ったのだろう。
魅力的な藤四郎の笑顔も、今は
阿修羅のように見えたのかもしれなかった。

「お楽しみはこれからだ。」
藤四郎は繰り返した。
「ねぇ、師匠?」
「そうだな。」
杉田が答える。
「一対一ですからねぇ。」
「真っ当な闘いじゃな。」
喋りながらも前にでる。
当然、敵は後ろに下がろうと足をじりじりと下げる。
「駄目だよ、下がっちゃ。」
「貴様を叩く事ができんだろう?」
双方、言いながら前にでる。
敵は下がることしか出来ない。
「行くぞ!」
藤四郎が叫んだ刹那、敵はほんの数歩ほど退いてしまった。
藤四郎ほどまでに及ばずとも、訓練された人間たちだ。
余程なことで下がることは無い。
だが、現実に退いてしまった。
体が反応したのだ。
何故か。
藤四郎の内部から発せられる圧力に押されてしまったのだ。
敵は本能的な衝動で下がってしまった。
本能的なものというのは理性で抑えられるものではない。
己の生命にかかわる場合は尚更である。
それほどの叫びであった。

ふと、敵の一人が急にバランスを崩した。
何かに足をとられた様な感じであった。
勝機
そう言わんばかりに一気に藤四郎が間合いをつめる。
これは完全な藤四郎の作戦であった。
相手がバランスを崩した原因。
それは落ち葉である。
先ほどの突風の際に飛んでいった落ち葉に相手は足を取られたのだった。
しかし相手は、それに気付いて居なかった。
何故か。
藤四郎の笑みと揺らめく長髪に気を取られて居たのである。
それを利用した。
古流空手である杉式空手には当然ながら環境利用闘法も含まれる。
身の回りの全てを利用し、勝つ。
森羅万象を味方につけ、生き残る。
物事の単純な理であった。
単純故の強さがそこには秘められていた。

体重の殆ど乗っていない足を藤四郎は払った。
藤四郎より遥かに重いはずの敵が宙を舞った。
重心の崩れた人間を飛ばすことなど造作も無かった。

勢い良く転がりこんだ相手の鳩尾に思い切り踵を踏み下ろした。
ぐむっ!
敵の口から悲鳴が漏れる。
しかし、踵を喰らってもまだ耐える。
でやぁっ!
藤四郎は二発目を胸骨に目がけて踏み下ろす。
容赦なく、踏み下ろしす。
メキッ。
乾いた音が響いた。
敵は、餌を求める金魚の様に口をパクパクさせながら悶えている。
必死に空気を求める様な仕草であった。
そう、藤四郎の二撃で敵の胸骨は粉砕したのである。
常人のなし得る技ではない。
幾千もの修練を積んだ藤四郎だからこそ出来る技であった。
胸骨を折られた敵の戦闘力は最早皆無である。
放置しても大丈夫であろう。
これで二人倒した事になる。
残りの一人はもう脚がすくんでしまっているころであろう。
現に藤四郎が追い討ちをかけている時に何もしてこなかった。
もともと、気の弱い方なのか。
いや、まさかそんな筈はなかろう。
この空気に呑まれたな。
そう判断すると藤四郎は向き直り、
「仲間を連れて帰るんだな。」
と言った。
敵の額に脂汗が滲んでいるのが分かる。
「師匠、こいつはもう役に立たないでしょう。」
藤四郎が話しかけると、杉田は軽く頷いた。
そのまま絢子の運転する車へ歩いていった。
車に乗り込もうとした刹那、
ギャァ!
という悲鳴が聞こえた。
恐らく敵の一人のあろう。
組織の制裁か。
いや、それにしては早すぎる。
振り返り、見た。
そこには男が一人たたずんでいた。
藤四郎はその顔に見覚えが有った。
思わず名を呟いた。
「あれは、椿堅吾...!」
堅吾の顔は怒りも笑いも含んで居なかった。
ただただ無表情でその場にたたずんでいる。
それが妙に印象的であった。












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