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76話 エピローグ
「ぬおおぉぉぉ~!」

 こんな漫画チックな雄たけびなんて初めて聴いた。
 でもこれは紛れもなく、リュウヤの口から発したもの。
 残念ながら気合が入ってる言葉とはほぼ真逆で、極度の緊張と恐怖から。
 そう、私とリュウヤは絶叫マシーンを乗り終えたばかり。
 今二人で園内のベンチに座り、私はリュウヤの顔面蒼白な表情を目の当たりにしている。

「どうして無理に乗ったのよ?苦手だったんでしょ?」

 これに乗ろうとしたのはリュウヤ。私がせがんだわけじゃない。
「いやいや…俺自身の勇気と肝っ玉を育てるためで…」
「勇気は育たないと思うけど…(^_^;)」

 その後、5分くらいでリュウヤの顔にも赤みが戻り、彼は空に向かって大きく深呼吸をした。
「もう少し休まない?私たち、今日は立て続けに乗りっぱなしだよ」
「うん…でもちょっと…行きたいとこが…」
 リュウヤが立ち上がる。
「まだ座っていようよ。乗り物はまだいいってば」
「いや違うんだ。その……パンツ買いに行かなきゃって…」
「ええっ?パンツ?なんでパンツ…って、あ!まさか…?」
 そのまさかもまさか、本当にそうだった。
「チビっちまった…(⌒-⌒;」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lちょっとどうすんのよ」
「だからパンツ買って来るのさ」
「買わなきゃならないくらい漏らしたの?」
「恥ずかしいから漏らした量のことなんか聞くなよ」
 リュウヤにそう言われて自分の顔が赤くなってゆくのがわかった。
 それと同時に、不謹慎にもなぜか笑いが徐々に込み上げてくる。
「なんだよ。その時間差笑いは」
「だってぇ~(*≧m≦*)ププププッ」

 これぞまさにチビリおぱんつ。リュウヤの元の芸名。
 こんなたわいもないことに気づいただけで、笑わずにはいられなかった私。
「安佳里、笑いすぎじゃねぇ?俺の前の芸名を思い出したんだろ?」
「わかる?(*^m^*)」
「もうチビリおぱんつは卒業したんだから、すぐに履き替えないとな」
「卒業しなくても汚れたものは履き替えた方がいいよ(^_^;)」
「じゃあパンツ選ぶの手伝ってくれる?」
「えー!?私、男性の下着なんて知らないよ。あ、でも買うんだったら赤がいいんじゃない?」
「なんでだよ?」
「なんかね。赤の下着は幸運に恵まれるんだって。テレビで女優のFさんが言ってたの」
「でもあの人、離婚したじゃないか?」
「う…それを言われると…」
「まぁ、せっかく安佳里が助言してくれたことだし、赤にしてみるかな」
「ホントにそれでいいの?」
「あぁ。幸運は金銭面に関してのことかもしれないし、女優のFさんが離婚したのも、あの人の人生においては幸運なことだったのかもしれないだろ?」
「う、うん^_^; そう考えればそうよね」



 広い園内のショップで980円の赤いボクサーパンツを購入して、試着室を借りて着替えたリュウヤ。
 なのに店から出た彼の顔はなぜか緊張していた。
「どうしたの?」
と声をかける私。
「なんかさ、赤なんて初めてだから、人に見られたら恥ずかしいなって」
「見せなければ見えるわけないでしょ^^;それとも腰パンしたいの?」
「そうじゃなくて、こっちの古いパンツを手に持ってるのがさ」
「(ノ__)ノコケッ!」
「なんかみっともなくねぇ?」
「店の買い物袋に入れてるんだから平気でしょ!なんなら私がそれ持ってあげるよ?」
「いやいやいや、それはいい(^□^; さ、気分治して次の乗り物に行こう!」

 相変わらずリュウヤのシャイな面は今も昔も変わらない。
 知らなかったのは、彼がこんなに遊園地が好きだったこと。
 もうすでに7つのアトラクションをこなしている。
 最初は本当に意外で不思議だった。
 けど、時間が経つうち、私には徐々にその本当の意味がわかってきたような気がした。
 それは彼に振り回されているときに、ふと頭によぎった瞬間。

 ───こんなにバタバタしてたら、ムードも何もあったもんじゃない……
 ハッ!!(゜〇゜;)

 私がリュウヤの行動の意味に気づいたのはまさにこの時。
 考え違いをしていたのは私。
 まずひとつ言えることは、決してリュウヤが遊園地大好き人間ではないということ。
 リュウヤは無理をしている。彼は、意識的に間を開けないように行動しているだけ。

 ここまで、ひとつのアトラクションを終えるたび、間髪入れず次の目的場所へと急ぎ移動してきた。
 ランチタイムはバーガーやアイスの食べ歩きで済ましたから、ろくに座るヒマもなかった。
 おそらく全てこれらの行動はリュウヤの計算。
 でも所詮、こんな疲れる行動には無理があり、このまま最後まで続くはずもない。

 秋の夕暮れは早い。疲労度もピークになると、当然ゆっくりもしたくなる。
「次はどこ行こうか?」
 なのにリュウヤは今も懲りずに先に進もうとする。自分だって絶対疲れてるはずなのに…
「もういいよ。リュウヤ」
 私はここでブレーキをかけた。
「え?」
「もういい。わかったから」
「わかったって…何を…?」

 そう、私はもう確信していた。
 リュウヤが意識的に私と二人きりで落ち着いた時間を作らないことを。
 つまり───
 全ては私への気遣いから。
 リュウヤの行動は、私のトラウマのことを考えてくれていたからこそだったんだ。
 私が自分のトラウマを克服できていないがために、ここまで神経を遣ってくれていたんだ。
 彼は何も悪くない。悪いのは私。

 ───なら私はこのあとどうすればいいの?
 ───決まってるでしょ。次は私が彼のために尽くす番よ
 ───あんたにそれができる?
 ───できるわ。今しなきゃダメ!今がそのきっかけ。ターニングポイントよ

 私はリュウヤに提言した。ある思いを秘めて。
「観覧車に乗りましょう」
「( ̄□ ̄;)ええっ?それはちょっと…」
「まだ乗ってないでしょ。行こうよ。ちょうど街の灯りも見えてきれいだよ」
 有無を言わさず、躊躇するリュウヤの手を強引に引っ張って連行する私。
 運が味方してくれたのか、タイミングよく、待たずにすんなり観覧車に乗れた私達。

 十数秒の無言状態。それを打ち破ったのはリュウヤから。
「やっぱさぁ…俺、高いのダメなんだよ」
 お互い向き合った席で、うつむきながら話すリュウヤ。
「じゃなんで絶叫マシーンに乗れるの?」
「あれはスピード感があるから…」
と、全然理屈に合わない言い訳。
「じゃあ私、そっち行くね」
「えっ?えっ?!」
「だって怖いんでしょ?」
「バランス悪くなるじゃん」
「リュウヤと一緒にいたいの!」
「そ…そんなこと…」

 強気に見せていた私だけど、もう心臓はバクバク。
 席を移動してリュウヤに寄り添った私。
 張りつめた空気。そしてまた数秒間の無言が続く。
 これじゃダメ。このままじゃ観覧車に乗った意味がない。

 ───今日こそ1歩進まなきゃ!

 意を決した私は、そっと彼の方へ顔を向ける。彼もそれに合わせるように私の方へ…
 目と目が合った──

 ───今なら…今この瞬間なら……

 私はそのまま静かに目を閉じた。
 リュウヤの思いもきっと私と同じはず。
 そうよ。きっと…

 どれくらい待っただろう。
 実際は5,6秒ほどかもしれないけど、5分以上待った気がする。
 
 ──チュッ

 ついにリュウヤの唇が私に触れた。
 けど…けど触れた部分はおでこ。一瞬だけのソフトキス。
 私は目を開け彼を見た。ほんのり微笑む彼。というよりもぎこちない笑顔。
 やっぱりリュウヤはまだ私に気を遣ってる。一歩ひいてるのがよくわかる。
 もう、こんなの終わりにしなきゃ…絶対今日で終わりにさせなきゃ…
 私は彼の目を見てキッパリとこう言った。

「リュウヤ。そんなキスなんかしないでよ!」

 精一杯の強がり。
「えっ?…だって…安佳里が────うっ!!」
 私は半ば強引に、しゃべろうとするリュウヤの口をキスでふさいだ。

 これが長い長いキスの始まり。
 不思議だった。
 私の胸は張り裂けそうなくらい鼓動が激しいのに、なぜこんな大胆なことができるんだろう?
 極度の緊張状態にいるのはリュウヤも同じはず。
 でも、その彼が私の腰に手をまわし、そっと体を引き寄せてくれた。
 密着する体。やはり彼の鼓動も早い。
 私も彼の背中に手をまわし、その両手をかたくロックした。

 不思議なことの連続で、まるで夢の中にいるよう。
 あれだけの緊張感がウソのようにほぐれてゆく…
 
 座高の違いもあるけれど、私が彼を見上げ、彼は私を見下ろす形で唇を重ね合い、ただひたすらに抱きしめ合っていた。
 それは決してディープな“動”のキスじゃなく、唇だけを深く重ねて感じ合う“静”のキス。心の通い合った愛のキス。
 もうキスに違和感なんて感じない。
 私の方が先に主導権を握っていたのに、今は完全に受け身の私。

 本当に好きな人とキスすると、こんなに幸せを感じるものなの?
 あぁ…このことにもっと早く気づいていたら…
 こんなに長い間、私たちはお互い苦しまなくても済んだのに…

 観覧車が今どの位置にあるかなんて、気にも留めなくなっていた。
 今この瞬間、唇を重ねているこの瞬間、私はリュウヤの中に体ごと溶け込んでゆく気がした。。



 すがすがしく目覚めた翌朝。
 普段、太陽なんか見ない私が起きるとすぐに窓を開け、空を拝んでいる。
 夏の日照りのない今の時期、このまぶしさがとてもさわやかで心地いい。
 ふと、私の大好きな歌詞が頭に浮かんだ。

 私はあなたの空になりたい
 優しく強く見つめたい
 孤独な道に迷ったら
 いつでもここに飛んで来て

 楽曲:私はあなたの空になりたい 今井美樹

 今の私は未熟すぎて、到底この歌詞の人物には及ばない。
 だけど、いつの日かこんな心の広い、大きな女性になりたい。
 今までは人に迷惑をかけ過ぎてきた私。
 人に救われるばかりで、救ってあげたことなんてない。
 もうこれからは人に頼るんじゃなく、頼られるような人になりたい。
 いえ、きっとなってみせる。

 こんな私をずっと長い間思い続けてくれたリュウヤ。
 彼を温かく包んであげられるような…そんな女性にきっとなるわ。
 
 今日はギンゾーの月命日。
 このタイミングを考えると、昨日の出来事もひょっとしたらギンゾーが助けてくれたのかもしれない。
 いえ、きっとそう。そういう人だもの。
 きっとギンゾーは天にいる。地獄なんかには絶対行く人じゃない。
 私は秋晴れの青空に向かって語りかけた。

「お父さん、もう大丈夫。私、トラウマを克服したよ。お父さんのおかげだよ」

 昨日は週刊GRKISHAにリュウヤのスクープ記事が載る日でもあった。
 気にならないと言ったらウソになる。
 帰り道にコンビニに寄った私は、表紙記事のタイトルを見て驚いてしまった。

“男・チビリおぱんつ再出発!公開プロポーズ!”

 もっと批判めいたことを書かれるものと覚悟していたのに、不思議でならなかった。
 私はすぐに記事掲載のページを開くと、メインとは別なサブタイトルが目に飛び込んできた。

“新事実!湧き出るリリアの男遍歴。チビリおぱんつは捨てられた!”

 その記事内容は、数ページに渡って長々と書かれているようだったけど、私は読む気にはならなかった。というよりも、読まなくても良かった。
 リュウヤの潔白を、取材記者が正しく理解してくれたことで───それでもう満足だったから。

 
 部屋の窓から私はできる限りの満面な笑みで、空に両手でピースをした。
 道行く通行人にバカだと思われても構わない。そんなのへっちゃら。
 今の私には愛するリュウヤがいる。そして心の中にはお父さんだって。

「見ててね、お父さん。私、絶対幸せになるから」

                   (完)
こんなたわいもない作品を、ここまで読んで下さった読者の方々、心より感謝致します。
ありがとうございました。
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執筆は日々修行。次作も頑張ります!
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