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ランドスケープ・アゲート 作者:紅亜真探

【終】 縁 ーユウの未来編ー

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仇討ちとは

 ついに来た。
 この町に!

 帝国北部、ホーキンナック領。
 かつてこれより北に、先帝ユルブレヒト三世をして、最強の大国と言わしめた国があった。その侵攻に最後まで抵抗した、北方アルデン聖王国である。
 アルデンの民は、北海の民。信心深く、またその一方で勇壮活発、気性が非常に荒かった。
 当時の戦においても守りに徹するということをせず、時折、騎馬兵が南下をしてきては、グライセンの土地を逆に侵すことさえあったそうだ。
 それを監視・牽制するために建てられたのが、『北の白鳥城』と呼ばれる白亜の山城であり、それを取り囲むように広がったのが、ウスコの町だ。そのため、町そのものの歴史は三十年あまりと、そう古くない。
 現在は帝都と旧アルデン、双方からやってくる人馬の受け入れと送り出しをする、いわゆる宿場町というやつで、街道沿いには、馬屋つきの宿屋と食堂が軒を連ねていた。

「あそこにしよう」
 昨夜、時ならぬ雪に見舞われた北国の街をひと当たりして、ユウはその中のひとつに目をつけた。
「えー。あたし、もっと大きいところがいい」
 甘え声で答えたのは、もちろんララだ。
 頭をすっぽりとフードで覆い、ユウの腕にからみついている。ふたりの衣服は粗末なものと替えてきたため、少し寒いということもある。
「あそこはきっと、料理がうまい」
「なんでわかるの?」
「……なんとなく」
「アハ、なにそれ」
 ララはクスクス笑ったが、結局ふたりは、その宿に落ち着いた。一階が大衆食堂、二階が寝部屋という、よくある安宿である。
 兄妹ということで押し通し、あてがわれた小部屋の窓から身を乗り出すと、正面は隣家の白壁であったが、右手にそびえ立つ岩山の上に、北の白鳥城の美しい姿が望まれた。
「キレイ!」
 ツンと天をつく黒屋根の尖塔は、まさに白鳥の首とよく似ている。
 雪をかぶった城壁のシルエットなどは、ふわふわとした羽毛そのものだ。
 いまはさらにそこに、厚い雲を通した夕陽が反射して、桃色のような、紫色のような、幻想的な色彩が加わっていた。
「ね、ユウ!……ユウ?」
「ああ」
「なにしてるの?」
 ララが怪訝な顔をしたのも無理はない。ユウは一応、白鳥の首にも目をやったが、あとは地面ばかりを見ていたのである。
 ララもユウの動きに合わせて、右へ左へ視線をまわしたが、そこには、ただの間道があるだけであった。
「思ったとおりだ。あのあたりの木が目隠しになって、街道からはこちらが見えない」
「う、うん」
「ちょっと情報を集めてくる。ララは目印を出して、モチを呼んでくれ。絶対に、外には出ないように」


 そうしてユウは、天井の梁にロープをかけて、ほとんど飛び降りるようにして行ってしまった。
 びゅうと風が通りすぎ、そのとき不意に聞こえてきたのは、叫び声だ。
「ユウ……!」
 と、身を乗り出して、ララは、ほ、と息をつく。どうも誰かが飼い葉桶かなにかを飛ばしてしまっただけらしい。笑い声が起こっている。
 ララはしばしそこから動かずにいたが、再び見上げた白鳥の、いまは不気味な宵の青に染まっている姿を見て、ぞっとなって窓に手をかけた。
 内側から垂れたロープがはさまって、窓は上手く閉まらなかった。
「……はぁ」
 ララは、その場にうずくまった。
 心の中が、もやもやとしていた。
「なんか、つらい」
 この気持ちである。
 ララはとてもうれしかったのだ。旅の道連れに選ばれたことが。ふたり一緒にいられることが。
 これは遊びの旅ではないし、デートでもない。ユウにとっては、人生最大の大一番だ。
 その、なんとやらいう男を殺すまでは、他のことを考える余裕などあるはずがない。
 これは、仇討ちなのだ……と、そんなことはわかっている。
 それでもララは、うれしかったのだ。
 しかし、やはりと言うべきなのか、ユウの心はいつも遠いところにある。ユウの頭の中には、いつも仇がいる。普段どおりの優しさを見せてくれるだけに、それが、とてもさびしい。
 それまでの気持ちがかき消えて、いま思うのはこうだ。
 どうして選ばれたんだろう。
 兄妹のほうが、怪しまれないから?
「あーあ」
 ララは、ひざをかかえて、さらにさらに小さくなった。
 早く帰りたい。
 早く帰って、また一緒に、お菓子が食べたい。
 あれをして、あれもして、あんなこともして……。
 と、つま先をこすり合わせているうちに、ふと、ひらめいた。
「そっか……サンセット」
 サンセットを使えば、その仇をいますぐにでも、城からいぶり出すことができる。
 そこでユウが、とどめを刺せば。
 そう、すぐに終わる!

 ……コツコツと、ガラスを叩く音がした。
 胸のブローチへ伸ばしかけていた指を引き、
「ユウ?」
 ララは立ち上がった。
「ユウなの?」
「ララ、私です」
「あ、モチ」
 窓を開けると、すぐ真下にモチの顔があった。ユウの残していったロープに爪をかけ、器用にぶら下がっているらしい。
 ユウとララ、モチの三人は、この近くまでN・Sでやってきたのだが、いかんせん白フクロウを持ち歩くわけにもいかず。それで仕方なしに、町の外で日暮れまで待たせていたのである。
 本来ならば合流のための目印として、窓の外に白いハンカチを刺し止めておくはずだったのだが、
「……あれ」
 ララはそれをしていない。
「このロープが出ていたので、そうではないかと」
「あ、そっか」
「取りこんでおいたほうがいいでしょう。これは目立ちます。ユウは外ですか?」
「うん、情報収集」
「では、あちらの屋根からでも見ていましょう。戻ってきたら知らせます」
 モチはパッと飛び立ち、隣家の屋根に座りこんだ。
 ユウからカジャディールの太刀を預かっていたはずだが、
「安心してください。隠してきました」
 と、自信たっぷりに胸を張った。
「どうしました。せめて窓を閉めたほうが暖かいでしょう。さ、どうぞ」
「うん……ねぇ、モチ」
「はい」
「あたしね」
 言いさして、ララは躊躇した。
 まさかここで突然、サンセットを呼び出して城に行ったらダメか、などと言っても認めてくれるはずがない。
「あの、あたしね、ユウのこと、手伝っちゃダメかなぁ」
 と……。
 モチの、黒真珠のような目に射抜かれて、ララはなにやら、いたたまれない心地になった。
 昼間とは違う、夜のモチのこうした風格を、神官のようだ、教師のようだと人は言う。
「さ、それはどうでしょう。ユウがひとりでやりたいと言うのですから、我々は、それを尊重するべきでは?」
「でも……」
「心配はわかります。しかし、彼がN・Sを持っていることも忘れてはいけません。なによりも頼れる味方です」
「それは、わかってるけど」
「では?」
「その……効率的に」
「ホ、ホ」
 屋根の上の小さな教師は決してあざけるのではなく、どこか、いつくしむように笑った。
「ララ、私も経験したわけではありませんが、これだけはわかります。仇討ちとは、ただの復讐ではありません」
 たとえば、ジョーブレイカーがそうですと、さらに続けてモチは言った。
 クジャクもそうです、とも言った。
「彼らはふたりとも仇持ちです。ジョーブレイカーはスダレフ。クジャクは、自分を裏切った蛇たち」
「う、うん」
「彼らは行こうと思えばすぐにでも、仇を討ちに行けたでしょう。そして彼らの腕を考えれば、その達成は実に容易なことであったはずです。しかし、彼らはそうはしなかった。いまのいままで、勝手に行ってしまうようなことはしなかった。なぜでしょう」
「それは……」
「……それは?」
「みんなが、行かないで欲しいって思ってたから……」
「本当にそうでしょうか」
「え?」
「本当にそれだけでしょうか、ララ。よく考えてみてください。本当に、それだけなのでしょうか」
「うぅん」
 ララはむしろ、なぜそのようなことを言われるのかがわからなかった。
「私は思うのです。彼らは、許しを求めているのではないかと」
「許し?」
「そう、許しです。彼らは憎しみだけではなく、罪悪感をもかかえている。そうは思いませんか、ララ」
「あ……」
 ララの反応に満足して、モチは、ゆったりとうなずいた。
「守れなかった父親、守れなかった民。だからいま彼らは、それと同等のものを守ろうとしている」
 そう、シュナイデと、マンムートの人間たちを。
「それが仇討ちなのです。仇討ちとは、罪悪感の清算です」
「ユウもそうなの?」
「え、そうであると私は見ています。ユウはよく祈りを捧げているでしょう。私は彼と、長いこと行動をともにしてきましたが、最近の祈りは特に長い。それも鎮魂というより、まるで懺悔をしているかのようです。彼の中にもきっと、なにかがあるのでしょう」
「……」
「彼の意志を尊重して欲しいというのは、つまりこうしたわけです。いまは待ちましょう、ララ。いつか必ず、ユウはあなたを必要とするはずです。いまは、彼にまかせましょう」
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