挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【二】 逃亡 -ユウの過去編-

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

38/236

 冷たく、硬い床の上に、ララはぺたんと座りこんでいる。
 ベッドもなく、見るべきところもなく。
 天井近くに開けられたひとつきりの窓から、ただ月明かりが差しこみ、鉄格子と壁に、白い四角形を描いていた。
「ユウ、どこまで行っちゃったかな……」
 この牢で目を覚ましてから今まで、ララは堂々巡りを繰り返している。

 おそらく、自分は置いていかれた。
 なんとなしに、そう思う。

 寂しい。
 ララの指が、胸のブローチにかかる。

 裏側のスイッチを押せば、五分とかからずサンセットが飛んでくるだろう。

 逃げるのは簡単だ。

 そうか、それなら……、

「もう少し、待ってみようかな」

 もしかすると、ユウが助けに来てくれる、かもしれない。

 ……この調子である。
「あーあ、口なんか出すんじゃなかった」


 丁度、その頃。
 小さな燭台の、ひらひらとした灯りを中心に、ふたりの人物が対峙していた。
 ひとりは、あの貴族。
 もうひとりは、ともすれば闇に溶けこんでしまいそうなほど黒く、艶のない甲冑に身を包んだ、騎士らしき男。
 いや。
 実を言えば、男であるかどうかも定かではない。
 その人物の顔は、鎧と同じ、黒の鉄仮面によって覆われていたのだ。
「いや、まさか貴殿のような方が、直々においでになるとは驚いた」
 貼りつけただけの笑みを浮かべる貴族の額には、うっすらと、汗がにじんでいる。

「貴公」
 鉄仮面が、言った。
「手柄を立てたくはないか」
 抑揚のない、深き地の底をうごめいているかのような声である。
 貴族は、ごくり、喉を鳴らした。
「手柄、とは?」
「貴公も、レッドアンバーのこと、耳にしているだろう」
「う、うむ。二体のN・Sと共に、逃走中だとか……」
「ウィンザーに入っている」
「はっ……?い、いや、馬鹿な。こちらとて、駐機場、カーゴ、検問に怠りは……!」
「声が大きい」
「う……」
 慌てて口を押さえ、貴族の男は、周りを見回した。
 風の音さえ、聞こえない。
 ほっ、と胸をなで下ろし、
「……とにかく、こちらに抜かりはない」
「だが事実、入っているのだ、ジラルド卿」


 再び場所を戻し……。
「ララ」
「うぅ……ん」
 考え疲れて眠ってしまったララは、夢うつつに声を聞いた。
「ララ」
 聞き覚えのある声。
「ユウぅ……?」
 薄く目蓋を開けると……、
「キャッ!」
 黒々とした丸い目が、すぐ近くにあった。
「な、なんだ、モチか、びっくりしたぁ」
「これは、失礼しました」
 モチは首をすぼめた。

「……あれ?」

「はい?」
「モチ?」
「はい」
「なんで、ここにいるの?」
「はて、あなたの様子を見に、ですが」
 ということは、
「ユウ、ここにいるの?」
「この屋敷のそばまで来ています」
「置いていかなかったの?」
「無論です」
 答えを聞く度に、ララの目は輝きを増し、手が、わなわなと震えた。
 嬉しい。
 嬉しい。
「ど、どうしよう、モチ。あたし、叫んじゃいそう」
「我慢です」
「無理、もぅ無理」
 なにかを探し求め、牢内を落ち着きなく見回したララは、最終的にモチをつかみ、その腹へ口を押し当て、 
「〜〜〜ッ!」
 思いの丈を爆発させた。

 そうして……、
「……ふぅ、スッキリ」
 羽毛から離れたララの顔は、蒸れと酸欠で赤くなっている。
「それは結構」
 腹羽をなでつけたモチは、ひょこひょこと鉄格子へ向かい、看守の様子をうかがうと、
「さて」
 何事もなかったように、切り出した。

「聞きました。女性を助けたとか」
「別に。そんなつもりでやったわけじゃないし」
「ホウ」
「腹立っただけ」
 あの貴族に、そしてなにより、陰口ばかりで傍観を決めこむ、卑屈で卑劣な領民たちに。
「仕方ありません。狂犬と知りつつ手を出す者はいないでしょう」
「でもぉ……」
「その貴族、我々の耳に入るだけでも、相当にあくどい男のようです。父の留守をいいことに、やりたい放題。手足を切らせるなど、日常的におこなわれているとか」
「だったら将軍に訴えるとかすればいいじゃない」
 モチは大きく、かぶりを振った。
「ララ。ジークベルト・ラッツィンガー将軍こそ、その男の父親です」


「すでに駒は、貴公の手の内にある」
 鉄仮面が静かに、腰かけたジラルドの背後へ回った。
「貴公が捕らえた赤毛の娘。あれこそレッドアンバー、ララ・シュトラウス」
「ま、まさか……!」
「上手く使えば、N・Sも手に入る」
 重量のある手のひらが、肩に乗せられた。  
「レッドアンバー、二体のN・S、その乗り手二名。生死は問わぬ。帝都へ連行するのだ。成功の暁には、父君を出し抜くことも……」
「で、できるか?」
「あるいは、軍団長への推挙を得られよう」
「おお……」
「軍団長、将軍だ、ジラルド卿」
 風のない部屋で、ロウソクの炎が、揺らめいた。
 見開かれたジラルドの目には、いまや、黒々とした野心のみが凝り固まっている。

「……やろう。やってみせるとも」

 武者震いするその肩を、ひとつ、小さく叩き、
「それでこそだ」
 す、と、鉄仮面が、ジラルドから離れた。
「はなむけに、新型を一機、進呈しよう」
 闇が、言った。
「貴公には期待している」

 ララの公開処刑が、ウィンザー中に公示されたのは、翌朝のことである。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ