チャプター・17・京一郎
「何処に行っていたのよ! 主役の二人共!」
相当やきもきしていたであろうクラスの皆に呼ばれながら、俺達四人は控え室になる教室へと走って戻って来た。時間にして十一時ジャスト。「ロミオとジュリエット」の舞台の幕が上がるまで後二十分。
お昼前のこの時が、この文化祭一日の中で一番活気が溢れている時間だと思う。その人ごみを蹴散らして、一応急いで帰ってきたのだが。
「悪い悪い、放送で職員室へ呼ばれたの、知ってんだろ?」
「呼ばれたのは、かなり前に委員長と副委員長の二人でしょ! もう! 本当に間に合うか心配したんだから。すぐ移動よ」
確かに時間がない。俺達は今日の通し練習なしのぶっつけ本番で、講堂の舞台に出る事になる。だが俺もジプシーも台詞は完璧に入っているし、大丈夫だろう。
ジプシーは先に着替えていたので、今度は女子に捕まって口紅をつけられている。まあ、舞台に立つんだ。化粧は仕方がないだろうと、俺も急いで着替えた。面白い事は基本的に好きだから、俺は舞台衣装に着替える事に何の抵抗感もない。役も男のままだし。
照れの為か、むっつり不機嫌そうな男のジュリエット。
うまく行くのか、この舞台。やっぱりお笑い路線か?
舞台の袖で、俺達は前のプログラムが終るのを待っていた。袖から僅かに見える観客席を伺う。舞台の上は結構ライトで明るい。対照的に客席は顔の区別がつかない位に薄暗い。これなら緊張せずに演技が出来そうだ。そばのジプシーに小声で言ってみる。
「なあ、ジプシー。アドリブでラブシーン入れるか? 濃厚なのをさ」
「……冗談。これ以上クラスの女子を喜ばせる気はない」
「とにかく、今回は恥ずかしがらずに役になりきった方が、絶対いいって。中途半端が一番目立つ。どう見ても今のお前って、女にしか見えねぇし」
俺の言葉を聞いてるのかいないのか、無表情のジプシーは答えない。なので。
「さあ、マヤ! 役になりきるのよ。舞台の上では貴方は江沼聡ではなく、ジュリエット」
言い終わらない内に、後ろから奴に思い切り頭を殴られた。
アナウンスが、前のプログラムの終わりを告げる。
大丈夫だ。俺も奴も緊張していない。
講堂は立ち見が出るほどの満員だった。おそらく半分はジュリエットが男のジプシーだと分かって観に来ている在校生。もう半分はジプシーが男だと知らずに可愛らしい少女が主役だと勘違いして観に来た一般客。夢乃の考案した宣伝方法は、結構功を奏したようだ。
予定通り順調に舞台は進む。途中、本当に即興でキスシーンを入れてやろうとしたが、あっさりやんわりアドリブで逃げられた。その辺はやはり奴の方が上手か。
最後のロミオが死んだ場面では、俺が驚く位に涙を流してジュリエットは泣いた。俺達が出会ってから一度も見たことがない奴の涙は、演技か、あるいは。……演技なら、やっぱりこいつは相当な役者だ。
でもそのおかげで拍手喝采、舞台は大成功に終った。
「普段から周囲の人を騙くらかしているだけあって上手いよね、迫真の演技だったぁ」
変な言い方で、ほーりゅうはジプシーを褒めた。教室の椅子に座って、早速、何処かの模擬店で買ってきたらしいアイスクリームを食べている。
舞台が終った途端に講堂から控え室へ全力疾走で戻り、ジプシーは素早くドレスを脱ぎ捨て制服のズボンにはきかえる。上半身裸のまま頭から水道水をかぶりに行き、化粧も落として教室へ戻ってきたジプシーは、タオルで頭を拭きながら、ほーりゅうを睨んだ。
「さて、今回の俺の足を引っ張った件、どうしてくれよう」
「それ! そこよ!」
珍しく、ほーりゅうが強気に出た。
「よくも私まで、変な術に巻き込んでくれたわね!」
「その前に動くなと言っただろ。動いたお前の責任だ!」
「あの時、動くなって言ったの、京一郎じゃん! ジプシーは何も言わなかった!」
まあまあと俺は割って入る。
「ほーりゅう、確かに命を奪う程の術じゃなかったろ? その辺の力加減はプロのジプシーを信用してだなぁ」
「だからって何度もあんなのを食らったら、ホントに死んじゃう!」
ぷんぷん怒っているほーりゅう。
その時、ふと真顔でジプシーがつぶやくように言った。
「確かに、今回の術は強引だったか……」
「……でしょ〜! 何だ、反省してんじゃん」
意外そうに、でもちょっと勝ち誇ったように、ほーりゅうは言ったが。
「まあ、男一人だったら金縛り術系で動きを止めるつもりだったが、今回はお前の能力を試す目的もあったし。……そうだな、次からは先に結界をはって、周囲の被害が最小限に留まる様にしてから攻撃術を使うべきだな……」
「……今、さらっと酷い事を言ったよ、この男! また同じ状況になったら、絶対同じ様にやる気だぁ!」
教室には舞台を終えたクラスの皆が戻ってきて、それぞれに興奮収まらない様子で話をしている。その賑やかさの中で、俺は二人のやりとりを眺めていた。
こいつらも結構いいコンビだ。ほーりゅうのおかげか、昔はもっと何を考えているのかわからない程無口だったジプシーが、最近よく喋るようになった気がする。 |