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ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【二】 逃亡 -ユウの過去編-

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アイアン・メイデン

「ユウって……意外に大胆」
 腕の中で声を潤ませたララが、目蓋を閉じ、唇を差し出してくる。
「ユウ……ン」
 なんとロマンティックな、星空の下でのファーストキス。

 すっごい寒いけど、ステキ……。

「馬鹿、そんなんじゃない!」
 ユウは地面に転がった、細い、笹の葉状の金属片を取り上げ、その手へさわらせた。
「なにこれ、ナイフ……?」
「今、飛んできた」
「うっそ……!」
「嘘じゃない」
 投げ放たれ、倒れたこんだふたりの脇を通過し、マンムートの装甲で跳ね返された、その一部始終の音を、ユウは、はっきりと聞いている。
「あいつらが使ってたのと、同じ形だ」
「あ、あいつらって……」
「バイパーだ」
 ララの小さな身体が、強張った。
「逃げなきゃ……!」
「ああ。ララは先に行って、みんなに知らせてくれ。俺は……」
「バカ!格好つけてる場合じゃないって!」
 ララが心配するのももっともだ。ユウは太刀を、部屋へ置いてきてしまった。
「いいから行け。行って、ハッチを閉めろ!」
「……バカ!」
 背中を押されたララが、ハッチへと走る。
 外壁がロックされると、唯一の光源を失った闇が、息詰まるような重苦しさでユウを包みこんだ。

 そよりとも風が動かない。
 闇の中で、川音だけが絶え間なく耳へ流れこんでくる。
 ……妙だな。
 キャタピラを背にうずくまったユウは、思った。
 バイパーたちは当然、ララを逃がすまいと行動を起こす。そう思っていたのだ。
 だが、ユウの周囲には今、そのような気配は微塵も感じられない。
 と……。
 ひょう、と風が鳴り、とっさに身をかがめたユウの頭上で、キャタピラに弾かれた刃が火花を散らした。
 さらに右から。
 続いて左から。
 風鳴りを頼りにかわすうち、ユウは、ここでも違和感を覚えた。
 相手がひとりであることもそうだが、なにより、あの男たちに比べ、明らかに技量が劣っている。
 先ほど拾ったナイフだけでも、十分対処できそうだ。
「……よし」
 ユウは手のひらでナイフの握りを確かめ、慣れ始めた目と耳を、刺客に集中させた。

 そこからは、殴り合い同然に行き来する、互いの刃。
 元々、太刀よりもナイフの方が手に馴染んでいるせいもあるのだろう。情勢は次第に、ユウへと傾いていく。
 その場を、ほとんど動かずに刃をまじえていたふたりが、一瞬距離を取った、そのとき。
 マンムートの前照灯が点灯した。
 狙ってやったことなのか。ユウは丁度、マンムートを背にしており、強烈な光は真正面から刺客を照らし出す。
 刺客は顔をそむけ、二、三歩後ずさった。

「女……?」

 女性らしい、丸みのあるボディラインが浮き出た、紺のラバースーツ。双剣は手に握るのではなく、手の甲に固定されていたようだ。
 松葉色も美しい、内巻きにしたミディアムヘアや、ぽってりとした唇の、磁器人形のような顔立ちは、とても暗殺者のものとも思えなかったが、うろたえる様子もなくユウを見返したその瞳は、あのヒッポのドラゴンを思い起こさせる、無機質で無感情な、まるでガラス玉に見えた。
 そうしてしばし、ユウとにらみ合った娘は、静かに後退すると、一散、川の上流へ逃げ出した。
「あ……!」
 と、思ったが、ここは追いかけるべきではない。
 ユウは、ほ、と息をつく。 
 そこへ。
 後部ハッチから飛び出し、マンムートを飛び越えたサンセットが、ズン、とユウの目の前に着地した。
 大地が振動し、眠っていた鳥たちが、いっせいに空へ飛び立った。
『大丈夫?あいつらは?』
 鼻息も荒く、ララが言う。
「馬鹿!お前の足の下だ!」
『えぇ?』
「早く足をどけろ!」
 叫んだところへ、アレサンドロとハサンが駆けつけてきた。

「ユウ!怪我はねえか!」
「ああ」
「バイパーは?逃げちまったか?」
「いや……」
 ユウは、サンセットの足元を指差す。
「……おいおい、マジかよ」
「それに、前の奴らじゃなかった。ひとりだ。若い、女だった」
『うっそ!』
「おお、もったいない」
 またしてもけしからぬことを口走ったハサンを、コクピットのララは、にらみつけた。
『とにかく、あ、あたしのせいじゃないからね!こいつが悪いんだから!』
「ああ、わかってる。だから早く足を動かせ」
「賛成だ」
 ハサンは誰よりも先に、サンセットの足元へかがみこんだ。
『うぅ、あんまり見たくないかも……』
 モニターから目をそらしつつ、ララはサンセットの足を浮かせ、そっと、その場から動かした。

 ……娘は、岩場に埋まるように倒れている。

 近づきかけたユウを制し、
「フフン」
 ハサンが、ステッキをコツコツ鳴らした。
「お嬢さん。その身体で、何人の男をたぶらかした?」
 すると、うつ伏せになったその腕に、ぐ、と力がこもり、
「そんな……馬鹿な……!」
 なんと、娘が立ち上がったのである。

 外見的には、怪我ひとつ、骨折ひとつ見られない。
 L・Jの中でも重量級のサンセットだ。折れた双剣をぶら下げた表情のない娘は、運がいいのひと言で片づけられる域を超えている。
「これは、かわいらしいお人形さんだ」
 ハサンは、ちろり、舌なめずりした。
「名は?」
「……シュナイデ」
「悪くない。次は邪魔のいないところで、しっぽりといきたいものだな」
 シュナイデは首をかしげた。
「行くがいい」
「ハサン!」
「我々も彼女も、決め手に欠ける。ここは仕切り直しだ。なぁ?シュナイデ」
 やはり、なにを言っているのかわからない。そう言いたげな様子のシュナイデだったが、素人同然に背を見せ、上流へと走り去っていった。

『ねぇ……あいつ、どうなってるわけ?』
「さあな。人間じゃねえ。それだけだ」
「……魔人、でも、ない」
「ああ。魔人は、基本的に人間と変わりねえ。こんなのに踏まれりゃあ、さすがに死んじまう」
『なぁんだ。だったら、もっと踏み潰してやればよかった』
 以前、バイパーとの戦いで九死に一生を得たときとは大違いの態度に、ユウとアレサンドロは顔を見合わせ、苦笑した。
「まあ、なにを言っても今更だ。戻ろうぜ。すぐ出発する」
「ああ」
 と、アレサンドロに続いて、ユウもきびすを返した。
「痛ッ……ぅ!」
『ユウ!』
「ユウ?どうした!」
 突然の激痛に、よろめき倒れたユウを、アレサンドロが抱き上げる。
 ……そうだった。
「足のこと……忘れてた」
「なに?おいおい、驚かせてくれるなよ」
『あ、ハイハイ!あたしが運んであげる!』
「結構だ。……う、うわっ!」
 サンセットにつまみ上げられたユウの叫び声が、夜の森へ響き渡る中、ハサンはひとり、
「アイアン・メイデン……。ンンン、結構結構」
 悦に入っていた。
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