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ケンプファー
作:弐番



衝撃


常人のレベルの稽古じゃなかった。
俺も参加したがな。
何でも千回やった。
当身。
受身。
投げ。
締め。
何でも千回。
気の遠くなる回数をこなせるようになりゃ、強くなれる、そういう話らしい。
だが、強くなる前に死ぬ。そう思った。
しかし、やらなきゃいけなかった。
何故か。
俺が天童流だからだ。


稽古後、兄貴に呼ばれた。
「兄さん、なに?」
「堅吾、お前にこれを渡す。」
「なにこれ?」
「教科書だ。」
「教科書?」
「ああ。そこには多くの技がのっている。」
「全部の技?」
「いや、全てではない。」
「?」
「いずれ分かるだろう。」

俺は早速、教科書を布団の中でとりあえず適当にめくってみた。
背筋に電気が走ったような衝撃だったのを今でも覚えている。
エグい技のオンパレードだった。
ページを捲れば、
目を突く技。
耳を千切る技。
金玉を裂く技。
が出てくる。
どれもが強烈だった。
えげつない。
しかし、リアリズムに溢れていた。
夢中で読んだ。
心臓が高鳴っていた。
その夜は教科書だけでふけていった。

次の日のから俺は師匠とさしで稽古する時間が与えられた。
道場に師匠と俺と二人で残る。
「良いか、堅吾。」
「はい。」
「天童流の技の名前は全て植物の名前である。分かるか。」
「はい。」
「例えば、この金水引。」
そう言うと師匠は、手刀を横一文字に振った。

「これは相手の目を切り裂く技だ。」
「はい。」
「次にこの蝿取草。」

師匠が開手を下にだし、拳を握った。

「これは相手の睾丸を握り潰す技だ。」
「はい。」
「先ほどの金水引も蝿取草も天童流を色濃く反映する技だ。」
「はい。」
「何故反映しているか分かるか?」
「いえ。」
「二つとも一撃必殺だからだ。」
「一撃必殺。」
「そうだ。障害を素早く排除することに意味がある。素早く排除するには殺すしかないだろう。」
「・・・」
「今からお前に教えるのは殺し技だ。生半可な気持は許さない。良いか。」
「はい。」
師匠はにいっと笑い、
「物わかりの良い子だ」
と、笑った。


天童流も学校の勉強も変わらなかった。
予習
授業
復習
この繰り返しだ。
ただ、天童流が危険なだけだ。
師匠との稽古時間は瞬く間に過ぎて行った気がした。
密月の時間。
時には叱られ、時には褒められ、それでも楽しかった。
俺は高校に入るまでには道場では兄貴に次ぐ実力を持っていた。
いや、兄貴を越えていると思った。
バーベルの重さも俺の方が重い。
脚も俺の方が早い。
兄貴に勝てると思った。
でも、それが自惚れだとスグに気付いた。


ある日、友人と帰路を共にしている時だった。
不良3人に絡まれた。
簡単な話だ。
肩が軽くぶつかっただけの話だった。
しかし、相手は大袈裟に肩を抑えてわめいた。
「肩が折れた」
としきりに騒いでいた。
周りも
「折れてる」
と騒でいた。
不良3人が肩が折れた、と騒ぐのが余りにも滑稽だった。
思わず吹いた。
それに不良がキレて喧嘩になった。

友人を安全な場所に避難させ、俺は戦闘体制に入った。
「やる気か!」
「ぶっ殺してやる!」
騒ぐだけの犬め。
集まるしか能の無い阿呆が。

不良の一人が蹴りを出してきた。
いわゆる喧嘩キックだ。
それを両手で受ける。
半端な攻撃は命とりだと知らないらしい。
掴んだ足の足首を捻る。
痛みで不良が転がる。
構わず捻る。
不気味な音が響いたのち、不良の足はおかしな方向へ曲がっていた。
足首を、折った。
天童流、梨果。
梨の実を採取する時のように、捻る所から着いた名前である。

掴んでから折るまでに2秒もかからなかっただろう。
残り二人の不良は口々に何か叫びながらも、一向に向かって来ない。
やはり、口だけの連中か。
俺はその場を去った。
背を向ける俺にも攻撃はして来なくなった。
完勝だった。


しかし、俺は油断していた。
次の日の学校の帰り、俺は奴らの不意打ちを食らったのだ。
見知らぬガレージに連れていかれた。
リンチにされた。
容赦なく繰り返される暴行。
リンチが止んだと思ったら、椅子にくくりつけられた。
男が一人、コチラに歩いて来た。
松葉杖をついている。
多分、昨日、足首をへし折った男だ。
俺に顔を近づけて何か言っている。
リンチのせいか、上手く聞き取れない。

無性に腹がたった。
とりあえず、頭を男の顔面にぶつけておいた。
苦痛に歪んだ俺の顔がみえた。
ざまあみろ。
その直後、顔面を殴られた。
畜生。
俺はこんな奴等に殺されるのか。
そう思うと泣けてきた。
不良たちの顔が煌めいていた。
俺の事を笑っているのか。
畜生。
不意打ちさえ食らわなければ。
畜生。
畜生!
畜生ッ!
そう思った時だった。
ガレージのドアが開いた。
皆が一斉に振り向いた。
ああ、あのシルエットは、兄貴だ。


参賀は友人の知らせを受け、このガレージに向かった。
堅吾が何者たちかにガレージに連れていかれた、と。
ガレージに入るなり、参賀は激怒した。
「貴様ら!集団で一人をいたぶって楽しいか!」
「ああ、楽しいぜ!」
不良の一人が言った。
堅吾に足を折られた奴だった。
参賀が下を向いて震えている。
「おい、こいつ震えてんぞ!」
一人が笑い始めた。
周りもつられて笑った。
「お前、カッコつけた割には震えてんぞ?」
不良が参賀の肩に手を置いた。
刹那、不良の体が中に浮いた。
「んがぁっ!」
腰から叩きつけられた。
不良は起き上がろうとした。
床に仰向けになった不良の腹を参賀は踏みつけた。
思い切り。
容赦も躊躇も無く。
「俺に触ってんじゃねえぞ、腐れ外道が!」
不良は苦痛の表情を浮かべながら悶えていた。
堅吾は震えた。
あの日、俺を連れに来た日と同じ。
あの兄貴の顔。
何時見ても怖ぇ。
あの兄貴の声。
何回聞いても恐ろしい。
兄貴は正に修羅。
否、
阿修羅。
このままでは、皆殺しになる。
「やめろ兄貴、殺すな!」
堅吾は叫んだ。
反応が無い。
叫びが届いたのかどうか分からない。
祈るしか出来なかった。


腹を踏まれた不良はくの字に折り曲がっていた。
腹を抑えて転げ回ってる。
「どうした、群れるしか脳のないバカども。お仲間がやられたんだぞ?」
参賀が、言った。
ズボンのポケットに手をつっこんで、何かを取り出す。
それをおもむろに、投げた。
地面で三回位跳ねた。
あめ玉だ。
「群れるだけのクズ犬。あめ玉でも喰ってろ。」
参賀の挑発に不良が吠えた。
「オオオオ!!!」
恐怖を忘れ、自分を鼓舞するかの様な雄叫びだった。
不良四人が一斉に走り出した。
誰もが叫んでいる。
参賀は、笑っている。
口がにぃ、と開いている。
剥き出しの牙が光る。
参賀が笑い始めた。
ガレージ内に笑い声が響く。
その場には不釣り合いな、愉快そうな笑い声だった。
笑い声が不良達を一層熱くさせた。

四人がかりで一斉に攻撃を始めた。
テレフォンパンチ
ケンカキック
一人一人は大したことない。
しかし、集団で来られると厄介である。
参賀はその厄介のど真ん中にいた。
厄介を厄介とも思わず、寧ろ、それを楽しんでいた。
参賀は先程までの獣の様な笑顔から一転し、うっとりとした、我が子の姿を優しく見守る母親ような微笑を顔に浮かべていた。
あんよは上手、ぼうや、こちらにおいでなさい。
そう言わんばかりの表情。
普段であれば、何人もの女性がこの微笑に惹かれるであろう。
しかし、この戦闘の場に似つかわしくない表情であった。
不気味さを感ぜずには居られなかった。
しかし、不良達に参賀の表情の意味を知る由も無い。
ただ、その意味を知るのは堅吾一人だけであった。
堅吾を救いに来た日と同じ表情。
凄く楽しそうな表情。
あぁ、兄貴は闘いを楽しんでいるんだな。
堅吾は思った。

参賀の五感は冴えきっていた。
足首。
地面から伝える震動。
後ろの不良が近づいて来るのが分かった。
殴りに来るのが手にとるように分かった。
あたるタイミングすらも分かった。
不良のパンチをしゃがんでかわす。
そのまま近づいた。
不良二人の手を取る。
そして、無造作に投げた。
背負い投げ。
しかし、背負い投げにしては形がめちゃくちゃであった。
そして、二人を同時に投げた。
柔道の技ではない。
天童流の技でもない。
それは人間離れした力を持つ参賀でしか出来ない技であった。
技と呼ぶにも程遠いものだった。
単なるパワープレイ。
故に、威力は凄まじかった。
二人の尾低骨は砕けていた。
最早、立つことはおろか、動くことすらままなるまい。

二人を葬りながらも、参賀の微笑は絶える事は無かった。
いよいよ不良も恐怖を感じ始めた。
口々に
よくもやったな、
とか
殺してやるぜ、
と叫ぶものの、腰が引けている。
一向に動く気配がない。
否、
動けない。
不良の足が凍りついていた。
恐怖で。
地面に頭をこすりつけてでもその場を去りたかった。

でも動かなかった。
動けなかった。
息をするのも大変だった。

突然、一人が奇声をあげた。
「ワァァァッ!」
恐怖の束縛と硬直を解くような奇声。
もしくは、恐怖で頭をやられたような奇声。
再び叫ぶ。
「ワァァァッ!」
歯を鳴らしながら男は何かを取り出した。
それは鈍色に輝いていた。
その輝きは一瞬にして人を凍り付かせる。
刃物。
バタフライナイフ。
ちょうど、アイドルが不良役でナイフを扱う不良少年役のドラマが放映されていた時期だ。
不良はこぞってナイフを買いに走った。
そして、刃を出すさいもポージングして出す。
カッコイイだろ?
そう言わんばかりに出す。
今回は違う。
恐怖にまみれた手は小刻みに震えながらナイフをつかんでいた。
参賀を止める効果を期待しながら、不良は参賀にナイフを向けた。

参賀は、微笑したままだ。
そしてゆったりとナイフに向かって歩き始めた。
優雅な足取り。
不良は下がった。
ナイフを手にしている人間の方が追い詰められていた。
気付いたら壁際にまで下がっていた。
参賀や優しく不良の手を包んだ。
そんな物騒なもんは捨てなよ、
そう言わんばかりに。
不良は思った。
許して貰える、と。
その手が余りにも優しく包んでいたから。
しかし、
優しさは一瞬にして、恐ろしさに変わった。
参賀の手は不良の手を両手でロックした。
馬鹿力が不良の手を挟んで離さ無かった。
参賀が呟く。
「そんなにナイフが好きなら、ナイフと共に、逝け。」

そのまま、不良の手を掴んだまま、不良の手に握られたナイフを動かした。
抵抗しようにも、叶うはずもない。
ゆっくりと刃先が男の左胸に向かって動く。
徐々に、徐々に。
「待ってくれ!」
男の叫びに参賀は応えた。
「諦めろ。俺に刃を向けたのが間違いだ。」
そして、ゆっくり、何の躊躇いもなく、刃は不良の左胸に吸い込まれて行った。
すっ。
不良は絶命した。
糸の切れたマリオネットのように力無く崩れて落ちた。
ドサ。

いよいよ最後の一人も泣き始めた。
泣きながら走った。
全速力で、参賀と反対の方へ。
逃げた。
参賀も、追った。
ガレージから5メートル位の所で追いついた。
不良の前に立ちはだかる。
不良はその場で泣き喚いた。
「許してくれ!ただ、この間の仕返しをしたかっただけなんだ!」
「仕返し?」
「あのガキに仲間が足を折られたんだ!」
「ほう、堅吾の奴、ケンカしたのか。」
「だから...!」
「まあ、確かに仕返しは大事だ。」
「だろ!?」
「だがな。」
参賀は大きく息を吸った。
「これは仕返しのレベルを越えている。」
「でも!?」
「堅吾じゃなきゃ死んでるぞ。」
「お前だって、一人殺したじゃねえか!!」
「俺が?違うな。俺はアイツがナイフで自分の胸を刺したのを見ていただけだ。」
「なに!?」
「仕返しは大事だ。だから、これは堅吾の分の仕返しだぜ。」
参賀は飛んだ。
優雅な跳躍であった。
白鳥が水面から飛び立つかの如く、緩やかに、スピーディーに跳躍した。
飛びながら体を横に傾け、足を出しす。
参賀の丸太のような足が男の後頭部を叩いた。
降龍脚。
中国拳法の技の一つである。
バランス、タイミング、バネ、パワー。
どれ一つ欠けても成功しない、まさに大技であった。

堅吾の縄を解いた。
無言で堅吾を抱えあげた。
ひと言も喋らずに道場にもどった。
いそいそと救急キットを取り出し、手当てを始めた。
沈黙。
怖いほどの沈黙。
「兄貴、俺...」
たまらず堅吾が口を開いた。
「静かにしていろ。」
参賀が言った。
「ふふふ。それにしても手酷くやられたな。」
「...」
「堅吾、どうして喧嘩なんてした?」
「...」
「どうして戦闘を回避しなかった?」
「だって...友達が居たから...」
「そうか。なら良いだろう。」
「え?」
「お前は自分の為に力を使うような奴じゃない。それは解かっている。」
「師匠は...」
「師匠には俺から言っておくよ。」
「兄貴...」
「師匠も理解してくれるんじゃないか。」
「うう...ありがてえ...」
堅吾は泣き始めた。
参賀の懐の深さに涙した。
「俺、兄貴を越えられると思ってた...」
堅吾は泣きじゃくりながら言った。
「俺、そう思ってた。」
「堅吾よ、お前はまだスタートラインにすら立ってないんだ。」
「スタート...ライン...」
「ああ、そうだ。だが、お前はいつか俺を越えられるよ。」
「兄貴...」
「さあ。応急処置も終わった。数日は安静にしておくんだな。」
「え、でも...」
「良いから寝ていろ。」
「分かった。」

堅吾の事は参賀が説明した。
水仙も納得した。

この事件以降、堅吾の稽古熱には拍車が掛かった。
水仙も、参賀も満足げに見守った。
幸せな日々だった。
しかし、そんなある日、堅吾を衝撃の事実が襲った。

「佐藤堅吾さんですか。」
制服警官が学校から帰宅途中の堅吾を捕まえていった。
「そうですが。なにか御用でも?」
「はい。少々、お時間よろしいですか。」
「ええ、特に急いでは居ませんので。」

堅吾は警察署に呼ばれた。
「で、用事って何ですか。」
堅吾の問いに、警官は重々しく答えた。
「お兄さんが、なくなりました。」
「は?兄貴が?人違いでしょう。」
「いえ、その、遺書と思われるものがここに。」

遺書にははっきりと堅吾あてで書かれていた。
佐藤と書いてあるのは、学校で使う名前を意識してのことだ。
ただ、差出人のところに

天童流
兄 椿参賀

と書かれてあった。

つまり、本物だ。
「まさか!?兄貴が死んだだと!」
堅吾は自分の目を疑った。












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