光と影3
近衛愛菜という少女には二つ違いの兄がいる。
彼の名前は近衛悠斗。
日本に残る最強の武術《近衛流體術》を習う自慢の兄である。
実家が道場という環境に生まれながらも病気がちだった愛菜は、畳の上にいるよりも病院のベッドにいることが多かった。
体調が良かった時は祖父から《近衛流體術》の指南を受けたこともあったが、絶望的なまでに愛菜の気質と合わずに1カ月もしない内に辞めてしまった。
(どうして色々なことが出来るようにならなくちゃいけないの? 私はずっと1つのことだけをやっていたいのに……)
そもそも愛菜は《近衛流體術》に基本理念である『広く浅く』の考え方が嫌いだった。
なんだかそれは進んで複数の女性と関係を持とうする軽薄な男を見ているようで、嫌悪感すら覚える。
そんな愛菜にとっての楽しみは、毎日のように病院の見舞いに来てくれる兄との会話だけであった。
武術家の娘として生れながらも体が弱く、親戚たちから白い目で見られる自分を気にかけてくれるのは悠斗だけである。
当時まともに外を出歩くことすら出来なかった愛菜にとって兄の存在は――世界の全てであった。
『私、大きくなったらお兄さまのお嫁さんになりたいです!』
とある日の午後。
だから愛菜は悠斗に対して思い切って告白をしてみることにした。
『どうしたら愛菜をお兄さまのお嫁さんにして頂けますか?』
『実は俺……自分より強い女の子しか好きになれないんだ。だから愛菜が俺よりも強くなったら結婚してあげるよ』
悠斗の言葉は優しさから出た嘘であった。
当時の悠斗は愛菜に対して絶対に達成不可能な条件を出すことで、妹からの恋愛感情を絶ちきろうと考えたのである。
『分かりました! それでは不肖、近衛愛菜……。お兄さま好みの女性となるため……絶対に強くなってみせますね!』
近衛流體術と対を成す存在である心葬流を選んだのには、特別な理由はなかった。
強いて理由を挙げるのならば心を鍛えることに特化した《心葬流》ならば、病院の中にいても好きなだけ修行が出来ると考えたのである。
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「前々から強い相手と戦いたいとは思っていたが……。まさか……自分と戦うことになるなんてな……」
いかに心葬流を極めた者であっても、他人に《変態》することに成功した事例など聞いたことはない。
「ふふふ。これこそが私がお兄さまの強さを超えるために編み出した――究極の奥義です!」
愛菜は宣言すると、自ら悠斗の元に接近する。
貫手。
さながら自身の腕を1本の《槍》のように見立てて突くこの技は、世界各国の幅広い武術で使用されているものである。
愛菜の放った貫手が悠斗の頬に命中して肉を抉る。
「――――ッ!?」
愛菜は悠斗が得意とする打撃攻撃を悠斗を超えるスピードで放ってみせた。
あと一瞬タイミングが遅れていたら喉を破壊されていた。
愛菜の攻撃を目にした悠斗の額からは、ジワリと嫌な汗が滲み始める。
「気が付きましたか? もちろん単純にコピーしただけではありませんよ」
「近衛流體術に存在した欠点を8カ所ほど克服し……上方修正させて頂きました」
「近衛流體術(改)」
「それこそがお兄さまを超えるために出み出した最強の奥義です!」