ケンプファー(12/22)縦書き表示RDF


今回よりしばらく、主人公のライバル的存在である、天童流の使い手、椿堅吾の話になります。堅吾の壮絶な過去をどうぞご覧ください。
ケンプファー
作:弐番



脱出


俺の人生は兄貴によって救われ、天童流によって始まったといっても過言ではない。
あれは俺がガキだったころ。
そう、7歳くらいの頃だったろうか。
俺達兄弟はまだ「佐藤」って名前だった。
ある日のことだった。
親が強盗に殺された。
事件は解決しなかった。
俺と兄貴は親戚によってばらばらにされた。
俺はまだ小さかったからスグに貰い手が決まった。
でも兄貴はもう中学生だったから、決まらなかった。
「水仙」っていう人の所に決まったって聞いたのは、俺が親戚の家に居た頃だったな。
よく、親戚の家でいじめに会うなんていう話を聞くけど、俺のはそんなもんじゃなかった。
今思い出すだけでも反吐が出る。
逃げることも抗うことも出来なかった。
ただただ暴力に耐える日々。
その家のオヤジが柔道の教師だった。
死のうと思った日さえあった。
でも、俺の人生は兄貴によって救われた。

俺が10歳だったころ。
ある日、家に帰ると一枚の紙片が目に止まった。
それを拾い上げた。
紙にはこう書いてあったんだ。

堅吾へ。
今日の夜、迎えにいく。
家のものには内緒にしておけよ。
        参賀

俺は自分の目を疑ったよ。
この地獄のような日々から抜け出せるんだと思うと嬉しくなった。
俺はその晩、心臓の高鳴りを押さえられないままでいた。
夜中の3時ごろを回った頃だろうか。
兄貴が鍵をどうやってか知らないがあけて入ってきた。
俺は急いで、しかし静かに玄関に向かった。
人影が見えた。
暗くてよくわからない。
シルエットが太い。
兄貴じゃないのか。
「堅吾。迎えに来たよ。」
でも声は兄貴だ。
つまり兄貴だった。
しかし、しかしながら見違えるほどの体格だった。
何があったのかと疑ったよ。
「堅吾。大きくなったな。」
兄貴はうっとりという笑みを浮かべて俺を家のそとに引きずり出した。
でも、兄貴の顔が一瞬で強張った。
俺の顔に出来た無数の痣を見たからだった。
「堅吾、その痣どうしたんだ?」
兄貴が聞いた。
俺は咄嗟に
「ちょっと転んで...」
って言ったが、兄貴は止まらなかった。
「家の奴にやられたんだな。解かった。」
兄貴がきびすを返した。
俺は兄貴を止めたかった。
兄貴があいつに叶うはずはない、と思った。
しかし止められなかった。
俺は今でもはっきり覚えている。
阿修羅のような顔の兄貴の顔を。

兄貴は家に入っていった。
俺も急いで家に入った。
しかし遠巻きにみる。
兄貴は電気をつけた。
「おい、貴様起きろ。」
兄貴はあいつを蹴飛ばした。
あいつが飛び起きた。
「な、なんだお前は!」
「お前が堅吾を虐待したんだろ。」
「金か!金が目当てか!」
「質問に答えろ。お前が堅吾をいたぶったのか。」
「金なら無い!消えろ!」
あいつの答えを聞いて、兄貴はキレた。
「うるせえ!ぶっ殺すしてやるからかかって来な!」
その声に驚いたようにあいつは兄貴につかみ掛かった。
「せぃっ!」
この体制を幾度となく俺は見てきた。
背負い投げ。
あいつに毎日のようにかけられた技だ...
兄貴がやられる、そう思った。
しかし、兄貴は動かなかった。
びくともしなかった。
「どうした。そんなもんか。」
兄貴が静かに言った。
火を押し付けられたようにあいつが振り向いた。
「な、ば、え...何故技が...」
雨にぬれた犬ころのようにあいつは小刻みに震えていた。
「怖いか。俺が怖いのか。」
兄貴が言った。
「ひっ...」
「怖いよな。でもな、堅吾は毎日そんな思いをしてきたんだ。」
「ひぃい...」
「お前を拷問にでもかけたいところだが、俺にそんな趣味はねえ。」
「ひぃ...」
「それに俺は優しい。」
「じゃ...許してくれるのか。」
「ダメだ。許さん。だが。」
「だが...?」
「せめて恐怖が見えないようにしてやろう。」
そういい終わると兄貴の体が軽く沈んだ。
兄貴の右手がきらめいた。
手があいつの眼を貫いた。
「ぎゃああああああ!」
あいつは眼を押さえて転げまわった。
抑えた手の間から赤い血が滴り落ちている。

あいつの絶叫を聞いて妻が起きてきた。
「あなたどうしたの!?」
地獄絵図だった。
伴侶が地面をのた打ち回りながら眼を押さえている。
男が指を赤くそめながら突っ立っている。
わけが解からなかったようだ。
しかし、呆然と立ち尽くしている俺を見て、
「何ぼーっと見てるの!警察を呼びなさい!」
と俺の頬を張った。
いつものことだ。
理不尽な理由で切れられる。
俺は黙っていた。
もう一回あいつの妻が頬を張った。
「返事をしなさい!」
それを見た兄貴が吼えた。
「堅吾に手を出すな!」
兄貴が動いた。
兄貴の長い脚が女の顔面を貫く。
許容も慈悲もない。
容赦も思慮もない。
あのときの兄貴はキリング・マシーンだった。
女は後方に吹っ飛んだ。
首がぐにゃりと曲がっている。
兄貴が女の首を蹴りで折っていた。
女は絶命していた。
子供ながらに兄貴を恐ろしく思ったものだよ。

「悦子、悦子!?」
あいつが助けを呼ぶような声で女の名を叫んでいた。
「貴様、よくも悦子を...」
それを聞いた兄貴が笑い始めた。
「くっくっく。カッコイイ台詞なのに声は震えているぜ。」
「う...うぅ。」
「ふん。柔道やってたんだろ。どうした。」
「うぅ...悦子...」
「けっ、情けねえ。せめて最期は女と同じように死なせてやる。」
「悦子ぉ...」
「死ね。」
兄貴が脚を上げた瞬間、俺は叫んだ。
「兄貴!!!!」
兄貴は俺の方を向いて脚を下ろした。
「どうした、堅吾。」
「兄貴、そいつ殺しちゃダメだよ。もう十分だよ。」
「何故だ。」
「だって、一人殺したじゃないか!」
「一人?それは違うな。」
「え?」
「あいつは人間じゃねえ。人間の皮かぶったクズだ。」
「だからって殺して良いの?」
「良い。」
俺は唖然としたよ。
兄貴の表情は至って平然としていた。
「“正義の為ならば、我、喜びて剣を振らん”」
兄貴は静かに諭すように言った。
「・・・」
「それが天童流だ。」
「テンドウ流...?」
「堅吾。お前もいつかわかるだろう。」
「え...どういう事?」
「見てろ。これが天童流だ。」
そういい終えると兄貴はあいつの方へ歩いていった。
足音が迫ってくるのを聞いてあいつは怯えた。
小便を漏らしていた。
「せめて苦しまないように殺してやる。」
「いやだ...死にたくない!」
「お前は、許してくれ、と言った堅吾を許してやったか。」
「死にたくない!」
「強い者から受ける暴力の恐怖を味わったことがあるか。」
「許してくれ!」
「無いよな。お前は自分の力におぼれていた。」
「死にたくないよ!」
「報いを受けるのだ。」
「おお...神様...!」
兄貴はアイツの後ろに回った。
「死ね。」
首に手を廻し、一気に捻った。
ボキン。
そんなような音がした。
首を折った。
あいつは声も出さずに死んでいったよ。
兄貴は俺の方へ歩いてきて言った。
「これで終わりだ。さあ、いくぞ。」
「え?どこに行くの?」
「静岡だ。」
「どうして、静岡に?」
「そこに俺の師匠が居る。」

俺と兄貴は師匠の家に向かった。












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