チャプター・7 ジプシー
俺は、生徒会室の前で立ち止まった。気分的に眼鏡をかけなおす。
自分自身、今は精神が不安定になっている事位、気が付いている。ほーりゅうとの先程の会話のせいだ。しばらくドアの前で佇み、眼をつぶって、平常心が戻ってくるのを待つ。
……精神的にここまで動揺するのは久しぶりだ。単なる無邪気な質問だったのだろうが、やはり、あの女には警戒する必要がある。
いつもの調子が戻った感じがしたので、生徒会室のドアをノックする。「どうぞ」という、かすかな声が聞こえ、俺はドアを開けた。
……しかし、まだ俺は本調子ではなかったらしい。ドアを開けると生徒会長が一人で机に向かって書類を作成中だった。校内では最も二人きりで顔を合わせたくない相手。俺は、普段なら読める気配を感じ取る事が出来なかった。
仕方がない。
「あの、文化祭のクラスの出し物の詳細の書類、持ってきたのですが」
会長は顔を上げずに、持っていた鉛筆で壁際近くの机の上を指す。
「その机の上の箱に、文化祭関係の書類は入れといてくれ」
俺は、できるだけ注意を引かないように、控え目に動いて箱に寄る。
……文化祭関係の書類は全部ここか。なら、ついでに後夜祭ライブ出場の為の書類も出しておくか。
会長に背を向け、持って来た書類を入れる。
このまま気付かれずに部屋を出たい所だが。
残念な事に、痛い程の視線を後ろから背中に感じた。俺だと気が付いたらしい。
校内の上に、ここ生徒会室は向こうのテリトリー。前回の事件の事を、俺は徹底的にしらばっくれる気でいた。向こうが俺達の会話を立ち聞きした以外に証拠はない。この生徒会長の妹・足立真美は、俺との約束を守ってくれたらしく、前回の事件に俺の存在はないはずだ。最も彼女は俺を高校生だとは思わず、未だに警察の中の人間だと思っているだろうが。
近づいてくる気配がしたかと思うと、俺は後ろから肩を引かれた。振り返ると同時に胸倉をつかまれ、そのまま背中から壁に叩きつけられる。
「つっ!」
思っていた以上の力があり、思わず声が漏れる。
会長の鋭い視線が、顔を背けている俺の頬に突き刺さる。
「貴様、一体何者だ」
「何者って、ただの高校一年生です」
「嘘を言うな」
会長の、俺の胸元をつかんでいる両手に力がこもる。
「本当、僕には会長が何の事を言っているのか、わからないんですが」
俺のしらばっくれた態度に会長の怒りが頂点に達したか、そのまま膝蹴が鳩尾に入る。
「!」
腹筋をしめてガードするものの、この近距離と角度や速度・的確な急所の位置でかなり効いた。膝が崩れかける所だが、壁に押し付けられている力の為に許されない。この空手有段者相手に白を切り通すのはきつそうだ。……一方的に、この会長相手に痛めつけられても、声は上げたくないと思っているのは俺のプライドか、などと関係のない事を、この状況で考えている。
そして、上段への攻撃にも備えて、俺は会長から目をそらさずに歯を食いしばる。
その時、生徒会室のドアが開いた。入ろうとした生徒会員らしき女生徒が、状況をみて小さな悲鳴をあげる。
一瞬、会長の力が緩んだ。その隙に俺は、会長の腕から滑り落ちる様に振り切って逃れる。
「! ……待て!」
俺はドアで立ち尽くしている女生徒に心の中でお礼を言いながら、彼女の脇をすり抜けた。 |