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58話 思いがけないところへ
 さゆみからのメールに返信するには若干の躊躇があった。
 彼女が平日の夜にわざわざ都合をつけて誘って来るのは、明らかに私の誕生日のために考えてくれていることだと思う。
 それはとても嬉しいことだし、迷惑だなんて思わない。
 さゆみだって当日は仕事帰りできっと疲れてるはず。
 むしろこんなグダグダの私にここまで気を遣ってくれるさゆみには、いつか倍返しでお礼をしなきゃいけない。
 でも一体、それはいつの日になるのか、本当に実現できるのかは疑問だけど。。

 そんな感謝すべきさゆみに、私が返信を渋っていたのにはもちろん理由がある。
 可能性は薄いことはわかってる。でもバカな私はその可能性を捨てきれないでいる。
 もしかしたらその日、リュウヤから誘われるのではないかというかすかな期待。
 その可能性が1%でもあるのなら、さゆみの誘いと重なったらマズいことになると思ったから。

 どうしようか迷ったあげく、わたしが起こした行動は、単にリュウヤにメールで確認することだった。
 たかがこれしきのことでも、今の私には大変な勇気だし、正直恥ずかしかった。
 なるべく自分の誕生日のことを言わずに、相手の予定だけを聞くなんて不自然きわまりないこと。
 逆に“私の誕生日忘れてない?”とアピールしてるみたいでイヤだった。

 送ったメールに返信が返ってきたのは約1時間後。
 その返事はあっけなく、どうかしたのか?などという気にした疑問符は全くなく、
“ごめん。その日は都合が悪い”の一文だけ。
 この瞬間、わずかに持っていた期待もなくなり、緊張の糸が切れて気持ちが萎えた。
 
 ───だけど…

 だけどこれで迷うことがなくなったのも事実。
 そう。さゆみを裏切らないで済むんだもの。これで良しとしなきゃ…
 5分後、私はさゆみにお誘いメール承諾の返信をした。


 ダラダラしていればいつも時間が長く、何か予定を入れたらその日はすぐにやって来る。 
 私のバースデー当日もそんな感じでおとずれた。
 午後6時。仕事帰りに待ち合わせたさゆみと私。
 久しぶりの対面なのに、まるで毎日会ってるかのような軽い挨拶。
「Hi安佳里。じゃ行こっか」
 会うなり彼女は早歩きで私を誘導しながら先に進む。
 不思議に思った私は、そんなさゆみに問いかける。
「ねぇさゆみ。なんでそんなに急いでるの?どこかのお店でも予約してるの?」
 彼女は私にちょっと振り返っただけですぐ前に向き直り、歩くペースを落とさずに答えた。
「予約っていうか…時間がちょっとね」
「遅れたらキャンセルされちゃうとか?」
「そうじゃないけど、早く行ってゆっくりした方がいいでしょ」
「まぁそうだけど…」
 今いちしっくり来ない理由だけどそれ以上聞くのはもうやめた。
 行ってみればわかることだし、早歩きでしゃべるのもきついし。

 5分ほど歩くとさゆみがメイン通りから脇道に折れた。
 細い路地に入ったその一帯は、この日の営業が始まったばかりのスナックやカラオケ店。
 そしてその合間にコンビニや仕出し弁当。
 または女性専用か男性専用なのか見分けがつかないサロンのような店も点在している。
 もちろん私がこんなとこを歩くのは初めて。でもさゆみは迷うことなくスイスイと先へ行く。

「ねぇさゆみ。まだ着かないの?足痛いよ」
 さゆみはローヒールだからマシに歩けるけど、ミドルヒールの私にはやっぱり無理。
 足に疲れを感じたところでついにボヤいた私。
「もう着いたよ。ここ」
 10メートルほど先を歩いていた彼女が立ち止まって一軒の店を指さした。

“カフェバー雲の巣”

 ネーミングだけで推測すると、こ汚くて魔女でもいそうな感じの店に思える。
 けど漢字が“雲”で、虫の“蜘蛛”じゃないところがまだ救い。
 それともうひとつ、私が入口で目にとまったものがあった。
 それは明らかに手書きで書いたポスターが1枚、ドアに堂々と恥ずかしげもなく貼られていたから。

“本日限定!楽しくなかったらお代は一切いりません”

 私がポカンとその貼り紙を見ていたもんだから、苛立つさゆみにせかされた。
「安佳里、何してんの。入るよ早くおいで!」
「う…うん。。」

 腑に落ちないままに、私はさゆみの後を追い、謎の店内へと入って行く。
 それでも私はまだ考えていた。

 ───楽しくなかったらって……おいしくなかったらの間違いじゃないの?

                 (続く)
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