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【一】 始まり -アレサンドロの過去編-
炎立つ
 床下実験室のキャビネット裏に隠された抜け道を、ものも言わずに駆け抜けると、すぐに河原に出た。
 エ・ルーゼ一帯の森を貫く、幅十メートルほどの川である。
 その中でも、ここは下流。森外れに近い。
「モチ、お前が先に立て。このままここを抜けるぜ」
 アレサンドロが服の土を払い、言った。
「了解です」
 と、答えたモチは、穴の中では飛べず、ヤマカガシに抱かれて、ここまできている。
 そのヤマカガシは今、闇におびえ、震えていた。
「ヤマカガシ」
「ひ……、な、なに……?」
「お前には、悪いことしちまったな」 
 ヤマカガシは小刻みに、かぶりを振った。
「よそに移るか、しばらく、ほとぼりを冷ましたほうがいい。一緒にロストンまで行こうぜ。たぶん、先生はまだいるはずだ」
「あ……、うん、うん、ジャッカル、あれならいい」
「だろ?」

「アレサンドロ……こっちは、どうする?」
「うん?」
 見ると、ララを横抱きにかかえたユウが、息を弾ませている。
 ララは手かせに拘束された腕を、そのユウの首に巻きつけていた。
「なんだ、お前。ずっとそれで走ってきたのか」
 ただでさえ天井の低い道だったのだ。横抱きでは尚更つらい。
 正直、ユウの腰は悲鳴を上げていた。
「この子が……、放してくれないんだ」
 だってぇ、と、ララは唇を尖らせた。
「ダメだって言うんだもん」
「なにを」
「ついてくるなって」
「当たり前だ」
 と、ユウ。
「だから、いいって言うまで、絶ッ対放さない。あたしは、絶対、一緒に行くんだから!」
 ユウはげんなりと、眉間にしわを寄せた。
「さっきから、この調子なんだ」
「はあ、なんでまた」
「わからない」
「いや、そうじゃなくてよ」
「?」
 ユウはまだ、気づいていないのだ。
 アレサンドロとユウとでは、向けられる視線の意味が、まったく違うことを。
「……ハ、まあいいさ」
 アレサンドロは、おどけた調子で肩をすくめた。

「どうするもこうするも、ここに置いていくわけにもいかねえだろ?」
「む……」
「要するに、自分で歩いてくれりゃいいってことか?無理だと思うがな」
「え、ちょっ、やめてよ!バカ!変態!」
「変態はねえだろ。いいから、見せてみな」
 アレサンドロは、静かにブーツを引き下ろした。
「やっぱりな」
 左足首が太く腫れ上がっている。
 そういえば、とユウは思った。
 ララが足を引きずっていたことを、思い出したのだ。
「どれ……」
 手のひらで押し包むように患部をさぐり、その具合をみたアレサンドロは、
「ああ、やっぱり、動かさねえ方がいい」
 折ったタオルに水を含ませ、足首に巻きつけ、固定した。
「しばらくはこのままだ。お前、もうちょい運んでやれ」
「……わかった」
「お前も、変な抱きつき方してねえで、背負ってもらえ。手かせも外してな」
「えー」
 あくまで横抱きにこだわるララは、不満げに声を上げた。

 そこへ起こった、突然の轟音。
『ハッハァ!』 
 なんと、川向こうの木立に黄金色のL・Jが現れ、猛然と五人に襲いかかってきたのである。

「ギュンター!」
 それはまさしく、オリジナルL・J。
 ギュンター専用将軍機『ミザール』。
『言ったろうが!もう逃げられねぇってなぁッ!』
 大気が逆巻き、ミザールの拳が頭上へ迫った。

「くそっ!」
 飛び出したのはアレサンドロである。
 左手をミザールへと突き出し、
「伏せろ!」
 叫ぶや否や、光が走る。
『なに!』
 実体化したN・Sオオカミは、ミザールの腕を数歩しざって受け止めると、
『おおらぁあ!』 
 一本背負いに投げ打った。
 宙を舞ったミザールの巨体は、地を揺らし、木々を数十メートルに渡り、なぎ倒した。
『行け!』
 アレサンドロが叫ぶ。
『行け!すぐに追いつく!』

 ユウとモチは顔を見交わし、うなずいた。
 考えている暇はない。
 ユウはララを背にかかえ直し、ヤマカガシの手を取ると、森の中へと飛びこんだ。
 先を行くモチの白い羽毛が、墨を流したような暗闇に浮かんで見える。
 光石灯の使えない今、その姿と、その目だけが頼りだ。
 ユウはとにかく、わき目も振らず、ひた走った。
 まずは、森を抜けることだ。
 アレサンドロならば心配ない。相手が将軍であろうと適当にあしらい、上手く逃げてくれるはずだ。

 しかし……。
 そんな想いをあざ笑うかのように、爆発音が一転、森を揺るがした。
 にわかに周囲が赤く染まり、振り返り見たユウたちは、
「ああ……」
 茫然と立ちすくむ。
 そこには渦を巻く火柱が、天を貫くばかりに、ごうごうと噴き上がっていたのである。


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