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ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【二】 逃亡 -ユウの過去編-

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毒蛇

 馬車を襲った大男の仲間ふたりが、怪我ひとつなく姿を現したのは、それから間もなくのことである。
 全員が全員、二メートル近い巨体を持ち、黒マントのフードを持ち上げ見せた肌も、皆一様に、墨を塗ったように黒い。
「どうした」
「わからん」
「連中が火をつけた」
 と、低く発せられる声も、三人よく似ている。
「死んだか」
「わからん。直前に、目潰しをたかれた」
「だが、生きているとは思えん」
「だが、死んだ証拠もないのだろう?」
「!」
「ならば、油断すべきではないな。バイパー隊の諸君」
「ハ、ハサン!」

 大男のかげに、不敵な笑みを浮かべたその人が、悠然と立っていた。
 幻でも、もちろん幽霊でもない。
 ハサンは大男の盆の窪を、レイピアでつつき、
「さて、これから感動の再会シーンだ。静かに見守るのが悪人のマナーだぞ」
 男の尻を蹴り、遠ざけた。
 そして……。
「荷物を分担すんのは善人のマナーだぜ」
「アレサンドロ!」
 あとから現れたアレサンドロは、自分の剣とユウの太刀、そして五十万の金袋に医療用具、その他諸々の生活用品を、両腕いっぱいにかかえている。
「ほぅ、私が善人だと?」
「……そりゃそうだ」
 アレサンドロは盛大にため息をつき、茫然と口を開けるユウたちのそばへ、荷物を降ろした。
「よう。心配しましたって顔だな」
「ア……アレサンドロォ!ハサァン!」
 ララは、ふたりの首に飛びつき、わんわん泣いた。
 実のところ、ユウも泣きそうになった。
「まいったな、こいつは……」
「フフン、悪くない」
 アレサンドロは照れくさそうにはにかみ、ハサンはララの首筋に、優しくキスを落とした。

 ……のちに聞いたところによると、馬車には護身用と称して、あらかじめ、大量に火薬の詰めこまれたトランクが積まれていたらしい。
 ユウの耳にした爆発直前の破壊音は、脱出口として細工を施されていた、後部のはめこみガラスが割れる音だったのだ。
 と……。
 よどんだ瞳で五人を見つめていた大男三人組が、ローブの下から短刀をふた振り、それぞれ両手に抜き払った。
「やれやれ、せっかちな連中だ」
 ハサンが肩をすくめ、おどけた。
「あいつら、何者なんだ」
 アレサンドロとハサンがいれば、もう心丈夫である。
 受け取った太刀を剣帯に挟み、ユウは、視界が広くなった気さえしている。
「帝国の犬だ。いや、蛇だな」
 ハサンが、くっくと笑った。

「聖鉄機兵団、独立戦闘部隊、通称バイパー隊」
「独立……」
「全員、蛇の魔人様だ」
「なんだと……?」
 絶句したのはアレサンドロだった。
「なんで魔人が鉄機兵団に……!敵じゃねえか!」
「フフン、鏡を見ろ。人間の中にも魔人を愛する者がいる。逆もまたしかりだ。もっとも、そこの三人の望みは、情よりも血、なのだろうがな」
 こちらの話に聞き耳を立てていたバイパーたちが、ふふ、と薄気味悪く笑った。
「勅命を受けたか、気まぐれか。なんにせよ、話せばわかるなどと思わんことだ。丸呑みされたくなければ殺す気でかかれ」
 そこまで言うとハサンは、レイピアをステッキに収め、地面に腰を下ろしてしまった。
「あとは任せる」
「……やれやれ、仕方ねえな」
 だが、そもそも傷のふさがっていないハサンは、馬車から脱出できただけでも御の字だ、と、アレサンドロは思っている。
「こいつらだけは頼むぜ」
 ララとモチを指差した。
「いいだろう。いざとなれば三人で逃げよう」
「ハ、格好つけてコケるなよ」
 アレサンドロは、剣を抜いた。

 ……ユウとアレサンドロ、三人の殺し屋バイパー。
「二対三か」
 互いの距離は、十メートルほど開いている。
「まさか魔人とやるはめになるとはな……。気をつけろよ、いつもとは勝手が違うぜ」
「わかった」
 バイパーたちは、ゆったりとした動作で、五人の周囲を回り始めた。


 N・Sの性能に、今まで、どれほど助けられていたか。ユウはそれを、骨身にしみて感じた。
 鍛錬の成果で大きな失敗こそないものの、やはり実戦ともなると、素人と思われても仕方がない。
 相手の技量、手数共に厄介だが、どうしても、重い太刀に振り回される。
 ユウは、ともすれば折れそうになる心を叱咤しながら、バイパーの双剣を弾き続けた。
 一方。
 アレサンドロも、ふたり相手に、防戦に徹していた。
 ひやりとする瞬間にはハサンの援護があるが、なかなか有効打が出せずにいる。
 ララとモチだけ先に逃がすことも考えたが、それはかえって危ない。
 どうする。このままでは、時間の問題だ。
 ユウとアレサンドロの心は一致していた。
 すると、
「なんだ……?」
 身をひるがえしたバイパーたちが、何故だろう、ふたりから離れ、集まったのだ。
 懐から筒を取り出し、双剣の刃に、なにか液体を振りかけている。
「毒か。やっこさん、とうとう本気で殺る気になったらしいな」
「毒……」
 ユウは先ほど斬りつけられた左頬の傷をぬぐい、手についた血を、ズボンで強く、こすり落とした。
「N・Sを使おう」
 アレサンドロは首を振った。
「かえってやりにくくなるだけだ。逃げるにしても、その前に誰かがやられちまう」
「……」
「ハ、こりゃ緊張するなって方が無理な話だぜ」
 わざと冗談めかしてアレサンドロは言ったが、ユウに、笑うほどの余裕があるはずもなかった。

 ……ところが、このあと。
 その絶体絶命の空気は、思いもかけないところから破られることになったのである。

「あれ……?」
 ララは初め、それが幻覚だと思った。
 祈り方も信仰心も忘れて久しいララが、知る限りの神に救いを求め、天を仰ぐと、丁度、重く垂れこめた灰色の雲間から光が差した。
 その向こうに、人間が浮かんでいたのだ。
「うっそ……」
 思わず、腕に力がこもり、抱かれたモチが小さくうなる。
 L・Jのような巨大なものではない。
 四肢を大きく開いた、確かに人間だ。
 その姿が、徐々に大きくなるにつれ、ララにも、それが浮いていたのではなく、降下してきているのだ、ということがわかった。
 男だ。
「ハ、ハサン……!あれ!」
 そうララが言う頃には、男は懐から広げた巨大な布をふくらませ、パラシュートのごとく風をつかんでいる。
 男の身体は羽根のように軽やかに、対峙する両者の中央へ降り立った。

 全身黒ずくめの上下に、鋲を打った手甲、脚半。
 目元以外を覆い隠す黒覆面と、寸の短い、つばのある刀を肩に下げた姿は、紛うことなく、忍者。
 ただし。
 この国には、その名で呼ばれる職業はない。
 ゆえにユウは、その男がバイパーと同じ、帝国の暗殺部隊かと思った。
 立ち上がった忍者が、刃を向けた相手は、バイパーだった。
「む……」
 バイパーたちは、一歩二歩と後ずさり、
「何者だ……」
 と、問う。
 忍者は、意外にも柔らかみのある声で、
「ジョーブレイカー」
 と、答えた。
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