VS 憤怒の魔王3
それから。
悠斗とサタンの戦いは、佳境を迎えようとしていた。
(強いな。今まで戦ったどんな敵より……)
悠斗がこれまでに戦ったことのある過去最強の敵――タナトスですらサタンと比べると、足元にすら及んでいないだろう。
だがしかし。
いかにサタンが強大な力を持っていようと、不思議と負ける気がしなかった。
(……そうか。敵が弱いんじゃない。俺の方が強くなっているんだ!)
そこで悠斗は1つの答えに辿り着く。
考えてみれば当然のことであった。
トライワイドに召喚された当初の悠斗は『技術』はあっても命のやり取りを伴う戦闘をまったくしてこなかった。
もし仮に――。
トライワイドに召喚された直後にサタンと戦闘することがあれば、勝負にならなかっただろう。
けれども。
これまでに数多の強敵と戦った経験が、悠斗の戦闘能力を飛躍的に引き上げていたのであった。
「クソッ……。何故だ……。どうしてオレの攻撃が通用しねぇ」
先に地面に膝を突いたのはサタンの方であった。
憤怒の魔王――サタンは七つの大罪としては異例の固有能力を持たない魔族であった。
しかし、生まれ持った才能はなくてもサタンは挫けなかった。
ストイックな修行の日々を送ってきたサタンは、魔族の中でも肉弾戦においては最強クラスの実力を身に付けることに成功したのである。
「オレの……オレの暗黒武闘拳は完璧だったはず。800年に渡って1日も欠かさずに研鑽を積んできた。なのに……どうしてお前に敵わねぇんだ」
「だからだよ。たったの800年だから勝てねぇんだ」
片膝を突きながらも息を乱すサタンを前にして悠斗は宣言する。
「――近衛流體術は世界の歴史そのものだ。俺の拳には、宇宙誕生からの現在に至るまでの140億年の重みが込められている」
このときサタンは、言葉の意味を正確に理解できたわけではない。
そもそも地球と比較して科学の進歩が進んでいないトライワイドでは、『宇宙』という存在を認識している者はいないのである。
しかし、なんとなくではあるが自身の敗因について理解することは出来た。
(最後まで『個』に対する拘りを捨てきれなかったオレと、『個』を捨て『集合知』の中に身を置くことで強くなったアイツ……。この敗北はその差かよ……)
何故だろう。
サタンの中にあった悠斗に対する憎しみは何時の間にか消失していた。
今はただ1人の武人として、強敵と巡り合えたことに対する喜びの方が強かったのだろう。
「へっ。憤怒の魔王である俺をこんな気持ちにさせやがるとはな……。コノエ・ユート。お前はどうっ……」
サタンが最後に残した言葉を知る者はいない。
何故ならば――。
突如として悠斗の前に現れた『それ』は、サタンの首を手刀で以て無造作に跳ね飛ばしたからである。
「お兄さま! 会いたかったです……!」
噎せ返るような血の臭い。
悠斗に数々のトラウマを思い起こさせる猫撫で声。
近衛愛菜
種族:ヒューマ
職業:無職
固有能力:なし
声のした方に目を向ける。
そこにいたのは黒髪黒眼の――悠斗にとって世界で唯一の天敵であった。