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最終舞台は華やかに
作:国沢裕



チャプター・10 京一郎


 俺は、かける言葉が見つからず、鏡越しにジプシーを見つめ返した。
「聞いたんだろ、俺の家族の事は。夢乃から」
 確かに聞いたが、俺は態度に出たのだろうか。
 俺の表情に気がついたのか、鏡の中の自分の姿を見つめ続けたまま、ジプシーは消え入りそうな微笑を浮かべた。
「お前も夢乃も、俺に対する態度は変わらない。……そう思ったのは、ほーりゅうが明らかに俺に気を使っているから」
 ……あの直球女に、話を聞いた後も変わらない態度をとれなどと言う、そんな器用な芸当ができる訳がなかった。俺は黙って、鏡の中のジプシーの顔を見つめた。奴は俺じゃなく、その背後の遠くを見ているようだ。
「トラが……俺の従兄弟の勝虎が、佐伯の娘に俺の事をしっかり頼んでおいたって言っていたから、夢乃はトラから大体の事を聞いていたんだろうと思っていた。でも俺は、夢乃が多分考えている程、事件自体に対しての思いはない。……言い方が違うな。両親と妹が誰かに殺された、その場面が記憶から抜けているんだ。事件直後は覚えていたと思う。生き残りの俺は、警察でかなり事情聴取されたはずだから。ただ、今、思い出そうとしても、事件の当日からその後半年間の記憶がはっきりとしない。……きっと、これからを生きていく為の記憶喪失なんだな」
 普段にはない饒舌で、奴の精神状態が心配になってきた。俺の表情で奴にも伝わったらしい。
 ジプシーは、舞台のジュリエットの衣装のドレスの裾をつまんで言った。
「大丈夫だ。この格好で、少し感傷的になっただけだ」
 そして、振り返って奴は直接俺の瞳を見る。いつもの見慣れた奴の顔だ。そして、何かが吹っ切れた感じもする不敵な笑みさえ浮かべて見せながら、左手で拳を作り、俺の胸を軽く叩いて言った。
「悪い。誰かに話したい気分になったが、心配性の夢乃には言い辛い事だった。今聞いた事は忘れろ」
 ……忘れろって、記憶喪失になる訳にも行かないのに簡単に忘れられるか。と言うことは、お前の中で引っかかっている事は、やはり我龍という名の男の事だけなのか。それとも、俺達に気を使っているのか。
 とりあえず、俺は言った。
「まあ、何だな、その格好の間、お前は鏡を見るなって事だな」

 その時、教室の入り口で気配を感じた。ジプシーもドアには背を向けていたが、気配に気がついたようだ。
 俺は、ジプシーに動くなと合図をしてドアへ目を凝らして見ると、ゆっくりと隙間が細く開いて、いくつかの目が覗いた。ジプシーの着替えを待っていたクラスの女子達だ。どうやら時間がかかり過ぎたようで、待ちきれなくなったらしい。
 着替え終わったらしいジプシーの後姿を確認した途端、教室のドアが勢いよく開かれた。そして数人の女子がなだれ込んできた。
 最初に入ってきた女子の手にはカメラまである。
 一人が声をかけてきた。
「ジプシー……委員長、サイズはどお?」
「ちょうどいいみたいだってさ」
 固まっている奴の代わりに、俺が答える。
「やっぱり! 似合うと思っていたんだぁ!」
「とっても可愛い〜! 今の間に写真撮ろぉよ」
「ほんとに女の子みたい!」
「触っていい?」
「ポーズとって!」
 女子に見られたせいでますます固まるジプシーを取り囲み、口々に賞賛の声が上がる。その勢いと雰囲気に俺は思わず下がる。下がった為か、その時何気ない女子の動きが、ふと眼に入った。まるまる奴を取り囲んでいる訳じゃないんだな。まるで逃げ道をワザと作っている様な……。
 カメラのフラッシュが光った瞬間、声が重なる。
「委員長、恥ずかしいからって逃げないでよぉ」
 その声が引き金のように、女子の気迫に負けたかジプシーが後ずさりする。そして、女子に押されるように、教室のドアを抜けて逃げ出した。
 それを待っていたかのように、女子が歓声を上げて追いかける。その中に、嬉しそうなほーりゅうも混ざっていた。
 ……はっと気が付く。普通に考えたら、これってもしかして、まずいのでは?
 俺も慌てて、後を追おうとしたが、俺の前を夢乃がさえぎった。
「退け、夢乃! 女子の雰囲気と行動が変だ!」
 夢乃は、くすくす笑って言った。
「大丈夫。廊下で待っている間に、女の子の中で話が出来たのよ」
 訝しげに夢乃を見た俺に、続けて言った。
「だって、せっかく舞台をするなら、沢山の人に観てもらいたいじゃない。だから、ジュリエットの姿のジプシーを校内で走らせて宣伝しようって。……いいじゃない、学校の中では裏の任務も仕事もないんだから。ジプシーも普通の高校生活を楽しめばいいのよ」
 成る程、事情はわかった。女子の邪気のない作戦で、多分やっぱり精神が不安定だった奴が、まんまと引っかかったのもわかった。だが。

 ……この女ども、鬼だ。







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