挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【二】 逃亡 -ユウの過去編-

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

84/236

あの話

「明日の昼にはトラマルに着く。ユウはそれまでだ」
「ああ」
「ゆっくり頭を冷やしな」
 そう言い残すと、アレサンドロはマンムート最下層に設けられた独居房へ施錠し、戻っていった。
 他にもいくつか独房がある中で、ユウとテリーをあえて同じ部屋に入れたのは、コミュニケーションを取り、少しでも仲よくなれ、ということだろう。それくらいユウでもわかる。
 しかし、それが上手くいくかどうかは、また別の話だ。
 ベッドがひとつ。それだけの房に残されたふたりは、その端と端とに腰を下ろしたが……。
「……」
「……」
 案の定、静かである。
 ただ、テリーの目だけは、せわしなくこちらをうかがっており、ユウが立ち上がると、
「ま、待った!」
 奇妙な声を出し、後ずさった。
「なんだ」
「いや……な、殴られるかと……」
「おびえすぎだ」
 一度牙を折られると、こうなるものなのか。
 なんとも複雑な感情をいだきつつ、ユウはかがみこんだ。
 ひとつ息を整え、指先で床に大きく円を引き、その中に祭紋を描く。
 祭紋とは、神官のみに描くことを許された、ある種の結界のようなもので、その内部は神前と同様とされている。
 インクでも、聖砂でもない。ただ指で、見えない線を引いただけの祭紋だが、ユウは満足し、その中心に正座した。
 長い、懺悔の祈りを終えて振り向くと、テリーも指を組み、口の中で祈りを唱えていた。
「フーン神か」
「え!な、なに?」
「……いや、なんでもない。邪魔して悪かった」
 そんな調子で、時間だけが流れた。

 そして、一夜明け。
「ホント、ひっどい!」
 朝食を運んできたララは、頬をふくらませていた。
「アレサンドロは、放っとけ、しか言わないし。モチは寝てるし。こいつはともかく、なんでユウが、こんなとこ入らないといけないわけ?……あ、それ、あたしが作ったの。美味しい?」
「……ああ、美味い」
 もう少し、塩気がなければ。
 ユウは、喉まで出かかった言葉と共に、塩辛いスープをかきこんだ。
 その他、プラスチックのトレーに乗っているのは、分厚く切ったベーコンと卵、サラダに雑穀パンという、定番メニュー。
 ふたりはそれを床に座って食べた。眺めているララも床だ。
「ユウのために作ったんだからね」
 と、言うララに、テリーが、
「俺のは?」
 と聞くと、
「あんたはハサン。なんか入れてたよ」
「なんかってなに?ねぇ、なに!」
 まだ、ツイてる。ユウは、ヒリヒリと焼けた舌で思った。

「ね、そんなことよりさ、あたし、テリーに聞きたいことあるんだけど」
「俺に?……なんでここに入ったか、なんて、わかるでしょ」
「そうじゃなくって、ほら、あの話って奴。セレンにしてたじゃない」
 ああ、とテリーは、パンを口に放った。
「別に、誰かに話すようなことじゃないよ」
「だから知りたぁい。ね、ユウ。ユウも気になるよね」
「……そうだな」
「か、彼氏さんを味方につけるのやめてよ。俺、今、彼氏さん、すごい怖いんだから」
「ふぅん」
 と、ララが、ユウの太腿をつついてきた。
 なんだと目を合わせると、返ってきたのは、ララのウインク。
 ユウは仕方なしに頭をかいた。興味があるのは自分も同じである。
「テリー」
「……い、嫌だよ」
「……」
「ダメだよ、そんな目しても」
「そうか」
「あ、いや、ごめんなさい。わかった。話す、話すよ」
 テリーはすっかり、頭が上がらない。

「ララちゃんが入る前に辞めちゃったけど、俺が鉄機兵団だったってのは、まぁ皆さん、ご承知の通り」
 時にすると三年前。
 先代皇帝が亡くなる、少し前になる。
「当時の俺は、その、少し言いにくいんだけど……紋章官でね」
「紋章官……!」
「うっそ!じゃあ、ケンベル将軍の?」
「はぁ、まぁ、ご縁があってね」
 テリーは、気恥ずかしげに鼻の頭をかいた。

 かつて、聖鉄機兵団の前身である帝国聖騎士団に入団するためには、それなりの戦功と家柄が必要だった。
 だが、L・Jでの戦闘が主流となった現在、そうした因習にとらわれず、国中の若者から有望な人材を受け入れる形へと、それも変化してきている。
 西部の片田舎で育ったテリーが鉄機兵団へ入団したのも、そうした『入団テスト』がきっかけで、初めて帝都へ上ったのは十六の歳。そのときにはすでに、将軍オットー・ケンベルによって、才能を見出されていた。
 それから五年。
 紋章官へ抜擢された、その一ヶ月後に、テリーは退役願を出した。

「なんで、もったいない!」 
 ララが叫ぶのも、もっともだ。
 ユウもそう思う。
「それが、なんていうかな。野心に負けたっていうか……」
「野心?」
「そ、身の程知らずな、野心」
 自嘲気味に笑いながら、テリーは続けた。

「ララちゃんならわかると思うけど、紋章官ってのは、大きく分けて、ふたパターンあってね」
 ひとつは、気心の知れた知恵者を、補佐官としてそばに置く、というもの。
 選ばれ方は様々だが、直属の部下や小姓・執事など、それまで長年将軍に仕えてきた者が、鉄機兵団内での経歴に関わらず任命されることが多い。
 忠誠心が高く、サリエリ、バレンタイン、ササ・メスなどは、すべてこれだ。
 だが、長年連れ添った紋章官に先立たれてしまった場合や、これと見込んだ若者が現れた場合。別の選択肢をもって、紋章官が決まることがある。
 次期将軍の育成である。

「俺、頭も悪いし、こりゃ出世は無理だなぁって思ってたから、そう聞かされたときは、もちろん嬉しかったよ。将軍のことも、ホント好きだったしね」
「うんうん」
「でもね」
 と、少しだけ、テリーは語気を強くし、
「俺、思ったわけよ。このまま持ち上がりで将軍になって、それで満足かって」
 そして、首を横に振る。
「満足なんかできなかった。俺は、力で、一番になりたかった」

 目を閉じ、話に聞き入っていたハサンが、そこで、フ、と笑った。
 監視カメラの映像と音声が流れるブリッジには、他にも、メンバー全員がそろっている。
 無論それに気づくはずもないテリーは、大きく伸びをして、重くなりかけた調子を改めた。

「そう思ったら、紋章官もつまらなくなっちゃってね、気づいたら辞めてた。……で、次の目標ができた」
「へぇ?」
「将軍の『メラク』を倒して、俺が一番になる。……って、目標」
「わ、でかぁい」
 ララは手を打って喜んだ。
「でしょ?それで、あの話って奴だ」
「あ、それそれ、それ本題!」
「俺はセレンさんに、メラクをもう一機作ってくださいってお願いしたの。メラクを倒すためには、メラクが必要だからね」
「……そう?」
「そうだよ。これもう、みんな誤解してるけどさ。俺ひとりのスキルであの人倒そうと思ったら、他のL・Jじゃダメなの。気合で射程は伸びないし、運で精度は上がらない。でしょ?」
「ふぅん」
「そしたらまぁ、十五億でどう?とか言われて……」
「高ッ!」
「でしょ?高いよねぇ。でも仕方ないわけよ、製作者さんがそう言うんだから……」
 テリーは、がっくり肩を落とした。
「それから三年で千五百万まで貯めたけど……ああ、もうこうなったら、おしまいだ。俺の手配書を見たら、きっと、あの人が出てくる!」

 真面目は真面目なのだろうが、緊迫感という点で言えば、昨夜のことが夢であったかのような、なさである。
 ララの手前おちゃらけているのか、それともこれが、この男なりの観念の形なのか。ユウは、首をかしげずにはいられなかった。
「ね、だったらさ」
 と、クスクス笑ったララは、テリーの顔をのぞきこみ、
「やっぱり、仲間になっちゃいなよ」
「え?」
「将軍が出てくるんなら好都合じゃない。あたしも手伝うからさ。それにほら、セレンの雑用とかやったら安くなるかもだし」
「いやぁ……でも、こういうのは、ひとりで勝つから格好いいんじゃない。一対一の、男の決闘でさ」
「そうかなぁ」
「そう。ああ、でも、ここで牢屋に入ってたら意味ないか……」
 そう言ったテリーは、ますます、しおれてしまったのだった。


 昼近くなり、マンムートはトラマル近郊へ到着。山間の斜面を突き破り、外界へ顔を出した。
 さすが北国。一面の銀世界である。
 ここからユウは、最も近いドーザの町へ入り、ジョーブレイカーと落ち合うことになっている。
「アレサンドロ」
 独房を出たユウは、再び鍵を閉めかけるアレサンドロの手首を取った。
「あいつも連れて行きたい」
「テリーをか?」
「俺は、使えると思う」
 少なくとも、戦力としては認めてもいいと思った。
 すると、
「……みてえだな。聞いてたぜ」
「え……?」
 ユウも、アレサンドロが会話を盗み聞いていたなどとは思いもしない。
 アレサンドロは喉の奥で笑い、
「お前が殺した男だ。好きにするさ」
 ユウの肩を叩いた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ